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改造?改築?

 学園の授業が終わったその足で、事務室へと急ぐ。事務前にある姿に、ラストスパートとばかりに足を速めた。ドタドタという足音が聞えたのだろう。気品ある老婦人である事務員―――ナタリアさんは微笑みで迎えてくれた。


「あら、急いで来なくてもよかったのに」

「は、い。でも」


 現在、私は己の足でもってのみ通学を可としている。

 急がなければ、ナタリアさんに会いに行くのに相当遅い時間になってしまう。

 現に今、あれ程急いだのに外はもう夕闇に染まりつつある。バッシスを使えば、もっと早く、この老婦人の下へと到着したに違いない。けれど勝手な都合で私はその選択を選ばなかったのだ。

 それを考えれば、勝手にこちらの都合で待たせてしまう、自分の傲慢さに申し訳なさが先立つのは仕方のないことだった。


「申し訳ありません。お待たせして」

「いいのよ。こちらの都合で、寮へと帰れなかったのですからねぇ」


 言外に、気にしなくてよいと伝えてくれた。

 その優しさに、幾分ほっとしてして、はっ!とする。どうにも、まだ甘えているようだ。気をつけていないと、また何か取り返しのつかないことをするかもしれない。


 ナタリアさんの後ろに必死に着いて行きながら、甘えちゃダメだと何度も自分に言い聞かせていた。


 ……それも、寮に着くまでだった。


 ―――私は言葉を失った。


「凄いですよねぇ。一回りか、二回り、広くなっているんですよねぇ」

「―――」

「貴女の部屋ですけれどねぇ。ほら、ちゃんとあの机は触っていませんよ。状態維持のような魔導具が設置してあるのでしょうねぇ、綺麗だったので。そうそう、必要だろうという事でベッドも運び入れました。テリセンさん、今までどこで寝ていたんです? 他にも色々と最低限必要な備品はいれておきましたからねぇ」

「―――」

「壁は全て塗り替えましたし、虫の巣や鼠などもきちんと駆除されていますからねぇ。これからは、安心して寝られますよ」

「―――」

「テラスの方ですがねぇ、実はもう少し重いものが乗ったら床が抜けそうだったんですって。良かったですよねぇ、万が一なんてことが起きる前で……それから」

「ちょ、ちょちょちょっと待ってくださいっ?!」


 次々とナタリアさんは真新しい・・・・部屋の中の備品を説明してくださっている。きょとん、とこちらを見るナタリアさんに小刻みに首を振った。


 頬の肉や顎の肉が一緒に揺れる。


 絶対、さっきまで、私の口は開いていた。眼も見開いていた。断言する。


「……何でしょう?」

「あの、ここ……本当に私の、というか、え? これ、どういうことですか。全然、全く、面影が、ないですし、そもそも、え? 何がどうなって、どうして、ええ??」


 目の前の状況に追いつけていない。どうしてか、寮内が恐ろしく―――綺麗に変わっていた。


 寮の外装はそのままだったのだ。なのに玄関に入って、顎が落ちるかと思った。


 全く内装が変わっていたのだ。


 今までも、かなりの広さを誇っていた寮は、以前以上にその幅や高さを横にも縦にも長くしていた。ところどころに、美しい装飾品も置かれ、部屋と部屋の間も広がっている。気がする。


 更に、男子寮と女子寮が明確に分かれていた。以前から明確に分かれてはいたのだが、破ったからと何かあった訳でも、そこに何か目印が置いてあるわけでもなかった。と思う。けれども、看板が立てられていた。


