60.君とランデブー
ソフィーリアとは本来、どんな人間だったのだろう。
ソフィーリアは、物心ついたころからソフィーリアという生き物に与えられた役割をこなして息をしていた。
そこにはソフィーリアの性格も意思も介入する余地はない。ただ、そこに在るように在らねばならんかった。
まあそんなもんだろうなあと感情から生まれる言葉を飲み込み、諦念と手を取り合い冷静であれと機械的に生きていた。
己の役割の果てにあるのは国民の幸せ──あの騎士の努力であると知った日が背を押すままに、歯車が回る音を聞いていた。
だから。
「こっ………!!!!!!!!!」
ソフィは、自分がこんなにも短絡的で直情的な人間であるとは、ちいっとも思わなかった。
え? 今更だって? うーん。そうな、たしかにそう。心がぽっきり折れちまって、さあとんずらこくかねって時に、優しい言葉をかけられしかもそれが宝石みたいな騎士だったもんで脳みそがでろでろに溶けて、それで、歩んできた人生も歩むべき人生も放り捨てたんだものなあ。
逃げ出そうって決意も、もらった言葉を信じてみようって決意も、ほとんど衝動だった。いや、ほとんどってのは良いように言いすぎだな。
完全なる衝動であった。
それからこっち、ソフィは己の直感を優先する愉快な人生を歩んでいる。
手を取ってくれるリヴィオがそれをにっこにっこで後押ししてくれるもんだから、ソフィの爆走は止まらない。ゆけゆけどんどん。地面を踏みしめる感触は楽しくって仕方がない。
新しい自分に生まれ変わったような心地である。などと思ってみたとて、ソフィがソフィーリアとして生きてきた事実は変わらんし、得た知識も記憶もそのままだ。当たり前だけど。
ついでに言やあ、血のつながった父親は気の短い男だった。
つまりは、短絡的で直情的になところは生来の気質だろうか。
などと益体もないことをソフィが思考しているのは、現実逃避である。
認めたくない現実。視認したくない現実。直面した現実を受け入れ目ぇかっぴらいちゃ、脳みそ君が四散しかねん。そういう状況なんである。
「ひっっっっ………………!!!!!!!!!!!」
だって、ソフィったら今、お空の上なんだもの。
「ソフィ」のことをよくよく知るものであれば、「お空の上のような場所」でソフィがどんな有様になるか容易く想像できるだろう。そりゃあ悲惨よ。悲惨。
にもかかわらず。
エレノアと親子喧嘩を繰り広げるルールーが展開した魔法陣が、転移魔法だと気付いたソフィはエレノアの腕にひっしとしがみついたんだけれど、瞬きした瞬間。
ソフィの身体は、比喩でも隠喩でもなく、きっちりしっかり、お空の上だったのです。
「~~~~~!!!!!!!!!!」
言葉も出ない。無理。マジで。超。無理。ソフィーリアの人生を支えた先代の脳みそ君であればあるいは正気を保てたのやもしれぬが、ソフィの心と体を動かす二代目脳みそ君は、ソフィの感情を無視しない。とっても素敵。こんな状況でなけりゃね!
「主、大丈夫か」
一緒に追いかけてくれていたらしいアズウェロが、ソフィの腕の中から問う。
ソフィはそれに答えようとして、頑張って口を開いた。
「これは揺れてるだけこれは揺れてるだけこれは揺れてるだけ」
「大丈夫じゃなさそうだな」
全然違う言葉が口から出て行ったソフィに、アズウェロが「うむ」と返した。うむ、じゃねえのよなあ。もう、ソフィはいっぱいいっぱいのいっぱいいっぱいなのだ。
一瞬で目を閉じたけれど、青くて綺麗なお空と、森が遥か遠く豆粒になっていた景色が、頭にこびり付いて離れない。あ、無理。無理である。思い出しちまったら泣く。泣いたら終わりだ。大事なものをきっと失う。何かはさておき。
ああ、しかし。ソフィがどんなに「あの景色」を忘れようとしても、髪を揺らす風と、硬く冷たい地面の感触がそれを許さない。なんで地面が冷たくて硬いの? うーんそれは大きなドラゴンに姿を変えたルールーの上にいるからだね。 え、なんでルールーの上にいるの? それはルールーがお空を飛んでいるからさ!
死の連想ゲームだ。
「これでどうだ」
ポン!
ふいに、あのなんとも言えない可愛らしい音がして、ソフィの瞼の裏で光が弾けた。すると、もふん、とずい分慣れ親しんだ感触がソフィの身体を包む。
ふかふかのカーペットの上に座ったよう感触、前も後ろも風どころか、もっふもふの心地。あれ?
「目を開けてみろ、主」
アズウェロの声を信じて、ソフィは目を開けた。
「……!」
真っ白だった。
真っ白っていうか、毛だった。
「あ、あずふぇろ?」
もふ、と口元に毛が当たってうまく喋れない。
ぷは、と顔を上げるとアズウェロの口元がかろうじて視界に入る。
「これなら、怖くなかろう?」
「あ、あずうぇろ~~~!!」
なんと、大きな熊さんに姿を変えたアズウェロがソフィの身体をすっっぽりと覆っているではないか!
ソフィをお膝に乗せて、真正面からもっふりと抱きしめ、さらには、もっふもふうと両腕がソフィの背と後頭部を覆う。もっふもふ天国である。
「あなた、最高ね……!!!」
アズウェロのことが最高の神様だってことくらい、勿論ソフィはちゃあんと知っているが、今日これほどまでに感動したことがあっただろうか。
なんて優しくてなんて偉大な神様だろう!
「大好きよ!!!!」
涙を堪えてソフィは叫んだ。
遠くで誰かがくしゃみをした気がするが、多分気のせいだろう。
だってずっと、ルールーとエレノアが喧嘩してるからなあ。
本日、いよいよ書籍2巻が発売されました!!
皆様いつも応援ありがとうございます…!!!
今回は構成を少し変えました。
無論、書き下ろしも追加しております!
電子限定の書き下ろしには、本編の書下ろしと併せて読んでいただくと楽しい仕掛けもいれてみました。
そして!!
今回もコユコム先生のイラストが最強なのですが、「はじかね」をいつも読んでくださっている皆様を直撃する「ギャップ」を装備しています!
口絵だけでもぜひご覧いただきたい!!
お求めやすい方法で入手していただけましたら幸いです。





