56.着弾
連続投稿です。読み飛ばしにご注意ください。
「私のせいです」
す、とエレノアの前に立ったエーリッヒは、ルールーを見上げた。
「……なんですかお前は」
目を細めたルールーが指を振ると、ソフィがエーリッヒにかけた魔法が解ける。場違いなほど穏やかな風に金糸の髪が揺れた。
「エーリッヒ・フォン・キングストレイと申します」
一瞬で王冠を頭上に載せたエーリッヒは、けれども丁寧に頭を下げた。
エーリッヒらしい威厳をもってドラゴンに敬意を払う姿は、一枚の絵のように美しい。妖精王と謳われるエーリッヒの美しさは、異世界のようなこの場に恐ろしいほど馴染んでいる。
荘厳さすら感じさせる空気の中、ルールーは顎をあげた。
「呪いは、お前のせいだと?」
ルールーはただ静かにエーリッヒを見下ろす。
水面のように静かな佇まいと裏腹な猛獣が唸るような圧力に、はっとしたようにエレノアが動いた。
「待ってくれルールー、」
「呪いを向けられたのは私です。エラは私を庇い呪いを受けました」
「なんですって?」
「王位を狙った兄に命を狙われています。エラは私のせいで」
「エーリッヒ!」
叫ぶようなエレノアの声にも、視線だけで鉄もひしゃげそうなルールーの視線にも、エーリッヒはちっとも怯まない。穏やかで、それでいて熱い瞳は、全てを受け止めるようにルールーを見ている。
「お前が、ローディスの崇高なる魔力に、アレを混ぜたと?」
「違う! 呪いを放ったのはあの魔道士で、エーリッヒは被害者だ!」
「それが? この人間の言う通り、呪われるような低俗な王だということでしょう」
「なんだって?」
それは、ルールーの圧力を蹴散らし、白い首を引き裂くような響きだった。
重苦しく鋭いエレノアの声は、「もう一度言ってみろ」とルールーに飛び掛からんばかりに続ける。
「エーリッヒを侮辱するなら、いくらルールーでも許さない」
──黒鬼アレン。
それは、この地から海を隔てた国で生まれ育ったソフィの耳にも届いた、幾千の兵を、モンスターを退けた武人の名だ。黒い鎧を身に着けて黒い巨大な剣を振る黒い髪の姫は、男の名で、人ならぬものの名で恐れられた。
紙の上でしか知らなかったその姿を目の当たりにして、ソフィの身体は凍りつき、そして。
歓喜に震えた。
なんて勇ましくて格好良いのかしら!!!!!
あの視線! あの声! あの存在感!! 並大抵のものじゃあ息すら止まっちまいそうな荒々しさを押さえつける気品!!! ソフィーリアが憧れた王妃のようでもあり、ソフィが恋するリヴィオのようでもある、強く美しい横顔に、ソフィは再びアズウェロを撫でさすった。もふもふもふ。
「主、さすがに毛が抜ける」
「ごめんなさい!」
ああ、でも、だって! あのエレノアがあんなに怒っているのだ。さっきまで何を言われてもにこにこと楽しそうに笑っていたエレノアが、エーリッヒのために!
「だって、かっこいいんですもの……!!!!!」
きゅうん、とソフィの心臓はスキップをかました。かわいい。かっこいい。皆さんご存知ですか。あちらのお姫様、ソフィのお友達なんです。ええ、お友達なんですよ。すごいねまいったね!
