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ヒスイ

 水曜日ウィスカ


 前回のあらすじ。

 魔力操作マギコントロール出来ないとか、そりゃDクラスに落ちるよね。ついでに、やる気も教科書と共に失うよね。

 魔力操作マギコントロールさえ使えなかったと分かって落ち込んだ。けれど、私がどれだけ落ち込もうと、時間は過ぎるものだ。あれから、もう三日が経った。

 寮からではなく、塔からの通学になり、またプラスαとして早朝の散歩ウォーキングを始めた。これが、辛い。

 汗を滝のように掻く。歩いているだけなのに筋肉痛になる。散歩ウォーキングが終わってから、更に登校の道のり……まだまだ始めたばかりだが、すでに心は挫けそうだ。

 今からの登校を思い出して、憂鬱になった私の頬にキュキュゥ?と擦り寄る存在がいた。


「……大丈夫、まだ頑張れる、わ……」

「キュウ……」


 力なく、答えれば、竜もまた力なき声を返してくれた。自惚れでないのなら、心配してくれているのだと思う。彼、もしくは彼女は、塔へと移り、散歩へと出たその日に現れた。そして、側で一緒に散歩ウォーキングをしてくれたのだ。

 辛い道のりを支え、時折励まし心配してくれる素振りを見せる竜に、私はだんだん仲間意識が芽生え始めている。私の生活で一番、密接に関わってきている存在だ。

 滴り落ちる汗を拭く。竜を撫でて、大丈夫だと示した。前を向いて、一歩一歩足を進める。


「……さ、散歩もいいけれど、せっかく早く起きているのだから……ラジオ体操がしたいわ。人が来ない、開けたところがいいかしら。森林浴も身体にいいと聞く、し……あ……!」


 独り言に気づいて、口を閉じた。はあ、と息を吐いて反省する。最近、どうにも多い。これは、まさに『ぼっち』だからなのでは? そう、名付けるなら正に……『ぼっち化現象』!!

 ああ、なんて嫌な響きかしらっ!

 けれど、話し相手なんていないから、独り言でもなければ一日話さないことだってある。このままだと話すことを忘れてしまいそう……。

 そう考えると、己の『ぼっち化現象』を怖れつつも、何だか仕方のないことだと思い始めた。

 話せなくなるよりも、ぶつぶつ独り言を言っていた方がまだ伯爵令嬢的にはいいかもしれない。声を出すやり方を忘れた、なんてことになったら目も当てられないのだから。

 昔取った杵柄とも言うし、今まで散々一人で話し続けていたのだから暫く誰かと話さなくても平気よね……と過去の自分を思い返した。


「……キュウッ!」

「―――え」


 突然、ぐるん、と景色が回った。


「……え?」


 何が起こったのか、景色が逆さ……竜の足と地面が頭の近くに見える。目を見開いて、周囲を見回し、私が今、竜に銜えられていることを理解した。


「え、えええ?!」

「ぐぅ」

「ま、待って――――いやああああああああ!?!!??!」


 殆ど逆さづり状態のまま、竜は私を銜えて走り出した。重い! 重いでしょ?! 竜は人よりも力があるのかもしれないけれど、それでも平均体重よりも確実に重い、私の体重を口だけで運ぶなんて……!

 文句を言おうと口を開きかけて、空が暗くなった後、顔すれすれにギュンッと縦長の茶色い影が通り過ぎて、顔色を失くした。


 ―――森の中に入っている。


 つまり、何本も高く黒い影を落として通りすぎているのは、木だ。学園横の森の、木。この速度だ。ぶつかったら、絶対に痛い。しかも、それだけならまだマシだろう。たんこぶだけじゃなくて、冗談じゃなく、脳みそも出てしまうかもしれない。頭を出来るだけ身体へ近づけようと奮闘する。筋力がない私には無謀ともいえたが、命の危機に奮起した。


(ぶつかるっ! ぶつかるわっ!! 竜くん、お願い止まって―――)


 銜えられているため、上下だけではなく左右にも揺さぶられる。竜が木を避けるたびに、気分が悪くなっていく。この感覚を記憶(・・)と結びつけると、車酔い……ではないから、竜酔いとでも言うのだろうか。あれは、三半規管が狂うかららしい。三半規管、頑張って! と、応援するも体調は良くならない。


 もう、駄目だな、と意識を飛ばしかけた時、竜は速度を緩め、完全に停止した。ゆっくりと、地面へ降ろされる。まだ揺さぶられている感覚が身体に残って、竜酔いもしている。胃液が出そう。目蓋を閉じて、身体を丸めた。

 竜は地面に臥し、えづき始めた私の頬を舐めたり、鼻を擦りつけたりして心配してくれているのを態度で表している。


(……可愛い……! 可愛いし凄く嬉しいけれど、こうなった原因は竜くんなのよ……?)


