出陣前夜
「イース・ブリューゲル、そうか。ジルベールに付いてくれるか。」
ジルベールから報告を聞く王は、嬉しそうに呟いた。
「次期将軍候補にも名が出るほどの、能力のある男だ。
それが、ジルベールに付いてくれるか。」
何度も繰り返す王に、ジルベールも苦笑いをする。
「兄上は、私を好きすぎます。」
「当たり前だ。」
ハハハ、と王が笑うのを、照れた表情でジルベールが見ている。
「イース・ブリューゲルは見る目があるな!」
「兄上。」
「許せ、嬉しいのだ。
私は、お前に苦難の道を与えてしまったからな。
ワーグナー将軍の痛手は大きいだろうが。」
「そうですね。
実は、私自身も、主君として認められ、何処までも付いてくる、と言われると男として嬉しいですね。
そして、恥じぬ人間にならなければ、と身が引き締まります。」
お前は真面目だな、と王が笑っている。
王都の酒場には、レイクリフとイースがいた。
「騎士学校時代からの腐れ縁だな、15年か。
お前と離れる事になるとは思わなかった。」
レイクリフがピッチャーから酒をグラスに注ぎながら言う。
「悪いな、俺も思ってたさ。
だが、主君を見つけた自分が嬉しいんだ。
何故とか、どこが、とか説明はつかないが、感じたんだ。」
カチンとグラスを交わす。
「祝いだ。」
近いうちに、お互い遠く離れて行くと覚悟しているが、ガヤガヤと酒場の騒音の中では、しんみりする心境にはならない。
グラント公爵邸の中庭では、マーガレットとギリアンが打ち合いをしていた。
夜の庭に剣の音が響く、先に地についたのはギリアンだ。
「勝ちましたわ。」
ニッコリとマーガレットが微笑んで剣を振りかざす。
「短気を起こさなければ、マギーは強いんだけどね。」
両手を挙げてギリアンが言う。
「明日、将軍が出陣する。」
剣を鞘に戻しながら、マーガレットが聞いている。
「南方、北方、両部隊だ。
すでに、ウォール王国軍が国境間近にいる。
僕は早朝の出陣に立ち会う。」
「お兄様にお願いがありますの。」
マーガレットがドレスを翻して、屋敷の中に入っていく。後を追うようにギリアンも屋敷に入った。
サロンでお茶を用意していると、マーガレットが手にハンカチを持って戻ってきた。
「刺繍したハンカチを作りましたの。渡して欲しいのです。」
出された物に、ギリアンは驚いている。妹が婚約者に刺繍をしたハンカチだと。
「戦地に赴く婚約者に、刺繍のハンカチ。ステキでしょう。」
ギリアンは気が付いた、妹はシチュエーションに酔っている。
妹が生まれた時からの長い付き合いだ、妹の好きな小説のシーンにあったのだろう、と理解する。直ぐに腕力に訴える妹だが、乙女チックなのだ。
「戦場で、婚約者のハンカチを握りしめ、負傷しながら婚約者の事を思うのです!
残された婚約者は、無事を祈りながら帰りを待つ、定番ですわ!」
どこの定番だ?
ステキ、と呟く声が聞こえてきて、ギリアンは頭を抱えた。
妹はレイクリフの無事を祈るなどしないだろうし、第一、将軍のレイクリフが負傷するとなると、戦争が劣勢ということだ。
これは殿下、これはイース様、これは出兵しないけどお兄様、とレイクリフ以外の分も渡される。
妹よ・・・・
酒屋の帰り、明日は出陣なので、早めのお開きとなったレイクリフはグラント公爵家に寄った。
イースは両親に挨拶に行くと言って別れたが、レイクリフの両親は19歳の時に亡くなっている。姉は王家に嫁いでおり、ワーグナー公爵邸で使用人達と暮らしている。
イースが離れていく、寂しさがないはずがない、屋敷に帰っても家族はいない。
さすがに訪ねる時間ではないので、庭に忍び込み、マーガレットの部屋の下に行った。
ただ、マーガレットの近くに居たかっただけなのに、そこまですると、どうしても顔を見たくなる。早朝には出陣だ、生きて帰れる保証はない。
「どうしました?登れないの?」
頭上から声をかけられて、あわてて見上げるとマーガレットが2階の自室のベランダにいた。
レイクリフが部屋の下で、ウロウロしているのをマーガレットは窓から見ていたが、我慢しきれなくなってベランダに出てきたのだ。
隠す気のないレイクリフは、結構な物音を立てて庭に忍び込んだので、ギリアン達も気が付いたが、レイクリフとわかると放置したようだった。
「マギー。」
喜色満面で壁をよじ登ってくる姿は、手に吸盤でも付いているのかと思う程である。
「会いたかった!」
恐る恐るレイクリフがマーガレットを抱き締めると抵抗がない、出陣前夜ということで、マーガレットは乙女モード全開である。
マーガレット、出血大サービスで頭をコロンとレイクリフの肩に乗せた。
「夢か、いい夢だ。俺、酔っぱらってるんだなぁ。」
レイクリフの独り言が聞こえた。
ガン!!
レイクリフがマーガレットに蹴られたが、ニヘラと笑っている。
「痛いぞ、夢じゃない!」
結局、いつもの展開になったのだか、マーガレットも笑うしかない。
「そのだなぁ、あの。」
レイクリフが顔を赤くして、顔をマーガレットに近づけてきた。レイクリフは美形なのだ、マーガレットだって美しい顔は好きだ、だが・・・・
「息、酒臭い。」
マーガレットの冷めた声に、ベランダの空気が凍えた。
「うわぁ!残念すぎる、俺。」
レイクリフが膝を抱えてうずくまった。
「戦地で頑張ってくるのよ。」
そう言って、マーガレットがレイクリフの額にキスをした。
「うわぉぉぉぉ!!」
レイクリフが奇声をあげて、首をブンブン縦に振っている。
「死ぬ気で頑張るから!!」
マーガレットに、風邪を引かないように部屋に入るよう言い残して、レイクリフはグラント公爵邸を後にした。
闇の中に消えるレイクリフを見送りながら、マーガレットも独り言。
「アイツ、小説の登場人物よりチョロイんじゃない?」
顔が綻んでいることを、マーガレット自身も気づかない。




