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【書籍化&コミカライズ】婚約者の浮気現場を見ちゃったので始まりの鐘が鳴りました  作者: えひと
第3章:花が咲いちゃったので新しい旅の始まりの鐘が鳴りました
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59.愛を叫べ

「大事なお話だし、ちょっとおもしろかったから大人しく見守ってましたけど?! 大変失礼ながら! ソフィの身の安全に比べたら、よそんちの親子喧嘩なんてどーっでもいいんですよ僕は!!!」


 生まれたての赤子でもこんなにうるさくなかろうよ、というくらいの大音量で叫ぶリヴィオに、エーリッヒは呆気にとられてしまった。ぽかん。開いたお口に気づいて、慌てて口を引き結ぶ。


 エーリッヒの目に映るリヴィオは、いつも冷静で、ソフィを大切に扱う紳士で、それから場の空気を一瞬で変えられる力を持っている男だった。鋭い観察力と、自分の身体や言葉の扱い方を熟知した振る舞いは貴族のようだったけれど、だがしかし。貴族というにはあまりに腕が立つ。それに、騎士という存在にやけに手厳しい。


 つまりはどっかの国の名の知れた騎士だったんだろうなと、エーリッヒは詮索することをやめた。

 ついでに言えば、ソフィもソフィで()()の貴族のお嬢様というにゃ、()()()()()。まるで王族、或いはそれに匹敵する教育を受けた者のように見える瞬間がある。どこぞの国の王女様だと言われても、エーリッヒは驚かんだろう。

 駆け落ちカップルをヴァイスが匿っているのかな、と考えるに至ったエーリッヒは思考を放棄した。野暮だもんね。

 身元はヴァイスが保証してくれているし、どこの誰であっても二人が恩人であることには変わらんしな。


 そんなことよりも、二人がエーリッヒが幼いころから見てきた大人たちよりずっと()()()であることが物珍しかった。

 おまけにリヴィオときたら、端正な顔で、がっしりした身体つきで身長が高くて、エレノアと並ぶと絵になるのだ。とても。


「エーリッヒ様はどうしますか!」

「え」


 ぐいん! とリヴィオに視線を向けられて、エーリッヒの口から思わず変な声が漏れた。

 怖い。

 視線だけで人どころかモンスターもバッサリ斬れそうな凶悪な面をしている。あの淑女のような美貌はどこへ逃げて行っただろうか。あ、ソフィを追いかけたのか。なーんておふざけも言えやしねぇ、禍々しいオーラを振りまくおっそろしい顔。


「ソフィ、転移魔法の魔法陣に気づいてエレノア様だけを行かせられないって飛び込んじゃったんですよきっと。ああもう! そういうとこも好きですけど! 危ないってわかってんのかなあもう!!」


 エーリッヒが知るリヴィオとは似ても似つかないリヴィオは、「追いかけねぇと!」と剣を取り出した。


「エーリッヒ様はどうされますか!」


 なかなかの迫力で問われたエーリッヒは口を開けて、


「俺は、どうしたって子供だ」


 ぽつん、と頼りない声を出してしまった。

 問いの答えになっていない、あまりに場違いであまりに情けない音にはっとするけれど、出て行った言葉は帰ってこない。

 エーリッヒが落としてしまったそれを受け取ったリヴィオは、ぱち、と瞬きをした。

 思いがけずリヴィオが落ちついたことに、エーリッヒはほっとする。


 いや、ほっとしたのは、本音を漏らしてしまったことかもしれない。

 王位に就くそのずっとずっと前から、もう随分と長い間、エーリッヒは「王らしくない」自分を閉じ込めてきた。


 けれども、リヴィオはエーリッヒの家臣でなければ、自分の国の民ではない。

 リヴィオの上司だろうヴァイスには元々、王位に就いてすぐの頼りない自分を知られている。

 第一、エーリッヒは婚約者に庇われたあげく、その婚約者を目の前で連れ去られているのだ。

 こんな状況で見栄を張れるかっつーの。ね。それこそ子供みたいに、きょとん、とするリヴィオになんだかエーリッヒはもう、ぜんぶ馬鹿らしくなってきちまって、「ねえ」とリヴィオを見上げた。


「自分よりもっと、良い人がいるんじゃないかと、思ったことはない?」


 そんなわけない、とリヴィオなら言い切るだろう。いや、怒らせてしまうだろうか。

 そんな不安を「はあ?」とリヴィオは蹴飛ばした。


「ありますよ」

「え」


 あるのか。


「あるに決まってるじゃないないですか。だって、ソフィですよ?!」

「……うん?」


 エーリッヒが首を傾げると、リヴィオは拳を握った。


「ソフィはもう可愛くて美しくて優しくてでも優しいだけじゃないギャップが最高で頭が良くて根性があって可愛くて姿勢が綺麗で仕草も美しくて可愛くて時々大胆で美味しいもの食べてる顔が可愛くて魔法を使う姿は神秘的で、あともうすっごい可愛いんですよ!」