【←女子寮】

【男子寮→】


 これで、何かあるというわけでもないだろうが変更点には違いない。


 そのことについて、ナタリアさんが説明をしてくれたが、私は内装の違いっぷりに衝撃を受け、耳にも頭にも入ってこなかった。


 外装はそれほど変わっていなかったから、心構えなど出来ているはずもない。


 なぜ、こんなに変わっているの。


 混乱して不安が募り、泣きたい気分だ。


「ああ―――気にしないでいいですからねぇ」


 そんな私に、彼女はカラリ、とでも効果音がつきそうな程に軽く笑う。


「き、気にしないでって」


 それが出来ていれば、これほど取り乱してなどいない。そもそも、何を気にするべきなのか、まだ混乱する頭では整理も出来ない。


「こちらの都合なんですよねぇ。元々、老朽化も進んでいましたしねぇ。それでまあ、資金の目処がついたものですから、この際、大々的に行ってしまおうと」


 うふふ、と薄水色の瞳が細められる。優しげな風貌が笑顔を作っている。


 学園側の都合ならば、いつでも良かったのではないだろうか。長期休暇中に何故しなかったのだろうか。

 資金の目処がついたからと直ぐに始めなければ危ないほどに、老朽化が進んでいたとは思えなかったけれど、実はシロアリが沢山存在していたのだろうか。

 一ヶ月ほどで、これほど改築されているというのはどういうことだ。この世界の建築技術って……。


「同室者の方にもベッドが運び入れてありますからねぇ。後で確認したらいいですよ」

「えっ」


 私の部屋だけではなく、他の部屋もそうなのか。


 ……それはそうか。


 ここがそうなら、同室も同じ様に変わっていると考えるのは普通だ。


 玄関から来る際、部屋と部屋の間が変わっていたのだから変化があるのは自然な考えだ。


 私が伯爵令嬢なのは関係なかったのだ。

 無意識に伯爵令嬢だから、と考えていた自分が怖い。


「だからまあ、気にしないでいいですからねぇ。快適に過ごせるようにという、学園からの心遣いもありますから」

「は、はあ……」


 他に何もないのだと、それが真実だと告げる口調に、それしか言えなかった。要するに、流せということだろう。この急なリフォームも何もかも。


 なんとなくだけれど、私が関係しているのではないだろうか。掃除が終わった途端、リフォームって。可笑しい、わよね。そう、私のゴミ達が多すぎて手を出せなかったとか?


 そう考えるのだけれど、もう、本当に何がなにやら。


「それで、こちらにはですねぇ。棚や戸棚も新しくなっているんですよねぇ。そうそう……ここを開けてくださいな」


 台所の扉を開ければ、当然の如く、美しい新品の整備がされていた。ナタリアさんは、唖然としたままの私を置いて、何故か床へとしゃがんだ。

 新品の床や天井が目に痛い。


「よく見てくださいねぇ。これは、扉なんですよ」

「え?」


 指を指されたところをみると、微かに色がついている。

 扉とはどういう意味なのか、と聞こうとした瞬間、床に穴が空いた。


「―――」

「ここはですねぇ、避難所だそうです」

「―――……ぇ」


 ひなんじょ、と口の中で単語が転がった。

 寮の、個人の部屋に避難所があることに驚愕した。一体、どれほどのお金が注ぎ込まれたのかしら、とちらりと頭によぎる。


 ナタリアさんはその穴の中に入っていった。どうやら階段があるようだ。つまりは、地下。地下が出来ている。地下が!

 もう、本当に、何が、なにやら、訳が、分からない。


「早く来てくださいねぇ」


 中から、ナタリアさんの声がして放心していたのに気づく。慌てて、下を覗く。ナタリアさんは下に降りてしまったらしい。彼女がつけたらしい明かりが仄かに見えた。思った以上に深い。


「テリセンさーん?」

「は、はい! 今、行きます!」


 返事をしてから、息を吸い込んだ。


 台所の床へ足をつけ、四つんばいになる。そうっと右足で階段を探り当て、足を置く。

 おそるおそる、もう片方の足も同じ様に降ろした。ギイ、という音もなく、私の足は階段に乗った。


 木造りの階段は、しっかりと私の体重を支えてくれた。階段が抜けるかと思ったけれど、そんなことはなかった。

 もし、そんなことがおきても腕で体重が支えられるように後ろ向きに降りたのだ。

 実際、腕二本で私が自分の体重を支えられるかは別にして。


 ほっとしてから、再び、右足を、それから左足、右手を、そうして左手、と順番に降りていった。幼児が階段を昇降する時の姿だ。


 はたから見て間抜けでも、怖かったのだから仕方ない。


 降りるに連れて、明かりが強くなり、ストンと床に降りた時には部屋の明かりと変わりはなかった。

 地下だからか、少し暖かい。

 部屋には、木造りの棚や箪笥がいくつもあった。更に、少し奥に扉があることから、また更に部屋があることを知る。かなり、広い。ここまで下に空間が空いていると、床が抜けてしまうのでは、と心配になってきた。


「もし、何か……そうですねぇ。万が一、賊が入ってきたり、火事などが起こった時には、ここに入れば凌げますねぇ。……あら。保存食も入っていますねぇ」


 ナタリアさんは、少し目を見開いた。その視線の先には、いくつか食料品らしきものが入った木の箱が数箱。


「この棚には、避難時に必要なものでもいれておけば安心でしょうねぇ。ただ、まあ……ここは地下ですからねぇ。火事が起きた場合は外に逃げたほうがいいかもしれませんねぇ。とはいっても、何が起ころうとこの地下には結界がついていますから避難する分には問題ないんでしょうけどねぇ」


