魔女と呼ばれた女
時雨結とは、結局その日中に連絡がつかなかった。
プロデューサーの佐々木は、時雨結本人の連絡先を知らなかった。
これまでのやり取りはすべて、担当編集者である幹元という人物を介していたらしい。
ところがその幹元は、現在有給休暇中で日本におらず、どうやっても連絡が取れない。
「明後日には出勤するので、その時に伝えます」
そう言われてしまえば、それ以上強くは言えない。
どう見ても、こちらの事情は“緊急”には映らないのだ。
——だが、俺にとっては今日しかない。
十二時を越えれば、この日は終わる。
いや、終わるのではない。なかったことになる。
無茶を承知で頼み込んだが、結果は空振りだった。
時雨結は、もともと人気のライトノベル作家だった。
だが【11:11:11〜廻る世界〜】を発表してから、別の意味で世間の注目を浴びるようになる。
毎年、7月11日11時11分11秒に起きている事故。
それを題材にした小説を書いたからだ。
しかも出版の直前、彼女の仲間とも言えるラノベ作家仲間と、彼女の作品で主演を務めた声優が、まさにその時間に亡くなっていた。
「知り合いの死をネタにした」
そう言われ、激しいバッシングを受けた。
だが小説の内容自体は、亡くなった二人の事件とは無関係だった。
イベント会社に勤める男性が、7月11日11時11分11秒に事故に遭い、そこから同じ一日を繰り返すループに巻き込まれる——それだけの話だ。
ところが、その主人公が
「過去に同じ時刻で亡くなった土岐野廻をモデルにしているのではないか」
そんな噂が広まり、調べる人間が現れた。
結果、毎年同じ時刻に事故が起きている事実が掘り起こされる。
ラノベ作家の天環。
声優の月代零。
そして、彼女のデビュー作の表紙を描いたイラストレーター・命華。
主人公のモデルとなったとされる土岐野廻。
全員、前の年の7月11日11時11分11秒に亡くなっていた。
一部では、
「時雨結が事故を起こしているのではないか」
「魔女だ」「預言者だ」
そんな声まで上がるようになる。
時田が亡くなった後、その名が主人公の名前に似ていることから、彼女を本物の霊能者として崇拝するような人間まで現れた。
それでも、時雨結は何も語らなかった。
淡々と小説を書き続け、昨年には続編【11:11:11〜永遠の宙】を発表している。
発売直前に亡くなった時田について、あとがきで追悼の言葉を載せていた。
それが、彼女自身の言葉として唯一、11:11:11関連で発信されたものだ。
友であり、クリエイターとしての師を悼む文章。
死に方にも、時刻にも、一切触れていない。
スピリチュアルな要素は一切ない。
様々なエッセイでも彼女は、知的でウィットに富み、ロジカルで、極端な思想を持たない文章を書く。
それまでの作品も同様だ。
設定は破綻せず、世界観は緻密で、物語は美しく綴られている。
もし現実で、毎年11時11分11秒の事故さえ起きていなければ。
間違いなく、才能に恵まれた人気作家として正当に評価されていただろう。
ネットでも調べてみたが、作品に関する情報はいくらでも出てくるのに、
作者本人については驚くほど情報が少なかった。
この現象に関して、彼女が無関係とは思えない。
ただ、11:11:11に毎年連続して起こる事故を題材にしただけなら、
ここまで俺も気にしなかっただろう。
このネタは、以前トカズコーポレーション関連で、二年連続事故が起こった時にも話題になっていたことだからだ。
しかし彼女は、そこにループ現象という要素を加えている。
そこが、どうしても気になってしまうのだ。
このループという要素は、【閉ざされた夏の日】という映画から発想を得たというが、一日が終わりループに入る感覚が、まったく俺が体験しているのと同じだった。
何かを知っているとしか思えなかった。
しかし、俺の今の状況で彼女とコンタクトを取るのは、なかなか難しかった。
一方、高速道路の事故は、個人で止められるものじゃない。
封鎖でもしない限り、どうにもならない。
俺は何度も、事故に巻き込まれる人物に、怪しいと分かっていながらメッセージを送った。
だが結果は同じだ。
冗談だと流されるか、仕事があるからと無視されるか、その回は助かっても、次のループで元どおり。
だから俺は、高速道路の事故を救うのを諦めた。
現場から離れた【11:11:11〜廻る世界〜】の主人公の気持ちが、
嫌というほど分かる。
それでも、オッサンの俺は完全には割り切れないらしい。
朝起きて、十和一絵から電話をもらい、
タクシーに乗り、七星四季館に通い続ける。
糸口があるとしたら、ここしかない。
そう思って、必死に縋っている。
三十回も繰り返せば、どれだけ悲惨な事故にも、慣れてしまう。
同じ映画を、何度も再生しているような感覚だ。
今日は眞光といるのが少し疲れて、先に会議室へ向かうことにした。
見慣れたロビー。
割れたガラスにも視線を向けず、野次馬の溜まる方角を横目に歩く。
ふと思い出した。
今通り過ぎたあのロビーで、自撮りをしていた女性。
あの場所に、いただろうか。
思い出せない。
すでに会議室まで来ていたため、
事故現場へ戻るのは不自然だ。
次のループで確認することにした。
結果から言えば、
あの二人の女性がいた場所には、誰もいなかった。
具体的にどんな姿だったのか?
ぼんやりとしか覚えていない。
ロングヘアの女性の、敵意のある視線だけしか覚えていない。
その女性は、青い花柄のワンピースを着ていた気がする。
もう一人の女性は……。
ショートではなく、もう少し髪は長かった?
洋服は……黒?
それとも紺とかいった、濃いめの色の服を着ていた?
はっきり覚えているのは、“カシャ”という微かなシャッター音だけだった。




