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私の名前はローズです!

 きちんと朝の体操も続いているし、歩くのも初めほど辛くなくなっているし、食堂でのモーセ現象は相変わらずだけれど、ヒスイとの交流は絶好調。

 今だって、早朝の空気が冷え切った中で、森の木々たちは夏に向けてその色を濃くするために太陽へとその身を広げているのを、ヒスイと共に見ている。

 私はヒスイに日毎、何があったのかを話すようになっていた。


「ヒスイ……実はね、私、新しい部屋を貰ったのよ。いえ、正確には違うのだけれど、そうとしか言いようがないの……」


 綺麗になった部屋を思い浮かべて、複雑な気分になる。目覚める度に違う部屋にいる気がして、落ち着かない。物が極端に少ないのも理由かもしれない。だからといって、何か物を置く必要性は感じない。


「キュゥ」

「ふふ、ありがとう。大丈夫よ、私は。最近は食事も我慢できるようになってきたのよ。だって周りの目がね、怖くって。でも良かったわ。食事量は減らすつもりだったもの」


 ふぅ、と溜息を吐いた。

 下を見ても、お腹と胸でつま先は見えない。私のダイエットは始まったばかりだ。


「キュキュゥ……」

「わっ、ふふ、やだ、ヒスイ」


 擦り寄ってくるヒスイに後ろに倒されそうになりかけたが、辛うじてバランスを取った。


「もう……」


 首を抱き寄せて私からも擦り寄る。

 鱗から体温が伝わってくる。生きていることを伝える体温は私に勇気をくれるのだ。

 今日一日、また頑張れる勇気を。


「今日もおばあさんの元へ行くわ」

「キュッ!」


 頑張って、というようにもう一度頭を擦り付けてくるヒスイに笑みが零れる。


「ヒスイ、私……もうちょっと前向きに魔法を使う事を考えてみる事にしたの」

「キュウ?」


 ヒスイは少しだけ驚きを表した声と共に首を傾げた。

 言葉にするなら「どうして?」だろうか。


「おばあさんが私のために一生懸命考えてくれているのよ。あの、私の固有魔法パキュ・マジックを見るためとも言うけれど……それはどっちでもいいの。私にそんな力がないってこともあるけれど、でも今のままで私があの人の努力に報わないのは失礼な事だと思うの。それに、もし固有魔法パキュ・マジックの謎が解き明かされたら、あの人はきっと喜んでくれるわ。それってとても嬉しい事じゃない? 私が人の喜びに貢献できるんだもの。それに……私、魔法を使ってみたいの」


 まだ朝日が森へと差し込む前だ。木々の間から見える空は白み始める頃合。涼風が木々の間を吹く。朝独特の澄み切った空気だからだろうか。それとも、ヒスイが相手だからか。きっと後者だろうけれど、私は自分の願いを口にした。


「魔法を、使ってみたいの。昔からの憧れなのよ。……だから、頑張ってみるわ」

「キュウッ! キュッ! キュキュッ!!」

「えっ!? きゃぁっ!? ぐえッ……ヒスイっ!?!」


 私の身体を下から救い上げるようにして、ヒスイは自身の身体の上へ乗せられる。

 ヒスイは、よく私をその身体の上に乗せたがった。時々、何か興奮した時などは軽々と私のお腹を首で救い上げて、その身体へ乗せてしまう。何度も行われる行為に、ヒスイが確かに私達と違い、力のある生き物だと実感したけれど、この突然の浮遊感と不安定感は慣れるものではない。それに、乗せられた瞬間、お腹にヒスイの身体が直撃するのが苦しくて痛い。


「だ、だから、ちゃんと前もって教えてって言ってるのに!」

「キュウウ!」

「あっ、ちょっと待って、私、ちゃんと、乗るから!」


 そのまま走り出そうとする気配を感じて、慌てて押し留めてヒスイの身体を跨ぐ。

 二つ折り状態で走られたら、私は苦しくて吐いてしまう。最初にされた時、その日一日、吐き気が止まらなかったのだ。


「ゆ、ゆっくりよ! お、お願いだから、ゆっくり……うっ、ひゃぁああああ!!!」


 以前の猛スピードでの移動は怖かった。だから、ヒスイにお願いしたのに……聞いてくれず、私はヒスイが止まってくれるまで振り回された。


 *・*・*・*・*・*・*・*・*


 ヒスイの暴走にぐったりしたまま、おばあさんの元へと歩いて行く。

 今日こそ、魔力を感じ取れるようになりたい。ヒスイに元気を貰って私は今日も行く!

