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逆襲の花嫁  作者: 海野宵人


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上手な行方のくらまし方 (3)

 ケイシーは度肝を抜かれたように、封筒を見つめる。


「急ぎの用事とおっしゃってませんでしたか。そのための証文でしょう?」

「それは単なる方便です。実は、わたしたちも逃げてるんです。だから代わりに使ってくださると、とても助かります。ほら、そうすれば、お互いちょうどいい目くらましになりそうじゃないですか」


 ユージェニーは自分たちの事情を簡単に説明した。冤罪で囚われた婚約者と連絡をとるため、ルシアンから逃げているのだ、と。ケイシーは驚きに目をまたたかせてから、ゆっくり微笑み、「なるほど」とうなずいた。


「では、僕はシリル、彼女はユージェニーと名乗りましょう。髪色もプラチナブロンドに染めればいいかな」


 さすが有能な商人は、話が早い。ユージェニーの口もとも自然にゆるむ。しかし、すぐに笑みを消して、依頼を続けた。


「ルシアンさまには西へ行くと伝えてきたので、できれば一度、西へ抜けて領を出てくださいませんか」

「それは願ったりかなったりですね。もともと西に向かって、パルトン大公国に逃げ込む予定でいたんです」


 実は、それも彼女には想像がついていた。が、よけいなことは口にしない。ただ「よかった」とだけ言って微笑んだ。とはいえ、のんびりしている暇はない。すぐに次の依頼を切り出す。


「ついでに、もうひとつお願いがあります」

「何なりと」

「この薬をお渡ししておきます。無事に逃げ切れたら、しかるべき薬師に解析してもらってくださいませんか」


 シリルのポーチから、ルシアンに薬と偽って渡されていた小瓶を二本取り出して、ケイシーに手渡す。素直に小瓶を受け取りながらも、ケイシーは問うように首をかしげた。ユージェニーは続けて説明をする。


「この薬は、ルシアンさまがシリル用にと『融通』してくださったものです。でも実は、本当に『薬』なのか、わたしは疑わしく思っています。だから、おかしなものが混ぜ込まれていないか、専門の人に解析してもらってほしいんです」


 ユージェニーが強調した単語について、ケイシーは言外の意味を正確にくみ取ってくれたようだ。真剣な表情で深くうなずいた。


「わかりました。きちんと解析されるよう、確実に手配しましょう。結果が出たら、どちらに知らせればいいですか?」

「ええっと……」


 ユージェニーは少し思案する。


 実を言うと、結果についてはあまり気にしていなかった。シリルの様子から見て、毒だったことはもう疑う余地がない。にもかかわらず、あえて毒入りの小瓶を託して解析を依頼したのは「ルシアンがそのような毒を扱っている」という事実を知らせたかったからだ。ケイシーならきっと、その情報を有効に活用してくれるに違いない。


 とりあえずこの場では、無難な答えを返しておくことにした。


「しばらく旅が続きそうなので……。落ち着いたら、こちらから連絡します。連絡先を教えてくださいますか」

「グレン商会の支店で、ケイシー・グレン宛てと伝えてください。支店ならどこでも大丈夫です」


 ユージェニーは「わかりました。よろしくお願いします」とケイシーに頭を下げてから、今度はポーリーンに向き直った。


「ところで、ポーリーンさま」

「はい、何でしょう?」

「服を交換しませんか。たぶんわたしたち、ちょうどサイズが一緒くらいだと思うんです」

「それは名案だわ! ケイシー、ちょっと外に出ていてくださる?」


 服を交換し、ポーリーンは髪を魔法薬でプラチナブロンドに染めた。こうすると、ポーリーンの後ろ姿はユージェニーと見まごうばかりだ。


 ケイシーとシリルは、服の交換は諦めた。成人男性のケイシーと、ほっそりした少年のシリルとでは、体格が違いすぎたのだ。けれども一般的に、服の形や色にバリエーションが多いのは女性の服である。だからユージェニーとポーリーンが交換するだけでも、二人連れの雰囲気はかなり変化した。


 すべての頼み事を終え、やっとユージェニーはひと息ついた。そしてケイシーとポーリーンを送り出す。何と言っても、この二人の駆け落ちがうまくいくかはどうかは時間勝負だ。ていねいに礼を言い合う時間さえ、もったいない。