「うん」


 何回可愛いって言うんだろう、と思ったがエーリッヒは大人しく頷いた。

 エーリッヒの周りには妻子への愛を叫ぶ部下とか、弟への愛を叫ぶ兄とかがいたので、こういう時は下手に喋らない方が良いと学んでいるのである。エーリッヒくんは悲しいくらいに賢いのだ。


「そんな! ソフィの隣が! 僕のような野蛮な男であって良いはずがない!!」

「え」


 ソフィへの賛辞が続くかと思いきや、思いっきり後ろ向きなことを、はっきりすっぱり言い切られたので、エーリッヒは瞬いた。


「ソフィの隣に立つなら、財力があって腕が立って顔も良くて優しくて頭が良くてスマートでソフィを楽しませてあげられる小粋なトークもできるくらいの男じゃないといけません」

「うーん」


 そんな完璧な男いるかしら。いや、でもエーリッヒから見たリヴィオはわりとそんな感じだったんだけどな。

 言ってもいいだろうか、とエーリッヒは口を開こうとして、目を見張った。


「でもね、だめなんですよ」


 リヴィオは、笑った。


「ソフィに相応しい男じゃなくたって、僕がソフィの隣にいたいんです」


 えへへ、と宝物を自慢するみたいに、リヴィオは笑った。


「僕の隣でソフィが笑ってくれるあの世界で一番可愛い顔をね、僕はもう知っちゃったから」


 だからね、とリヴィオは剣を振る。


「僕よりソフィに相応しい男なんて斬り捨てるのみです。近寄らせてなるものか」


 凶悪な顔で。

 さっきの笑顔は目の錯覚かな? と高速で瞬きした後、目を擦りたくなるくらいにおっそろしい顔で笑うリヴィオに、エーリッヒの心臓がきゅうっと冷えた。こわい。


 こんなんでも一応エーリッヒは王様なので、感情を顔に出しているつもりないが、リヴィオは怯えるエーリッヒに気づいたように、「で」と真っ黒の笑顔をしまった。


「エーリッヒ様は、どうしますか?」

「っ」


 リヴィオの瞳は、夕闇のように静かだ。

 エーリッヒの答えを知っているかのような瞳に、エーリッヒは小さく笑った。


「……見ないふりをしていたんだ」


 いつからだっただろう。

 エレノアがエーリッヒの元を去ろうとしていることを、エーリッヒはずっと問い詰められないままでいる。

 視線に、言葉の端に、別離を含ませるエレノアがたまらなく嫌だった。でも、言えるはずない。


「エラは、優しいから」


 エーリッヒの側にいてくれると言った微笑みに、きっと嘘はないから。エーリッヒを憐れんで側にいてくれるというなら、それでもよかったのだ。 

 だってエーリッヒときたら、どうしてもどうやっても、子供なのだ。

 手も足もちっちゃいし、身長も低いし、ピーマンは嫌いだし。苦い野菜の何が美味いのかちっともわからんガキんちょだ。


「……だから側にいてくれるんだと、思っていた」


 じゃあまあ、エレノアがどっか行きたいっていうんなら、しょうがないかなって。子どものお守りなんざさせていい人じゃないしなあ、ってエーリッヒは自分に言い聞かせていたのだ。


「だって、エラは立派な武人であると同時に、優しくて、いつも真っ直ぐな横顔が綺麗な、素敵な人なんだよ」


 エレノアに相応しい場所があるとわかっているのに、彼女を引き止める権利がエーリッヒの小さな手にあるわけがない。しょうがないよ。そもそも、好きでもないガキと結婚させようってのが、ひどいお話なのだ。よく引き受けてくれたと、エーリッヒは泣いて感謝しなけりゃならん立場だ。


 だから、側にいてくれる間はエレノアを心底大事にしようとエーリッヒは決めていた。それで、少しでも長く隣にいてくれたらいいなって。それっくらいは願ったっていいだろうと誰に向けるでもない言い訳をしていた。


 追いすがってはならん。これまでの感謝を、恩を、忘れてはならんと、ずっと、そう思っていたのに。


「追いかけていいんだろうか」


 エレノアの背に守られるだけのエーリッヒが? 彼女を危険に晒してばかりのエーリッヒが?

 ひたすら走り続けてきたエーリッヒの背後から、不安がのっそりと囁いた瞬間。


『私はエーリッヒが好きなんだ!!!』


 がつん、とエレノアの声が頭に響いた。

 かあ、とエーリッヒの身体が燃えるように熱くなる。

 大人ぶる自分を、王様ぶる自分を、12年とちょっとしか生きていない子どもの自分を、エーリッヒが世界で一番素敵だと思う人が、ずっと真正面から見てくれていた。


 こんな、走り出したいくらいに、飛び跳ねたいくらいに嬉しい気持ちを、エーリッヒは知らない。

 追いかけてもいいのか、ですって? はあ? 馬鹿っじゃないのか。誰が天才、誰が神童だ。


 手放せるだなんて、なんて思えたんだろう。


「どうしよう、俺、エラとずっと一緒にいたい」


 なにこれ。なんだこれ? 胸がいっぱいで、張り裂けそうなくらいに痛くて、涙が出そう。涙なんて。母親が死んだって出やしなかったのに!