 ……そう思っていたのだけれど。


「……何やってんだい」


 ビクッと身体を震わせた。しゃがんだまま、振り向けば、おばあさんがこちらを見下ろしていた。


「えっ!? あ! おばあさん! ど、どうなさったのですか?」

「何やってんだい、あんた」


 もう一度同じ事を聞かれ、私は立ち上がった。その時、酷くタイミング良く裏口から顔をだした老婦人を紹介する。


「えっ、あ、実は、その……こちらの方が荷物を持っていらっしゃたのですけれど、大変そうだったので、荷物をお持ちしたら、途中で腰が悪くて……ここの、その、草取りが出来なくて困っていらっしゃったそうで、それで」

「手伝ってたのかい……」


 つー、と汗が垂れるのを拭って頷いた。


 おばあさんの店へ行く途中で見かけたのは、華奢な体にしてはあまりにも多くの荷物を抱えていらっしゃる、お歳を召した女性だった。一人で大量の荷物を運んでいるのを見かねて、手伝いを申し出たのだ。


 自分から人に声をかけるなんて、本当に緊張した。意識がふらっとしたし、尋常ではない汗が出て、つっかえつっかえの言葉だったけれど、老婦人は承諾して下さった。


 半分ほど私が代わりに持って、歩いていったのだけれど、その道中の話から少し腰を悪くしている事を知ったのだ。話のついでに、草取りが出来ないという話を聞き、その手伝いを申し出た。


 随分明るいな、と上を見上げるとお天道様は真上近くにまで来ている。あんぐりと口を開ける。思っていた以上に時間が立っている。てっきり、おばあさんは偶々ここに来たと思って話していたけれど、もしかしたら私を探していたのかもしれない。殴る為に……!


 慌てて、おばあさんに頭を下げる。


 なんでこんなに時間が……全然、気づかなかった。

 ちょっと手伝って終わるつもりだったのに!


「あっ、あ、えっと、その、あの……おばあさんの店に連絡をしなかったのは本当に悪かったと、思っています! 私、夢中になっていて、気づかなくって……いえ、あの……ごめんなさい」

「クラリスさんの、知り合いだったんだ。……クラリスさん、うちが引き止めたんだ。責めないでやってよ」


 老婦人が私を弁護して下さる言葉に首を振った。


「いいえ! あの、私がやらなくていいと言われたのに無理やり、いえ、あの、ごめんなさい」


 おばあさんと確実な約束を毎回しているとは言いがたい状況であっても、来る事は決まっているようなものだ。それを私は破った。下手な言い訳など口にせず、まっすぐに謝るべきだ。例え殴られようと!


「……まぁ、別にいいさ。で? あんた、これいくら貰うんだい?」

「……え? え、あ、いえ、お金なんて……私が勝手に手伝っただけで、いくらも何も、頂きません」


 ぐ、と殴られるのを覚悟していたら、おばあさんは特に気にした様子もなく、何故かお金のことを聞いてきた。あれ、と戸惑うものの答える。

 私が手伝うと勝手に言っただけなので何も貰う予定はない。


「はぁ? 何言ってんだい。ほら、ハリス。あんた、これギルドに頼んでた草取りだろ。その分だけ、この子にやりな。どうせあそこの冒険者なんて誰もこんなことやりゃしないんだからさ」


 おばあさんの科白に老婦人は「ああ……」と頷いた。


「……ちょっとお待ちよ」


 何だか雲行きが私の思っている通りのものになっていない。あの、と口を開いたものの、それが音となる前に裏口の扉は閉まってしまう。思わず、おばあさんを見上げると、彼女は私の視線に気づいて見下ろしてきた。


「なんだい」

「あの、もしかしてあの方は……お金を取りに行った、のでは?」

「やり取り聞いてたんだから分かるだろう、それくらいのことは。そこまで馬鹿なのかい?」

「あの、そんな……困るわ! 私、お金を目当てに手伝った訳じゃないのよ!」

「そんなこと、あっちもあたしだって分かってるさ。でも、ちゃんと賃金のやり取りがあった方が、向こうも安心するって話さ」


 賃金のやりとり……。

 ハッ、と鼻で笑いそうな顔をしたおばあさんは私を見下ろしながら、続ける。


「ハリスはギルドに依頼したんだよ。なのに、あそこの馬鹿どもは一切その依頼に目を留めやしない。それをあんたが代わりにやって、冒険者が貰う料金を代わりに貰ったって、横取りしたってことにはならないだろ? あんたは、ハリスの安心と信頼をお金って形で貰って何が問題なんだい」

「ん、んん……? えっと、ギルドで依頼されて、それを私が貰って、でもそれは私の本意を知らないわけじゃなくて……」

「要するに、今お金を貰っておいた方が、ハリスの為にもなるから、あんたは貰っときなって言ってんのさ」

「え、ええ……?」


 私がお金を貰ったら、どうして老婦人の方の為になるの?