「どうか、ご無事で」


 宿屋の部屋から出ていく二人に、ユージェニーは心からの祈りを込めて声をかける。ケイシーに続いてドアを抜けようとしながら、ポーリーンはユージェニーの耳に口もとを寄せ、早口にこうささやいた。


「その上着は、裏ボタンが純金製なの。上手に換金してね」


 驚きのあまりユージェニーは「えっ」と声をもらしてしまった。だがポーリーンはにこりと微笑んで手を振っただけで、小走りに階段を降りて姿を消してしまう。


 あまりのことに呆然と立ち尽くすユージェニーに、シリルが不思議そうに声をかけた。


「ジニー、どうかした?」

「この上着、裏ボタンが純金製なんですって……」

「うわ、すごいものと交換しちゃったね」

「本当よ」


 事前に知っていたなら、上着だけは交換しなかったのに。


 ボタンは六個。裏を返して裏ボタンを確認してみたところ、確かに金ピカなボタンがついていた。裏ボタンなので小さなものだが、六個もある。すべてを売れば、平民にとってはちょっとした財産だ。二人分の旅費に充てるなら、ひと月どころかふた月以上旅を続けてもまだお釣りがくるくらいだった。


「きっと、お礼のつもりだったんでしょ。貴族のお嬢さまにとっては、そこまで高価なものじゃないんじゃない?」

「かもね」


 シリルの推測に同意しながら、ユージェニーは弟の顔色を観察した。いつものような血色の悪さが消えている。こんなふうに顔色がよいのを見たのは、いつぶりだろう。それでも一応、本人の感想を尋ねてみる。


「調子はどう?」

「すごくいい。本当に毒入りだったんだなあって、実感してるとこ」


 安堵の息を吐き出した姉に、今度は弟が嘆息してこうこぼした。


「それにしても、よく初対面の人に、あんな話を持ちかける気になったね。結果的にはよかったけどさ」

「ケイシーも、夢の中に出てきたのよ。夢の中では、エルドの協力者だった」

「ああ、なるほど。そういうことか」


 ケイシーが登場するのは、「アヴェンジング・ジャーニー」の中盤以降だ。国内外にネットワークを持つ、とても頼りになる協力者だった。風貌が今とまるで違っているので、名前を聞くまでは、ゲームに出てくるあのケイシーだなんて思ってもみなかったが。


 「アヴェンジング・ジャーニー」のケイシーは、片足が不自由で杖をついている。顔にも大きな傷痕があった。それも、ただ傷痕があるだけではない。隻眼なのだ。左目に黒い眼帯を着けているのが特徴だった。


 彼がこのような傷を負うことになった理由は、サブクエストで語られる。


 それによれば、ケイシーは若い頃に貴族女性と駆け落ちをした。しかし女性の親がかけた追っ手に捕まり、死ななかったのが不思議なほどの袋叩きにされる目に遭う。そのときの後遺症が、不自由になった足と視力を失った左目というわけなのだった。


 姉から話を聞いて、シリルは目をむいた。


「じゃあ、さっきのがまさに危機一髪だったんじゃ」

「だと思う」


 まだ確実に逃げ切れたとは言えない。けれども少なくともこの町では、からくも無事に追っ手から逃れることができた。この子爵領は東西に細長く、西の端はパルトン大公国に接している。あの証文をうまく使えば、二、三日で国境を越えられるだろう。


 そんなスピードでまっしぐらに隣国に向かって逃げているなど、あの男たちには想像もつくまい。おそらくはこのまま、この付近で捜索を続けるはずだ。


 たとえあの男たちが「証文を使って馬を替え、馬を走らせて町を出て行ったプラチナブロンドの男女がいた」と聞いたとしても、ユージェニーとシリルのことだとしか思わないはずだ。だって二人と話して、証文まで見せられた後なのだから。まさかそれがケイシーたちだなんて、絶対に気づかない。


 だから、きっと逃げ切れる。


 そしてケイシーたちがユージェニーとシリルの名を使って馬を替え続けてくれれば、いずれユージェニーたちが戻らないことを不審に思ってルシアンが捜索しても、本物の足取りは追えない、というわけだ。

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