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二つの刻の中で…  作者: 白い黒猫
2章

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緊迫した飲み会

 眞光とは、ループ内では時間的に長く、色々と二人で対話したが、現実世界での関係はビジネス的な短い会話のみだった。

 事故の日、俺は記憶の唐突な膨張に苦しんでいたが、眞光はそんな俺を冷静な目で観察していた。

 入院中の俺の所に来た時も不気味だった。


『今回の事故で負った怪我の治療費や、休業中の補償は、すべてキッチンカーの運転手・井上稔氏から支払われることになりましたので、ご安心ください』


 そして淡々としたとした口調でそんな事を語ってきた。

 その時に感じたのも、なぜスポンサー企業の人間であるコイツが、それを俺にわざわざ伝えに来たのかという疑問だった。

 普通なら、うちの会社の法務部や総務が処理して連絡してくるものだ。

 なのに、なぜ他社の弁護士が病院に現れたのか。


「井上稔氏は亡くなっているのに? 同じ被害者ではないのですか?」


 俺の言葉に、眞光は首を傾け、目を細める。


「本件は共同不法行為と認定されました。

 加害者は死亡していますが、事故の責任自体は消えていません」


 高速道路を走行中、玉突き事故に巻き込まれ、背後から来た車に押し出されて落下し、その結果、人が亡くなった。

 それをこのように言い切られてしまうことに、俺は違和感しか覚えなかった。


「そんな顔をしないでください。

 彼自身ではなく、保険で支払われるので、遺族に負担がかかるようなことではありません」


 そう平然と答えるこの男を見て、やはり好きになれないと思った。

 表情だけはにこやかな様子で近づいてくる眞光を、時雨結も口角を上げ、唇だけで笑みを作って迎える。


「ナオコさん、奇遇ですね。こんなところでお会いするとは」


 そう挨拶しながら、俺にも視線を向けてくる。

 なぜ眞光は、時雨結の本名を知っているのだろうか。


「おや、舞原さんも。ご無沙汰しております。お身体の具合はいかがですか?」


 俺も笑みを作り、眞光を見つめ返す。


「身体の方は順調に回復に向かっています。

 事故の件ではお世話になりました。色々と我が社の件にご配慮いただき、ありがとうございました」


 そう挨拶を返す。


「ところで、面白い組み合わせですね。お二人で何を?」


 細められた目は、俺達を探るようだった。


「またご一緒にお仕事をすることになったので、その前祝いを。

 舞原監督の復帰祝いも」


 微笑みながら、時雨結が答える。

 この雰囲気、この言葉に乗っておいた方がいいのかもしれない。

 しかし、まさかこの二人が知り合いだとは思わなかった。


「時雨先生に、このような場を設けてもらったからには、良いものを作らないといけませんね。

 ところで、お二人はお知り合いだったのですか?」


「ええ。ナオコさんとは友人なのですよ」


 眞光の言葉に、時雨結は首を傾げる。


「まさか、貴方から友人と言われるとは思いませんでした」


 驚いた様子で、眞光は目を見開く。


「数ヶ月に一度、三人でお茶を飲みながら、他愛ない会話を楽しんでいたので、私はそう思っていました。

 片想いだったようで、少し寂しいですね」


 時雨結は、ふうと溜息をつく。


「私に気を許していない方に、そう言われたので驚いただけです」


 時雨結の言葉に、眞光は肩を竦める。


「お互い様でしょう?」


「今日……ナオコさんのこと、つけていたんですか? 気持ち悪い!」


 眞光の背後から声が上がる。

 先程、眞光が声をかけていた女性が近づき、彼を睨みつけていた。

 その敵意に満ちた目を見て、俺は思い出す。

 この女性。ループ一回目の時、七星四季館のロビーで自撮りをしていた人物だ。

 そして、あの時もう一人いた。


 それは………時雨結ではなかったか。そんな気がしてくる。


「誤解ですよ。貴方と同様、たまたまこの店に来ただけです。

 これも何かの縁ですし、一緒に飲みませんか? 奢りますよ」


 好意的とは言い難い相手を前にしても、眞光はニッコリと笑った。

 現れた女性は、時雨結の作品のコミカライズを担当した、アオイネミという漫画家だった。

 時雨結は、彼女を親友だと俺に紹介する。

 眞光と親しい様子ではない時雨結とアオイネミ、そして俺。

 こんな四人で、和やかな会合ができるはずもない。

 あくまでも仕事の関係というスタンスを守りながら、会話は続く。

 俺はアオイネミの作品の感想という当たり障りのない話題から、新しく会った彼女の正体を探ることにした。


「それにしても、舞原監督にお会いできて感激です!

