ハンカチ
姫・・・
ジルベールは、隠し持ったマーガレットのハンカチがある胸の内ポケットの上に手をあてる。
ギリアンから、妹からだ、と言葉少なく渡された。
姫が自分の無事を祈っている、その気持ちが嬉しくて、力がみなぎる気がする。
ギリアンは全員に、妹からだ、と渡した。
それ以上を言えなかったからだ、まさか妹がレース編みも刺繍も趣味で家に大量にあり、戦場に赴く男にハンカチを贈るシチュエーションを楽しんでいる、とは言えない。
きっと妹の軽い気持ちに比べ、男達は重く受け止めるだろう、勝手に妄想してくれ、というギリアン。
命を賭けて戦う男達に、妹は失礼だが、悲壮感漂わせて頑張ってと言うよりましだろう、結局、自分も妹には甘いのだ。
イースもハンカチを貰った時には感動したが、将軍のおまけと気が付いている。
彼のポケットには、母や妹からの手作りのお守りやハンカチも入っている。ワイルドな姫さん、可愛いトコあるじゃないか、と思う程度だ。
ジルベール、レイクリフと比べ、家庭的に恵まれているイースは、心に余裕があるのかもしれない。
鼻血が出るほど喜んだのはレイクリフである。
出陣前夜にはキスもくれた、額にだが。
「義兄上、マギーに必ず帰ると言伝を。」
「了解したから、義兄上は止めてくれ、僕の方が年下だ、ギリアンでいい。」
「では、俺はレイクリフと。」
きっとコイツは自分がいなくなると、ハンカチを抱いて小躍りするんだろうな、と思いながら、ギリアンは将軍執務室を出た。
レイクリフの頭の中には出陣前から、早く帰りたい、この思いでいっぱいだった。
国境を挟んだ戦場では、両軍入り乱れての死闘がなされていた。ウォール王国では、続く戦争で疲弊している、それでも戦争を仕掛けてきたのは、オルグ達のアルビリア王国軍内での反逆を想定しての事だ。
ウォール王国が近年、近隣国を掌握して大きくなってきたのは、第3部隊のように協力者を作ってきたからかもしれない。
レイクリフが自分に敵兵を引寄せることで、手薄になった敵軍をアルビリア軍が襲撃する。
敵軍の銃も弓矢もレイクリフを狙う。
早く帰りたいレイクリフは、多少のケガも仕方ないと思っている。その為にはどうするかを頭の中で高速回転させながら、戦略を修正していく。
後方でなく、前線で指揮し、危険も厭わなく斬り込んで行くレイクリフに、兵士達も士気があがる。軍神、とレイクリフを呼ぶ者までいるほどだ。
「左翼軍、敵地に突入!」
後ろから、すごい早さで駆けて来る軍馬を認めたレイクリフが叫ぶ。
「北方部隊、私に続け!」
血まみれのジルベールが馬の勢いを止めずに、左翼陣形を引っ張る形で敵地に突入する。
イースがジルベールに向けられた矢を振り払い、血濡れの剣で敵兵士を突き刺す。
左翼のジルベール、右翼のレイクリフ、二人の将軍が大軍を率いて国境を越えた。
アルビリア軍は優勢であったが、勝利が見えた瞬間だった。
深夜になって、レイクリフがジルベールの天幕を訪ねてきた。
「殿下、おケガは大丈夫ですか?」
そう言うレイクリフは、新しい補佐官ガクールを連れている。
「私は大した事ないが、イースが私を庇ってね。」
「やあ、レイ、問題ないよ、ちょっと胸と腕を斬られただけさ。」
ジルベールもイースも服を着替えていて、血はついてないが血の匂いがする。本人のケガの出血であろう。
アッシェンブルグ北方第1部隊長が前に出た。
「殿下、生き残った第3部隊兵ですが、麻薬中毒になってました。」
思わぬ報告に、ジルベールもレイクリフも目を見開く。
麻薬はウォール王国から流入しているのだろう。武器と麻薬が交換だったのかもしれない。
「第3部隊長、オルグ・ヤーツェフの荷物から大量の麻薬が見つかりました。麻薬に釣られてオルグには逆らえなかったようです。」
だから、第3部隊全員が反逆という人数になったのか。
「敵の退却に乗じて、王都を攻め落とすぞ。」
ジルベールは皆に、どうだ、と聞く。
マーガレットに会いたいレイクリフは、早く帰りたい。だが、ウォール軍の司令官の首取ったら帰ろうよ、とは言えない。だから、少しでも早く終わらせれるように一生懸命考えた。
「殿下の北方部隊はそのままウォール王国の王都に向かってください。
その争乱に乗じて、俺が敵陣営に突入して司令官を落とします。」
「わかった、ウォール王国の麻薬を没滅せねばならない。」
敵部隊が撤退し始めた今、有利に調停に持ち込む方法もあったが、ウォール王国を叩き潰す選択になった。
「仮眠を取ったら、夜明け前に奇襲だ。」
ジルベールの言葉に、皆が頷く。
「兵達にも、順番に仮眠と食事を取らせろ。ウォール王国軍にたたみかけるぞ。」
出陣してから3日、戦闘で2日、この後、ウォール王国王都まで2日、攻防戦に3日、王宮制覇に2日、帰国に5日、考えるだけで気が滅入る。短期決戦ですんでいるのが救いだ。半月もマーガレットに会えないのは辛い。
レイクリフは、ガックリ肩を落として自分の天幕に戻った。
手には、皆とお揃いとは知らないハンカチを持っている。




