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舞い上がって声も出せない

「悪いね、あんた。俺が手ぇ開いてりゃ問題なかったんだが」

「あ、いえ……構いません!」


 申し訳なさそうに眉尻を下げられて、気にする必要ない、と身振りで伝える。


「むしろ、遅くて申し訳ないです……」

「ああ、いや。それはいいんだが」


 頼まれたものを渡すと、相手の男性はしっかりと中身を確認して頷いた。

 そして「じゃ、これが料金だ」と今や馴染みになった袋が渡される。嬉しい、と頬が緩むのを叱咤してから、私はポケットから預かってきたものを取り出した。


「あの、受諾したら……これに印を……」

「ああ、例の」


 おばあさん曰く、ギルドの依頼書の代わり、らしい。男性は誰かから聞いていたのか、慣れたようにサインをしてくれた。それをしっかりと確認してから、私は男性に頭を下げて歩き出す。


 ―――ハリスさんと知り合ってから、暫くして。


 私はおばあさんから言われて、あちこちのお手伝いに駆け回っていた。

 朝の体操とランニングは欠かさず、授業は真剣に聞くのみ。

 暇を見つけて、おばあさんのところへと行くと「お手伝い」があり、それも私の身体からするとかなりの労働になる。

 今回の依頼は少し遠い店にお使い、という程度だったので、ついでに運動とばかりに走ってみたりしていると、学園に帰った時にはふらふらと何とか風呂に入った後は食事をせずに寝てしまう。正直、お風呂に入った後の事は記憶にあまり無い事の方が最近多い。

 それでも、最初だけならこれほど動いていれば翌日にはかなりの疲労で立てないほどだったので成長を実感している。嬉しい。


「おばあさん、済ませてきたわ」

「おや、早かったじゃないか」

「走ったの。はい、これ」


 カラン、という扉の音も耳馴染みになっている。サインしてくれた紙と袋を渡すと、その確認をしっかりとしておばあさんは袋の中から一部を取り出してから、私に袋を渡してくれた。


「ハリスんところから、と、あと鍛冶屋の餓鬼とか、それと他にも幾つか。あんたに来てるよ」

「本当?」


 何枚かの依頼書を見てみると、草取りやお使い、面白いのは手紙お届けなどが書かれている。文の内容がラブレターだったら面白いわ、と想像して笑って内容を見る。必要とされている、と感じて嬉しい。


「面倒な依頼なのに嬉しそうだねぇ」


 呆れたようにいうおばあさんだけれど、私はもう怯えたりしない。だって、おばあさんはとても優しく尊い人だと私にはもうしっかりと分かっているからだ。


 おばあさんはギルドに行き、誰もが見向きもしない依頼をした者の所へ、私が代わりにするから取り下げないかと相談を持ちかてくれている。


 ハリスさんが他の依頼を私に教えてくれて、幾つか手伝った後のことだ。

 あたしの方が顔が利く、と言って沢山お手伝いを持って来てくれるようになった。


 街の人の大半が、いつか冒険者がしてくれるという保障が全く無いため、この提案に乗ってくれるらしい。

 そして、ギルドの冒険者に払う予定だったお金を私が受け取るのだ。


 初め、おばあさんは私が全額貰っていいと言われたのだけれど、それは仲介者として間に入ってくれるおばあさんにあまりにも申し訳ないと泣きつかんばかりに縋りついて、漸くお金を受け取ってもらえることに成功した。床に引きずられ膝を擦りむいたのは栄誉の勲章だ。


 私が無一文だと話していたのをちゃんと覚えていてくれたからこそ、こうして紹介してくれているのだと思う。違ったら恥ずかしいので、確認はしていない。


 そして、私にも出来る事をしっかり選別してくれるおばあさんが優しくない訳ないし、怖い人なはずがない。


 未だ魔法は使えていないものの、おばあさんの恩に報いなければ、と一段と身が入るようになった。


 ちょっとずつ貯めて、せめて卒業する前には教科書が買えるお金を貯めよう、と計画中だ。

 ハリスさんとおばあさんに、お礼と連絡なしの遅刻の件へのお詫びとして、髪を結ぶ為のリボンを買って渡した。


「とっても楽しい依頼ばかりよ。皆、本当に親切な方ばかりなの。時々、飲み物を出してくださる方もいるし、よく気遣う言葉を頂けるわ。それに、もう一度依頼が来ると本当に嬉しいのよ。だって、前回の働きを認めてくださったってことでしょう?」


 ハリスさんなんて、もうすっかり顔馴染みになってしまった。「ローズちゃん……またよろしくね」と言われると嬉しくて張り切ってしまう。


 何より、街中で会った時に声をかけられて「この間はありがとう、助かったよ。また頼めるかい」などと言われると、何をおいても優先したくなる。最初は舞い上がって返事をする声も出せないほどだった。必死で頷いてその時は返事をして、寮の部屋に帰って嬉し泣きした。


 お金を稼ぐ楽しさも覚えたけれど、それよりも人と接する楽しさを覚えてしまった。


 学園へ帰るのが依頼を終わらせる毎に辛くなってきているけれど、それは私の今までの行いの報いだから仕方ない。


 依頼者の中には、私の容姿にあからさまに侮蔑の色を浮かべる方もいる。

 けれど、ダイエットの効果が全く出ていない今。それは仕方の無い事だった。


「じゃあ、次の依頼はこれだ」

「はい!」


 受け取った紙はまたしっかりと畳んで、ポケットへと落とさないよう入れる。


「じゃあ、魔力を感じてみるところからかね」

「……はい……」


 おばあさんの言葉に目線を下に落とすものの、店の奥にと身体を翻したおばあさんの後ろへ、私は着いて奥へと向った。一向に魔力が感じないことを恥じながら。

今年最後のお話となりました。

よいお年を皆様、お迎えくださいませ。来年もよろしくお願いします。

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