 おばあさんの理屈が理解出来ない。


「いいかい? 今、あんたが金を貰ってなきゃ、ハリスは後々あんたを見かける度に『今のお礼』と言って野菜や果物、もしかしたらお小遣いなんかを与えてくるかもしれない。それが一回、二回ならまだしも、それが十回、二十回と回数を重ねる度に……将来的に使うお金の量はどちらが多いと思うんだい? 今、きっぱりと決められていたお金を貰っていた方があんたの考え的にはあってるとあたしは思うんだけどねぇ」


 確かに、と私はおばあさんの赤い瞳を見て愕然とした。


 ———善意で手助けをし、恩を忘れず、助け合う。


 現代日本では当たり前の考えだ。


 けれど、ここは現代日本ではない。

 将来的にあの方が使うかもしれないことを考えれば、私は今お金を貰っておいてすっきりさせておいた方が、貸し借りなし、清算しておいた方が正しい、気がしてきた。


 と、いつの間にか老婦人が裏手に入る前に持っていなかった袋を手にして、立っていた。


「……難しい、顔してるね。はい、これ」

「あっ、いえ、あの……わっ、え、あの、これ、頂いても宜しいのですか?」


 チャリン、となる袋が私の手へと渡る。

 お金だ、お金!

 ちょっと興奮するも、おばあさんとの話し合いで受け取ろうかなと考えていた私は、それでもやっぱり遠慮が先に立って確認してしまった。


「……当然。……ギルドへは後で依頼取り下げしとくから」

「あたしが言っておいてやるよ。ちょいと向こうに用事もあるからねぇ」

「……そう?……なら、クラリスさんにお願いする……ああ、そういえば……うちは……ハリス、ハリス・テオレル。今日はありがとう」


 その自己紹介に、私も自己紹介をしていなかったことを思い出し、慌てて頭を下げた。


「す、すみません! あの、私の名前は、えっと……えっと……」


 チュベローズ、という名は流石に躊躇う。

 テリセン家は有名なため、更に躊躇う、というか、絶対に言いたくない。うーん、と悩んでいたら、おばあさんが呆れたような顔をして私を見ていた。


「自分の名前もわかんないくらい、あんたは鈍いのかい?」

「わ、私は鈍くありません!」


 私はどちらかというと鋭い方だと思う!


「じゃあ、さっさと言いな。あたしもあんたの名前、知らないんだからね」

「えっ、あっ、そ、そうでした……!」


 思っていなかった指摘だった。ついでに言うなら、おばあさんの名前も知らな……あれ?


「おばあさんは、ソラリスさんでは……」


 店の名前がそうなっていたから、てっきりそうだと思っていたのだが、違ったのだろうか。

 けれど、ハリスさんは別の名を口にしていた。そう、クラリスさん、と。


「……ああ。クラリスさ。あたしの名前はね。店の名前はちょいとね、違う名前が良かったから」

「クラリスさん……は、ハリスさん……えっと、私の名前はローズです!」


 結局、普通に呼ばれる名前を叫ぶ。


 クラリスさん。魔女のクラリスさん。


 二人の名はしっかりと頭と心の中に刻み付けた。絶対に忘れないぞ、と気合を入れる。と、視線を感じてそちらに顔を向けた。すると、不可解な目で私とおばあさんを見ているハリスさんと眼が合った。


「……仲良しと思っていたけど……違ったの?」

「な、仲良し……! 始めて会ってから……一ヶ月、くらい、でしょうか」


 春休み前に出会ったのだから、それくらいのはずだ。私は思い出しながら答えた。

 仲良しに見えるなんて、ちょっと嬉しい。


「!? ……なのに、どっちも名前を名乗らなかった……!?」


 思った以上に驚愕されて、私の方が戸惑う。老婦人を驚かせてしまった事に、僅かな罪悪感を抱いて口を開いた。

 ハリスさんは私と同じくらいの背丈だ。つまり、小さい。そして、すごく細い。余計な刺激を少し与えるだけで、身体を悪くしそうなのだ。


「必要がなくて……」

「必要なかったしねぇ」


 図らずも、おばあさんと同じ答えだったことに嬉しさを感じる。こう、人と意見が合うと言う事は私の考えは間違ってない訳で、尚且つ、私の考えは人道的に外れていないという証明になる。