 考えてもいなかった地下部屋に「は、はぁ……」と言うしかない。これだけの地下、本当に他の部屋にもあるのだろうか。寮が落ちたりしないのかしら。


「ここが一番、部屋の耐久力などが落ちていたらしくてですねぇ。改造に少し時間がかかってしまったそうですが、その分、地下もかなり広くしたそうですよ」

「た、耐久力?」

「虫などによって、部屋の壁がぼろぼろだったんですよねぇ」


 あっ、それ明らかに私のせいですね、わかります。

 ごめんなさい、と改造して下さった方に心の中で土下座した。


「一階にある部屋には、地下がついたそうですけれど。この寮部屋が一番広いですねぇ。同室の方とはその扉と繋がってますよ」


 同室と地下は繋がっているのか、と納得した。部屋が広いのも、若干といった程度だろう。もしかしたら、私が一応伯爵家令嬢だというのも考慮されているのかもしれない。


 なんにせよ、使える部屋が多くなったのは便利になったということで納得するしか、ないのかしら……?


 なんだか納得し辛い。


 ある程度、地下の説明を受けた後、地上へと戻ってきた。


「寮の機能も向上したのですけどねぇ……ああ、そうでした」


 思い出した、というようにナタリアさんは小さな金属をポケットから取り出した。


「この部屋の鍵です。他にも色々と改築したそうですからねぇ。ここは他より、面倒だったらしいのですが……まあ、説明書もありますからねぇ。それじゃあ、今日からここでの生活を楽しんでくださいねぇ」


 では、と部屋から出て行こうとするナタリアさんを、慌てて呼び止める。


「あ、あの!」


 色々聞きたい事はある。けれど、一先ず、私は真っ先に思い浮かんだ事を口に出す事にした。


「この、改築? 改造?の、費用はいくらくらいかかったんでしょうか。あと、私のせいで、改築工事が遅れていたんでしょう?」


 費用はいくらかかったのか。

 どう考えても、私の汚物達と私のわがままのせいで改築できなかったのでは、と話を聞いた結果、そういう結論に至った。

 少し時間を置けば、もっと違う答えが出るかもしれないが今は無理。もう、色々精一杯過ぎて今は無理です! 考えられません!


「……。大丈夫ですよ。学園側が必要だと思ったから行っただけですからねぇ」


 ナタリアさんは、にこっと笑った。


「あっ、そうですか……」


 こちらはというと、反論する気力がもうなかった。さっきのが、今の私の気力、勇気を全て振り絞っての科白だったのだから。


「それから、修練場の話ですが」

「えっ、あ……はいっ!?」

「テリセンさんが使いたいと言っていたでしょう? 許可が出たので、これがカード鍵です。非常に高価なものなので失くさないようにしてくださいねぇ」

「わ、わかりました。ありがとうございます……」


 カード鍵を受け取ると、ナタリアさんは別れの挨拶をして部屋から出て行った。バタンと閉まる音が部屋へ響く。


 のろのろと私は部屋へ入って、とりあえず、服を脱ぎ、床へ座る。


 それから、ぽけーと暫く部屋で放心した。


 まっしろい。どこもかしこもまっしろい。


 卵の殻を落とした痕とか、落ちなかった汚れとか、どこにいったのかしら。凄すぎる、その掃除力。私に教えて欲しい。


 そもそも、改築工事をする予定だったのなら、今までの私の苦労は? 一週間の苦労は? あの気味の悪い、おぞましい、汚れたちとの格闘の日々は?


 無駄、という二文字が頭をチラついて離れない。ただ、それを今考えると益々私の気力を削ぐ気がして考えるのを止めた。


 そうして少しだけ、この衝撃が緩和したくらいに……そろり、と眼だけを動かして部屋の隅を見る。


 部屋の片隅に存在を主張する、物体ある。

 さっきから、あまり見ようとしないようにしていたが、覚悟を決めてみた。


 真っ白い布地に、通常サイズの二人は寝れそうな幅。周りには装飾も施され、真っ白い染みも汚れも全くない。寝ることに特化したベットは、ふかふかそうだ。ゆっくりと近づいて、人差し指でつついてみた。


 う、うわあああ!!


 へこんだ。何の抵抗もなく、指が沈み込んだ。


 ふわふわだ。ふっくらだ。新品だ。まっしろだ! 高い! 絶対、高い! 凄い、ふわふわっ!


「ふわふわ……っ!」


 疲れてしまった身体は、目の前の物に飛び込みたいと理性に本能とともに訴えかける。それをぐっ、と堪えて唇を噛んだ。


 ちょっとお待ちなさいよ、理性さんと身体さん。

 これに、寝るの?

 私が?


「……………………………………やっぱり、床で寝よう」


 ひとまず、新しい事に挑戦できる勇気が欲しいなと思った。


あの大掃除はいったい……(遠い目)



これからまたよろしくお願いします(*´◒`*)!

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