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〈学びの書〉

 おばあさんの元へと通い始め、全く成果の見出せない魔法練習に―――私にとって、おばあさんとの時間は誰がなんと言おうと魔法練習だ―――ほとほと出来ない自分に嫌気が差し始めたところ、おばあさんは何かを感じ取ったのか「明日は来ないでいい。客が来る」と言われてしまった。


 困った事に、今日はサウレー。


 完全なる休みだったため、現在、ちょっと戸惑ってしまっている。


 それで、ヒスイの日課も終わらせて寮へと帰ってきたのはいいものの、一体如何しようかと私は考えていたのだけれど。


 ―――そ、と可愛らしい清楚系お嬢様が使っていそうな机へ目を向けてみた。


 この机の中身をまだ確認していない。


 改造か改築か、よく分からない内装の変化がおきた部屋があまりにも衝撃過ぎてそこに慣れるのに時間がかかっている為に、その他のことに向ける注意力を持てないのだ。


 未だに慣れていないのに、机の中身を確認する余裕も無い。帰ってきたら疲れてすぐに泥のように眠っていたのだから、当然だ。

 よって、ふって湧いたような時間がある今、確認しようと思ったのだ。

 ……おそるおそる、引き出しを開けてみた。


「……へ」


 ぐちゃぐちゃなのかと思っていたが違った。いや、それよりも。


「教科書らしき物もノートらしき物もここにある……!!」


 驚きにぶわっ、と音が出そうな程涙が溢れた。


 私の涙顔なんて、見た瞬間に吐いて唾をかけたくなるだけだろうから人前では泣かないぞ!と唇を噛み締めて我慢しているのだけれど、今は誰もいないからいいか、とこみ上げてきたものを素直にぶちまけて思う存分泣いた。


 何でここにあるの! 今までの苦労は……無駄ではなかったけれど! 片付けないと机があることも分かっていなかったけれど! ここにあるって分かってもなお、教科書のことは思い出せないけれど!


「うぅ~……」


 泣きながら教科書を開く。

 今までは机に座ることも出来なかったけれど(後ろにあったゴミ袋の山やごみ達に邪魔されて)、ちゃんと椅子が引けることに感動しながら机に座った。

 巨体でもちゃんと座る事の出来る安心魔法がかかっているから大丈夫、とナタリアさんに教えてもらっていたから、安心して座ることが出来た。


「……いいもん……これから、ちゃんと勉強するもん……」


 ぐずぐずいいながら、私は教科書を開いてみた。

 新品同様の様子から一度も開いてないのだろう、と思う。

 表紙はどちらもまっさらだった。


 おかしいな、他の人たちは結構色々なものが描かれていたと思うのだけれど。

 教科書を開いた覚えもないし、ノートを使った覚えもないから仕方ないかもしれない。


 疑問に思ったら、突然文字が浮かび上がってきた。


「わわ……っ!?」


 どうやら、この教科書の説明書のようだった。


『生徒の皆さん。これは〈学びの書〉。

 〈学びの書〉は学校生活において、たいへん重要な書です。大切にしましょう。

 では、これから〈学びの書〉の説明を行います。

 この〈学びの書〉は、初等部から中等部までの授業内容が入っています。

 たいへん高価で貴重なものなので失くしたりはしないでください。

 失くさないようにも出来る機能もございますので、よく落とし物をする人は説明をよく読んでください。

 初等部までしか学校に行かない子もこの〈学びの書〉があれば自力で勉強が出来ます各々の努力が大切です。頑張ってください』


 へー、という感想だ。


 貸し出しもされているそうだ。お金がない者達には貸し出しがあり、初等部で終わる子供は卒業時に学校へ返却する旨が書かれている。


『さて、まず指示に従って入力してください』


 私は説明ページに書かれていた場所を開き、書かれている内容にそって入力していく。

 タッチパネル式だった。、ブゥンとキーボードのようなものが出現した。それを使って、中等部一年、Dクラス……と入力を完了した。


『そうすると、学びの書の横に様々な色の付箋が出ましたね』


 出ました出ました!