 エーリッヒの心ン中に漠然とあった気持ちが、膨れ上がって名前をもって、エーリッヒの身体から飛び出していく。


「エラが好きだ!」


 会いたい。

 無性にエレノアに会いたくて、エーリッヒは叫んだ。

 自分の気持ちを叫ぶだなんて、子どもみたいだ。めちゃくちゃな発声で出て行った感情に、喉が痛い。

 でも、めちゃくちゃに気持ちがいい。


「そうこなくっちゃ!!」

「!」


 リヴィオは、バシン! とエーリッヒの背中を叩いた。いっったい。涙もひっこむ威力。冗談じゃないくらい痛い。なのに、力が湧いてくる。いやだこれが世に聞く変態かしらん。なんてね。


「よーっし! 後を追いますよ! ……っていうか、あの感じだとエレノア様をただ拉致っただけじゃない気がすんだよな……」


 なるほど、言われてみれば。なにせすごい剣幕だった。国なんざ滅べばいい、とか言っていた。


「どこに行ったんだ彼は……」

「嫌な予感しかしませんね……」


 エーリッヒは、ふう、と息を吐いて髪をかきあげる。

 呑気にくっちゃべってる場合じゃなかった。目の前でエレノアを連れて行かれ、冷静でなかったのはエーリッヒも同じだったらしい。

 舌打ちしたい気持ちを飲み込んで、エーリッヒは周囲の魔力を辿る。


「ひとまず問題はどうやって追うかだね。強い魔力が漂っているし、転移魔法を使うということは、ここは魔力で覆った特別な空間なんだと思う」

「結界の内側、みたいなことですか?」


 やはり頭が良いな、とすっかりいつもの冷静な騎士に戻ったリヴィオに、エーリッヒは頷いた。


「多分ね。無理やりここから出るにしても、あまりに魔力の壁が厚い」


 何せ、幻の存在であるドラゴンがつくりあげた空間だ。人間ごときにどうこうできる代物であったなら、ドラゴンはとっくに見つかっていただろうし、外にいるあの魔導士も入り込んできているだろう。


「出入口があれば、そこから侵入される恐れがある。だから転移魔法なんて高度な魔法を使って出入りしているんだ」

「一応聞きますけど、エーリッヒ様って転移魔法」

「使えるわけがない」

「そっかあ」


 リヴィオはあからさまにがっかりした顔をした。なんて失礼な。

 転移魔法だなんて実用化されちゃおらん魔法を目の当たりにしただけで、エーリッヒは腰が抜けそうなほど驚いたってのに。当たり前に受け入れているリヴィオがどうかしているし、転移魔法の魔法陣を知っているというソフィがおかしいのだ。一体どっから来たんだこの二人は。詮索したくなるような事を言わんでほしいな。

 ちょっとイラっとしちゃうエーリッヒくんに、リヴィオが剣を持ち上げた。


「じゃあ、とりあえず斬ってみます?」

「どこを?」


 何言ってんだこの男。

 エーリッヒが眉を寄せると、リヴィオは「うーん」と指を差した。


「あのへん。ぶっこわしても迷惑になりそうなものはとりあえずないし」


 リヴィオ指の先にあるのは花畑で、たしかに木や泉なんかはないけど、いやいやいや。


「空間を斬るってことか?! できるわけないだろう!」

「僕の秘めたるドラゴンの血が目覚めないかなって」

「できたとして、結界の穴を俺はふさげないんだ! 人に見つかったらどうする!」

「あ、そっか」


 うっわ。すっごい不服そう。

 早く追いかけたいって気持ちを、理性がギリッギリ押しとどめているって感じなのだなあ。あはは。いや笑いごとじゃない。マジで。


 リヴィオがソフィを大切にするように、エーリッヒだってエレノアが大切だ。そのエレノアが大切にしているドラゴンの居場所が、万が一にも人の目に触れるだなんて駄目絶対。

 ていうか普通に国際問題になる。

 まずい。

 ひっじょーにまずい。

 王様やれちゃうくらい賢いエーリッヒ頭脳が「やばい」で埋め尽くされるくらい動揺していたその時。



「なにしてるの?」

「あれ、君……」



 それはまさに救いの声であった。












今回はちょっと長めでした。最後までありがとうございました。


さて皆さま、コミカライズの更新は読んでいただけましたか?

大迫力の画面構成と、かっこいいアクションシーン、だけじゃない最強バカっぷるイチャイチャ!!たまりません!

先生が描いてくださる、うかれ度増々リヴィオがめっちゃ好きなんですが、かーらーのギャップですよ……

リヴィオの目のアップなんて最高すぎて…綺麗……フルカラーかな?と脳みそが誤作動を起こしました。

ぜひ皆さまもご体感ください!


プレミアム版はついについに……!?

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