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逆襲の花嫁  作者: 海野宵人


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上手な行方のくらまし方 (2)

 ユージェニーは一瞬のうちに決断を下した。


 若い男女をほとんど突き飛ばすようにして、店のカウンターの後ろに追いやる。そうしながらも「しゃがんで隠れて!」と小声で命じた。二人は驚いたように目を見開いたが、すぐに小さくうなずいた。


 二人の姿がカウンターの後ろに消えたのとほとんど同時に、ドアベルがカラランと勢いよく鳴った。次の瞬間、ドアが荒々しく開けられる。開いたドアからは、見るからに人相の悪い男が二人、ずかずかと店の中に踏み込んできた。


 ユージェニーは怯えた表情を作って、男たちを見上げた。シリルもそつなく、びくびくした様子を取りつくろって、姉に寄り添ってみせた。


「おい、ここで若い男と女を見なかったか」

「わたしたちも今お店に来たばっかりですけど、誰もいませんでしたよ」


 ユージェニーのこの答えに、男たちはイライラした様子で舌打ちをした。シリルはおずおずと姉の袖を引く。


「ねえ、ジニー。若い男と女って言ったら、僕たちもそうなんだけど……」

「でも、この人たちが探してるのは、どう考えてもわたしたちのことじゃないでしょ。それとももしかして、フィッツシモンズ子爵家からのお遣いのかたですか?」


 ユージェニーが怪訝そうに男たちに尋ねると、男たちは「はあ?」と素っ頓狂な声を出した。


「なんでここで子爵の名前が出てくるんだよ」

「わたしたち、フィッツシモンズ子爵家のルシアンさまに頼まれて、急ぎのお遣いに来てるんです」


 ユージェニーはポーチから封筒を取り出して、子爵家の封蝋が押されているのを男たちに向けて見せる。ルシアンから渡された、馬を交換するための証文の入った、あの封筒だ。


 彼女がわざわざ子爵家の名前を出し、封蝋つきの封筒を見せたのは、もちろん権威をちらつかせるためである。このようにやたら相手を威圧しようと無駄に威張り散らす手合いに限って、えてして権力に弱いものだ。


「もしかしてルシアンさまから急ぎで追加連絡があったりしたのかと思ったんですけど。そういうわけではありませんでした?」

「いや、違うね」


 封筒を見た後、男たちは明らかに態度を変えた。粗野なのは隠しようもないが、少なくとも威圧しようとする声ではなくなった。さすがに子爵家の遣いに何かする気はないらしい。男たちのひとりは頭をかきながら苦笑いし、ユージェニーに謝った。


「急ぎのところを邪魔して、悪かったな」

「いいえ。お探しのかたが早く見つかるといいですね」

「ありがとよ」


 男たちが店から出ていった後も、ユージェニーはドア近くでしばらく様子をうかがう。男たちの足音が遠ざかるのをしっかり確認してから、彼女はカウンターの向こう側に身を乗り出して下をのぞき込んだ。


「もう出てきて大丈夫ですよ」


 二人はおそるおそるカウンターの裏から顔を出す。そして店内を見回し、ユージェニーとシリルしかいないのを確認すると、ホッと息をついて立ち上がった。


「かくまってくださって、助かりました」

「本当にありがとうございました」


 二人は口々に礼を言う。ちょうどそこへ、店主が戻ってきた。


「お待たせして、すみません。髪染め用の魔法薬でしたよね。はい、どうぞ」


 店主はカウンターの上に、びん入りの魔法薬を二本置く。青年はラベルを確認し、代金を支払った。ところがなぜか、用事が終わったはずなのに店を出て行かない。


 不思議に思いつつも、ユージェニーは魔力回復薬を購入した。もちろん、この際だから高級回復薬のほうだ。少々値は張るが、効果のわかりやすいほうがいい。支払いを済ませるが早いか、すぐさま栓を抜いてシリルに飲ませた。


「どう?」

「そんなすぐには、わかんないよ」


 気ぜわしげに尋ねる姉に、シリルは吹き出す。けれども、すぐに真顔になった。


「あれ? でも、体が軽いような気がする」

「本当に?」

「うん」

「よかった……」


 安堵のあまりへたり込みそうになりながら、ユージェニーは大きく息を吐き出した。そこへ、遠慮がちに先客の青年が声をかけた。


「あの、僕はケイシー・グレンと言います。よければ、さきほどのお礼をさせてくれませんか」

「わたくしは、ポーリーンと申します」


 ケイシーの横から、女性も名乗る。ポーリーンは見るからに貴族の女性然とした、上品できれいな少女だった。おとなしそうながらも、芯の強そうな雰囲気がある。年頃はちょうどユージェニーと同じくらいに見えた。似ているのは年頃だけではない。ほっそりしていて、背格好もどことなく似ている。


 ユージェニーは最初、「先を急ぐので」と固辞するつもりだった。が、急に気が変わった。この二人の名には、どこか聞き覚えがあったからだ。


「お礼と言うなら、お願いしたいことがあります」

「もちろんです。できることなら何でも言ってください」

「ありがとうございます。では、ちょっと場所を変えませんか?」

「ああ、そうですね。ここで立ち話を続けたら、店の邪魔になるでしょうし」


 移動した先は「フクロウの森亭」という名の宿屋だ。休憩用として、ひと部屋借りた。


 部屋で四人きりになったところで、さっそくユージェニーは自己紹介をする。


「わたしはユージェニー、こちらは弟のシリルです」

「さっきは本当にどうもありがとう。何とお礼を言ったらいいのか」


 ユージェニーは「たいしたことはしていません」と首を横に振った上で、単刀直入に尋ねた。


「お二人は、あの見るからにたちの悪そうな人たちに追われてるんですよね?」


 この質問に、ケイシーとポーリーンは硬い表情で顔を見合わせた。わずかに逡巡してから、ポーリーンがうなずく。ケイシーもそんな彼女をじっと見つめてうなずきを返してから、ユージェニーに向き直って答えた。


「はい、そうです。実は駆け落ち中でして。あれは彼女の親がかけた追っ手なんです」

「そういうことでしたか」


 予想どおりの答えに、ユージェニーはうなずきながら相づちを打った。


「だったら、逃げ足のスピード勝負ですよね。ぜひこれを使ってください」


 彼女はベルトポーチから、封筒を二通取り出してケイシーに向かって差し出す。ルシアンから渡された、馬を交換するためのあの証文入りの封筒だ。

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