 うんうんと頷く。

 女、と入力したからか、私には全く似合わないとても可愛らしい色の付箋がニュッと出てきた。謎の技術力に感心するしかない。どうしてこれほど性能が良い物が存在しているのに、携帯電話はないのかしら、と思う。似たような物はもう存在しているのかもしれない。


『どれでも構わないのでその付箋の一つをめくってみましょう』


 捲ってみると、大きい文字で『商学』と書かれていた。

 日付と共に以前行った授業内容が書かれている。商人に算数程度でなれていたらインドの数学はあそこまで発達してないと思う。

 いや、勿論この『商学』というのは名前の分類であって実際商人になるための勉強じゃないことは分かっているのだけれど。


『日付と共に授業の内容が出ましたか。

 復習や予習も、日付や科目名をあわせることによって簡単に行うことが出来ます。

 細かい機能は項目を確認してください。

 それでは、あわせて貰った〈魔帳ドリートミァン〉を使ってしっかり勉強をしてください。みなさんが、国や学園の誇る人物になるために私達は全力でサポートをします』


 なるほど。

 日付や科目名は付箋の一番初めのページにタッチパネルによって入力すればいいようだ。

 しかも、ちらっと流し読みしただけでもテスト問題を予測してくれる機能や自分が苦手な問題を検出してその問題だけを重点的に出してくれる機能もあるようだ。


 つまり、これは本当に自分だけの教科書と言うわけだ。


 これなら授業中ついていけなかったとしても復習を簡単に出来るし、予習も同じように簡単だ。一冊ですべての授業を網羅しているから持ち運びも楽。


 ……この世界ってすごい。


 名前などを入力したところから分かると思うけれど、私は全くこの教科書に手をつけていなかった。馬鹿でクズ豚な事は分かりきっていたが、ため息しか出ない。こんな便利な物を使わないなんて……愚かにも程がある。


 再び流し読みを続ければ、更に便利なものを見つけた。


「【地図】?! え、これってこの学園の地図!? うわ、本当に高性能なのね……」


 広い敷地を有する学園は知らない場所が多く、どこかへ行こうと思ったら私は迷子になる可能性のほうが高かった。


 しかも、この地図。

 場所をタッチすれば、その場所の説明が出るようになっている。なんて便利。


 他にも、緊急事態の際に先生へと連絡が出来る通信機の役割も果たせるなど、本当に多種多様の機能がついているお役立ち教科書である。色々と楽しそうな教科書なので後でじっくり読み込む事にして〈学びの書〉にも書いてあった〈魔帳ドリートミァン〉を確認してみる事にする。


『これは〈魔張ドリートミァン〉と呼ばれる学びの書と共に使うものです』


 それは大丈夫!と、隣に学びの書を置いて、首を振ってその科白に答えた。


『一番初めに所属や名前を入力してください』


 〈学びの書〉と同じ仕様だったので今回はすぐに上手くいった。本当に高性能で近未来過ぎて怖い。

 どうしてこの世界、料理は底辺を這ってるんだ。解せぬ。ものすごく解せぬ。


 〈学びの書〉と同じように付箋のようなものが出てきた。


『横に色鮮やかな付箋が出てきましたね。それのどれでもいいので開いてみてください』


 開いてみれば、真っ白なページが私を出迎えてくれた。別に〈学びの書〉のように何か書かれているわけではない。


『まだ書かれていない白い紙が現れたと思います。では、そこに触れて魔力を流してください』


「……ん?」


 もう一度、見てみる。


 ―――触れて魔力を流してください———


 頬が引きつって、また視界が歪む。


「そ、そういうこと……」


 べん、と〈魔張ドリートミアン〉の開いたページに頭を落とす。頬の肉が潰れて口がむぐぅと曲がる。


 私が教科書について、忘却の彼方に忘れ去っていた理由がこれで分かった。

 要するに、魔力の流れさえ把握出来ない私には扱えない、ということだ。

 私の頭は臭いものに蓋をするように、嫌なことは忘れてしまったということだろう。

 

 平民に使えて私には使えない。

 寮生活だからお兄様にもお姉様にも泣きつけないし、慰めて貰えない寮生活で、頑張ろうと思っていたらこの所業。引き出しの奥へ封印・・するのも分からないでもない。


「………」


 でも、まあ。


「教科書が見つかっただけでも、御の字よ……。これで、私もちゃんと授業が受けられるもの……!」


 うん、と自分を励ましつつ、〈学びの書〉を撫でる。


 〈魔張ドリートミアン〉は扱えないけれど、それもおばあさんに指示して頂いて、魔力を感じる努力をしている途中だ。いつか使えるかもしれないから、と丁寧に机の引き出しへとしまう。


 今度はしまった場所を忘れたりしない。


 今日一日は、〈学びの書〉を読みふけろうかな、と私は予定を立て始めたのだった。


ついに見つかりました、教科書。


明けましておめでとうございます。

天羽月奈です。

ローズも新年初話が目出度いお話に偶然なりまして、ちょっと感激しております。

これから1年、またよろしくお願いします。

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