 結さんの作品、どれも素敵で、結さんと一緒に感激していました!」


 アオイネミは、俺に対しては好意的な態度でそう言ってくる。

 二十代半ばといったところだろう。

 色っぽさと幼さという相反する要素を絶妙に併せ持ち、アイドルもできそうなほど可愛らしい女性だ。


「ねっ♪」


 隣に座る時雨結の腕に抱きつき、無邪気に話す。

 場は和みそうなものだが、そこには嫌な緊張感が漂っていた。

 ここで情報解禁前の新作の話をするわけにもいかず、それぞれの作品を褒め合うという、非生産的な会話が続く。

 その中で、弁護士である眞光だけが浮いている。

 しかし眞光は、ワインを飲みながら、そんな俺達をじっくり観察しているようにも見えた。


「そういえば、眞光さん。

 今度、私の作品に弁護士が登場することになったら、参考にさせてもらってもいいですか?」


 時雨結が、悪戯っぽい笑みを浮かべて尋ねる。


「構いませんが、でしたら良い役で登場させてください。

 悪役とか、死ぬ役でしたら遠慮させてもらいます」


 その言葉に、アオイネミが吹き出す。


「え~。

 どう見ても、智略を巡らせて世界を裏でかき回す悪役がぴったりじゃないですか!

 そしてラストで派手に死んでいく感じ!」


 本人を前に、アオイネミは容赦なく言う。

 眞光は苦笑する。


「お二人の中では、俺はそんなふうに見えているんですか?

 せめてラストは、実は良い人だった、みたいな要素を入れてほしいですね」


 時雨結は、呆れたように眞光を見つめる。


「そこは悩ましいですね。

 それより、不死原渉夢さんと十一残刻さんのお話を聞かせていただけませんか?」


 その瞬間、眞光の表情が、はっきりと変わった。

 笑みは消え、目の奥に鋭い光が宿る。


「もし色々お話していただけたら、物語の中ではありますが、生き返らせて差し上げますよ」


 時雨結は、眞光の表情に怯える様子もなく、そう言って微笑んだ。

 しばらく見つめ合い、肩を竦める。


「冗談ですよ。

 ただ、自分がされるとそれだけ不快なことを、貴方は私達にいつもしてこられている。

 そのことを理解してください。

 私を友達と言うのなら。

 今日は舞原さんと、共通の友人である時田さんを偲んで、二人で語り合っていたんですよ」


 眞光は思いきり顔を顰める。

 初めて見る表情だったが、同時に初めて人間らしさを感じた瞬間でもあった。


「それは申し訳ありませんでした。

 今後は気をつけましょう。

 貴女とは良い関係を築いていきたいと思っています。

 お手柔らかにお願いします。お邪魔しました」


 紳士めいた仕草で謝罪し、万札を三枚置いて去っていった。


「ナオコさん、さすが!

 でも大丈夫だったの?

 アイツ、あんなに怒らせて」


 眞光の姿が見えなくなってから、アオイネミが声を上げる。


「色々ムカついていたからね。

 まあ、このくらい言ったところで、あの人のスタンスは変わらないでしょう」


 時雨結はそう言って大きく溜息をつき、俺に視線を向ける。

 スマホを動かし、画面を見せた。


『もしかすると、マイクなどをどこかに仕込んでいるかもしれないので、別の機会を設けましょう。

 そこまでするかどうかは分かりませんが、念のため』


 そんな文字がディスプレイに表示されていた。


「なんだか、気が削がれてしまいましたね。今日はお開きにしますか」


 時雨結はそう言って、ニッコリと笑う。


「そうですね。もう遅いですし。

 今日はこうしてお会いできて、色々お話できて楽しかったです」


「私も監督とお会いできて嬉しかったです♪

 今度、Blu-rayもってくるのでサインくださいね!」


 アオイネミが明るく返す。

 会計を店員にお願いすると、眞光がすでに支払っていたようだった。


「タクシーを呼びますよ」


「ありがとうございます。それぞれのタクシー代も、ここにありますしね」


 そう言って、テーブルの上の万札の一枚を俺に渡し、視線を向けて時雨結は笑った。

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