「ソフィ、エレノア様のこと大好きですね」
「はい!」
そそそ、と近くによってきたリヴィオに声をかけられ、思わず力いっぱい頷いたソフィは、はたとリヴィオの顔を見た。
「……ふーん」
「!!!!!!」
あ! あ! 心臓止まっちゃう! いや死ねない! 誰か! 誰かこのお顔を記録できる魔法石を持っていやしないでしょうか! ぷう、と頬を膨らませるお顔の愛らしさを後世まで語り継がねばソフィは死ねぬ! 浮かれ脳みそくんが、あんぎゃーと叫びのたうち回る衝動のまま動けば、ソフィはまたとんでもないことをしでかしかねない。一体どうすればいいのだ。
はわわわと言葉をまともに紡ぐことができやしないソフィはご覧の通り、浮いた足でお空の階段を上らんばかりなのだが、そんな余裕があるのは勿論、ソフィだけだ。
「エラ、落ち着いて。ルールー殿が怒るのは当たり前だ」
エーリッヒの焦った声に、ソフィは自我を取り戻した。危ない危ない。
ふうと息をつくソフィと対照的に、エレノアは「エーリッヒ!」と声を荒らげた。
「君は優しすぎる!」
「君が言うかなあ、それ」
ふふ、とエーリッヒは可愛らしく笑った。
はたから見ていりゃ、どっちもどっちなお似合いカップルなのだけれど、本人たちにその自覚はないのだ。じれったいったら、ありゃしない。やきもきしちゃう。
もふもふとアズウェロを撫でまくるソフィの心情なんざ、当たり前だが知ったこっちゃないエーリッヒは、ルールーを見上げた。
「私が至らぬ王であるばっかりに、エラを傷つけてしまいました。深くお詫び申し上げます」
「やめてくれ! ルールーに謝ることなんてない!」
「どういう意味ですかエレノア」
「心配をかけたことは謝るが、だからってエーリッヒを責めるのはお門違いだと言っているんだ!」
「っだ、だから誰がおまえの心配をしたなんて言いました! 僕が怒っているのはローディスから魔力と名をもらっているくせに、それを粗末にしていることです! なんですこの人間はエラ、エラと! ローディスがつけた名を軽んじて!」
「名前を軽く扱っているつもりはありません。私はエラの、」
「またエラと! 誰が気安く呼んでいいと言いました!」
「私だよ!」
は、とソフィはアズウェロを撫でる手を止めた。
「これが、過保護な親というやつですか?」
世の中には、男性と話すだけでお怒りになる父親に辟易しているご令嬢もいるという。
ソフィーリアはとある排泄物男性と話して叱られるどころか、なぜダンスの一つもを踊れないのだと叱られていたが、それとは真逆の世界でぷんぷんと怒っているご令嬢はとても可愛らしかった。
なるほど、あれか。
ふむと頷いたソフィに、リヴィオが顔を寄せた。
「母の父親、つまり僕のじいちゃんも、あんな感じです」
かっっわ!!
ぷすん、と不機嫌さを残したまま、いつもの上目遣いで見てくるリヴィオの可愛さに胸を押さえ、ソフィは「なるほど」と、もひとつ頷いた。
リヴィオがこれだけ可愛いのだ。もう、この世のどんなご令嬢も役者も着飾ることが馬鹿馬鹿しくなっちまうんじゃないかってくらい、可愛いのだ。その美しさを息子に授けた母アデアライドを育てるのだから、父親の気苦労は凄まじかったことだろう。
「アデアライド様、お美しいもの」
茶会やパーティーでほんの少し言葉をかわすだけだったが、アデアライドはいつだって光り輝いていた。ソフィーリアにもいつも素敵な笑顔を向けてくれたのだ。思い出すだけでうっとりしちゃう。
あの時、ソフィーリアの感情は干上がった海のように死んでいたが、さてはて。二代目の脳みそくんと春を行く今のソフィは、あの微笑みに勝てるだろうか。
無理ね、とソフィはリヴィオの横顔に視線を向けた。
「母へもそうですが、僕やアーサーにもあの調子なんですよ。誰かと話すたびに、男女問わず『あれは誰だ』って。僕たちをいくつの子供だと思っているのか……」
「愛情深い方なのね」
「うーん、昔は鬱陶しく思っていましたが……そうですねぇ。今は、じいちゃんの気持ちもわかるような」
ふふ、と困ったように笑うリヴィオに、ソフィは首を傾げた。
「リヴィオ?」
「ないしょです」
は? え、かわいい。かんわいい。へへ、と笑う、悪戯な笑顔の破壊力!! ないしょって。ないしょってなんだ。ないしょって、内緒だろ。え? 内緒って言葉って可愛い言葉だった? わからん。なにせソフィの脳みそは浮かれっぱなしの役立たずなんだもの。
「な、ないしょ」
「冗談ですよ」
冗談かあ。そうかあ。そうやって笑う顔もまた可愛いのはどういうこった。
すっかり舞い上がったソフィは、だから、すっかりエレノアとルールーの親子喧嘩から意識が外れていたので、その叫び声にびっくりしたあまり脳みそが転げ出ていくかと思った。
「私はエーリッヒが好きなんだ!!!」
あくびをしていたドラゴンたちも跳ね起きる、特大の爆弾であった。
先週投稿できなかったので&コミックス発売記念、ということで連日投稿です。
そして本日はコミカライズの更新日です!
キラキラリヴィオニスからの、百面相の可愛いさで油断させておいて、表紙のイケメンリヴィオニスはずるいですね。顔面つよつよ。
ただただ楽しそうなリヴィオニスに、モンスターもゲキオコな甘々ストーリーを皆様もぜひお楽しみください。
そしてプレミアム会員限定は大迫力の戦闘シーン!!!
こんなに格好良く描いていただけて感無量です…
あと魔道士さん可愛い。