 心中、少しの葛藤を抱く。

 暫く、えづいてから、落ち着いてきた。そうすると、周りの様子が感じとれ始める。初めは、倒れていた森の湿った地面。それから、吹き抜けている風。その自然たちに身を置いていると、体調も落ち着いてきた。マイナスイオン、万歳。


 閉じていた眼を開く。貧血が起こらないよう、ゆっくりと身を起こし、竜の背を体重の支えにさせてもらって立ち上がった。

 そうして。

 広がった光景に声が漏れた。


「うわあ―――綺麗……」


 少し開けた場所。青々とした木々と隙間から見える仄かに明るい空。森へ入り、暗くなった光景が明るくなった理由を知る。澄んだ空気。吸い込んだ空気が新しく前を向く気持ちを作ってくれる。


「キュウ……」


 擦り寄ってくる竜の鳴き声は、少し申し訳なさそうに聞こえた。私の体調が悪くなったからだろう。

 どうしてここに?と思考を巡らせて、一つの可能性を思いついた。


(もしかして、私の独り言を聞いて連れてきてくれたのではないのかしら?)


 ラジオ体操が出来る、一人でいられる場所が欲しい、と口にした気がする。正直、今の刺激的な経験で記憶があやふやだけれど。でも、ラジオ体操をする素敵な場所が欲しい、というような意味のことを私は口にしたはずだ。

 私は竜を見つめた。陽光に照らされた鱗は、光を反射して美しい。瞳は確かに私を映している。

 この三日間、この竜と接していて思ったのは、この竜が非常に賢いということ。それこそ、人語を理解していても驚かないほどに。そして、人の機微に聡いということ。

 それから―――私に優しくしてくれている、ということ。


 周りの風景は、気持ちを切り替え、ラジオ体操をするのによい場所だ。難点は、一人では絶対に辿りつけないことだろうか。竜が毎朝連れて行ってくれるなら別だけれど。


「……あの、ね? ここに……ね。 ま、毎朝来たいの……連れて行って、くれる?」

「キュウっ!」


 恐る恐る聞けば、元気な返事が返ってきた。言葉に直せば「もちろんっ!」と言ったところだろうか。


「……そ……そう。……ありがとう。よし、せっかく連れてきてくれたんだもの。体操を始めるわ。あ~た~らしい~……」


 その声に励まされ、記憶の中のラジオ体操を始める。まずは、歌から始めて気持ちを作った。

 ラジオ体操は元々ちゃんとして筋肉を動かすために開発された洗練された体操だ。全身を隈なく動かせるように考えられた合理的な体操。出来るだけ、脂肪の下にあるだろう筋肉の存在を意識して身体を動かした。


「腕の運動っ、で、すっ! 斜め、うえに……おおきっくぅっ!」

「キュウウウっ!!」


 両手を斜め上に振り上げると、竜は一緒に首を大きく斜め上へと振り上げた。


「ねじ、る……運動! 斜め上にっ!」

「キュウウウ」


 私の手の動きに合わせ、首と尻尾を左、右へと逸らす。


 ラジオ体操第一が終わって、既にふらふらの私は再び、地面へと倒れこんだ。まだ第二があるのに……と思うけれど、慣れない運動は思った以上に辛かった。

 はぁ、はぁ……と息をついて影になった地面から少し顔をあげる。どこか心配そうな瞳とかち合った。ゆっくりと起き上がり、目線があうように竜の身体へ寄りかかった。この巨体を口だけで持ち上げ、運んだのだ。寄りかかるくらい何でもないに違いない。

 未だ心配そうな竜は首を摺り寄せてくれる。こんな私を、しかもただのラジオ体操をしただけで息切れをおこしているだけなのに、心配してくれている竜。嬉しくて、可愛くて。心の底から湧き上がる暖かい感情は、言葉として現れる。


「……あなたに、名前をつけたいの。いいかしら?」

「―――キュキュウ」


 短い返答。

 けれど、それだけで私には通じた。


 滑らかな緑色の鱗を持つ竜。毎朝、こんな私に会いに来てくれる竜。寮から塔へと移ったのに探してくれた竜。何でもない独り言に反応してこんな素晴らしい場所まで連れてきてくれた竜。一緒に、体操をしてくれた、竜。こんな、どうしようもない、駄目な私に優しくしてくれた、竜。


「―――ヒスイ。ヒスイっていうの」

「キュルルゥ―――!」


 高らかな鳴き声を上げ、ざらっとした舌が私の顔を舐めまくる。


「あ、ちょっと落ち着いてっ! ふふ……ヒスイ、ヒスイ……よろしくね」

「キュウっ!」


 つけた名前を呼べば、返事をしてくれる。そんな相手がいることが、今はとても嬉しい。


 ―――翡翠。意味は『平穏』『慈悲』等。


 私の心に平穏と、こんな私に優しくしてくれる慈悲を持ったヒスイ―――



ローズが幸せそうで何よりだと思いました。うん。


さて、ついに20話まで、きました。

ここまできて、この小説の中で名前が出たのは三人のみ。(ヒスイ除く)

Q.では、その三人とは一体誰でしょう?

チュルチュルチュルーン(世界不思議発見!のあのBGM)


どういう小説なんでしょうね、これ。

面白いんでしょうか、これ。

20話なのに、名前の出た人物は片手で足りるとか。いろんな意味でやばいね。

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