妹の立場
父の執務室に着いたが、父も兄もいない。部屋には文官がいるが、食べ物を預けるわけにもいかず待たせてもらう。
「会議の時刻は過ぎてますから、程なく戻られると思います。」
説明してくれた文官に礼をいってマーガレットは執務室のソファーに座る。
コンコンコン、ノックの音で文官の一人が扉に向かう。
「宰相補佐官は、部屋にはおられません。」
「じゃ、待たせてもらうわ。中に入れてください。」
「機密文書もあるので、部外者を入れるわけにいきません。」
ギリアンを訪ねて来たのは女性のようだが、文官の返答に引き下がらない。
「あら、中に女性がいるじゃない!」
マーガレットがいるのが見えたのだろう、無理矢理入ってきた。
「ご令嬢お待ち下さい。」
文官が止めるが、その女性はマーガレットの元にやって来て、マーガレットが手に持っているものを見た。
「何それ。まさかギリアン様にプレゼントの紙包み?」
おほほ、と笑ってマーガレットの前に立つ。
誰だ?社交界に出ないマーガレットは、名前は知っていても顔を知らない貴族ばかりだ。
「オースチン侯爵令嬢お引き取りください。」
いかにも非力そうな文官が、名前を呼んだことでマーガレットにもわかった。
オースチン侯爵には娘が二人、その内の一人なのだろう。きっと縁談の山の中にある一人に違いない。
「見かけない顔ね、誰よ貴女。」
侯爵令嬢がマーガレットに聞いてくるのを、止めようとする文官をマーガレットは手で制する。
意味ありげににっこり笑ってみた。美しいと言われ続けるマーガレット、使い方は知っている。
文官に向かいマーガレットは声をかける。
「こちらで待たして頂くので、どうぞお仕事をなさってください。」
マーガレットにしてみれば、オモチャが来た退屈しのぎになるだろう、と思っている。絶対にマーガレットが勝つのがわかっているのだ。
「姫、ですが。」
他の文官も心配して、声をかけてくる。
「大丈夫ですから、ここでギリアンを待たせていただくわ。」
わざと兄ではなく、名前呼びをしてみた。面白いぐらいに噛みついてくる。
「ギリアンですって!」
ギリアンには婚約者はいない、将来の宰相であり、公爵家嫡男。母譲りの美貌と父譲りの才能で女性に人気があったが、祝勝会で武術も優れているのがわかり、更に熱があがった。
文官達の対応をみても、こういうのは初めてではないのだろう。
だが、今はマーガレットがいる。王太后の部屋からの帰りに寄ることもあり、彼等はマーガレットを知っていた。上司の美しい令嬢と密やかな人気であったが、祝勝会ではとんでもないじゃじゃ馬とわかり、手に負えないと思う者が多かった。
「まあ、何をお怒りになっていらっしゃるの?」
令嬢らしくマーガレットは、侯爵令嬢に問いかけた。
「ギリアン様とお呼びしなさい。」
「どうして、貴女に命令されないといけないのかしら?」
どうやら、見覚えのないマーガレットを家柄の低い娘と認識したようだ。
「私はメイラリエ・オースチン侯爵令嬢よ、私の方が身分が上だから当然でしょ。」
身分が上だと、何をしてもいいのか、と言いたくなる。
「だから?」
「王家にも、公爵家にも侯爵家にも貴女の顔を見たことがないわ。私は貴族の顔を覚えているの、もしかして平民?
ギリアン様を呼び捨てとは、教養がない証拠だわ。」
勝ち誇ったようにメイラリエが言う。
マーガレットはソファーから立ちもせず、威圧的に口を開いた。
「ここは宰相執務室、機密文書があることもあるわ。だから貴女を入れまいとしたのに、無理矢理に入ってきて言うのがそれとは。」
文官は女性に手荒な事もできず、押し入られたのだ。
「貴女だって入っているじゃない。」
メイラリエは、悪い事と思っていないようだ。
「私は、マーガレット・グラントですもの。」
マーガレットの名前を聞いた瞬間、メイラリエが蒼白になる。
「父と兄を待ってますの、貴女は出て頂けます?
侯爵令嬢さん。」
マーガレットが嫌み全開で言う、明日には悪意をもった噂が流されるだろうが、言う人には言わせとけばいいとマーガレットは思っている。
悪く言われて嬉しくはないが、そういう人達は、きっと捏造しても他人の悪口を言いたがるのだ。
どうせ、お茶会にも夜会にも行く気はない。悪口言われていても聞こえない。兄の耳に入ったら、兄が対処するだろう。
侯爵令嬢を執務室から、追い出した後は虚しさが残る。
彼女の行動は間違っていたが、自分は公爵令嬢の権力で追い出したにすぎない、同じ事をしている。
「なんだかなぁ。」
レイクリフに会いたいと思う。