「クラリスさん……ローズちゃん……二人とも、無頓着すぎ……」

「そ、そうでしょうか……? 不便は感じなかったのですが……」


『おばあさん』で私は良かったし、おばあさんは、私を『娘っ子』か『あんた』と呼んでいて、他に該当する人物がいなかったので特に問題が起きる事はなかった。

 私が居た時には彼女の店にお客が来る事もなかったので、完全に二人きりだったから益々問題はなかった。


「不便がないんだから、別にいいじゃないのさ。じゃあ、あたしはこれからギルドの方に行くからね。あっ、そうだ。あんた、今日は来なくていいよ。また明日来な」

「えっ、あ、はい……あの、今日は本当に申し訳ありませんでし……」

「気にしてないからいいさ。連絡手段もないし、命の危機でもないんだからね。それより、稼いだ金、どっかに置き忘れたり盗られたりすんじゃないよ。気をつけて持っていくことだね」


 ひらひらと手を振って、おばあさんはそのまま通りへと進んだ。様になり過ぎていて、格好いい。

 私は、というと。


「……ローズちゃん?」

「あの、あの……今、あし、あしあああああしぃ……ッ、いたぁ……」

「落ち着きなよ!!? あしぃって何!」


 慌てすぎて噛んでしまった。深呼吸を何度かした後、ハリスさんを恐る恐る見た。


「ああああああの、あした、って……! お、おばあさん、明日って言いました、よねっ!?」

「―――え? ああ、クラリスさんのこと? ええ、明日またって言ってたけど……」

「やややっぱり! そう、そうですよねっ! わ、私の幻聴じゃないんですねっ!? 凄い! 凄いわ! 私が明日また来てなんて言われるなんて……すごい、すごい! 初めてのことだわ! わぁ……っ! わぁ……!!」


 手を握り締めて、感動に打ち震える。

 言葉に出来ないくらい感動している。


 もう、わぁ、しか言えない。


 明日おいで、と以前おばあさんにも言われたけれど、それとはまた違う喜びだ。何より、今回の失敗は完全に私が悪い。それなのに、それについてあっさりと許して私と明日の約束をしてくれるなんて、本当におばあさんはいい人だ。あんないい人に何時来るか、とイライラさせてしまったなんて私の罪は深い。


 ———二度とこんなことはしない。


 それから、何かお詫びをしなければならない。その為にはお金がいるけれど、私にはお金がな……っ!

 私は手元にある袋を見た。中身を慌てて確認する。ひぃ、ふぅ、みぃ……。


「えっと、これ……」

「……。うん、ああ……ちゃんとあるよ。 全部で、5銅貨ブロティガと5半銅貨ハルブロティガ。……ちょっと色をつけといた」


 銅貨ブロティガ半銅貨ハルブロティガ……どれほどの価値なのか、さっぱり分からない。硬貨なんて始めてみた。私は一枚手にとってまじまじと観察する。

 考えてみれば、私はお金を見たことがなかった。全部、誰か別の人がやってくれていたのだ。

 銅貨は赤銅色の円形だ。日本のものとそれほど変わらない。勿論、平等院鳳凰堂なんてものは描かれていないけれど。

 半銅貨は銅貨より一回り小さい。描かれた絵が違うので、分かる。それに、半月形にも見えるデザイン性の高い形だ。ただの円である銅貨より、半銅貨の方が価値が高そうに見える。


 そんな硬貨がそれぞれ、五枚ずつ、入っていた。


「……仕事の割にあんまり稼ぎにはならないから。……ギルドの冒険者達も街の住人の仕事にはあまり手をつけたがらない」


 ハリスさんの言葉はあまり頭に入らなかった。

 なら、また何かあったら手伝います、と答えたのだけれど、私の頭の中は、このお金を使っておばあさんに何かお詫びの印を買わなければ―――と必死に考えていた。

 一体、何を買おう。


 ハリスさんとの別れの言葉もそこそこに私は露天へと歩き出す事になった。

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