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逆襲の花嫁  作者: 海野宵人


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上手な行方のくらまし方 (1)

 町が見えなくなったところで、馬の速度をゆるめて歩きに変える。後ろからついて来ていたシリルは、馬を進めて隣に並んだ。


「ジニー、どこへ行くの?」

「北。できれば、ヘルバン島まで行きたいの」

「え? ヘルバン島?」


 行き先を聞いて、シリルは仰天したように声を上ずらせた。


 ヘルバン島と言えば、監獄。それも、凶悪犯ばかりが収容されている特別な監獄と言われている。行ったこともないほど遠い場所であるにもかかわらず、子どもでも知っている地名だ。「恐ろしい監獄のある場所」の代名詞のようになっていた。


「うん。エルドが投獄されているかもしれないから」

「え、なんで⁉ まだ疑いがあるってだけだったよね? どうせ勘違いだし、すぐ釈放されるんじゃないの?」

「わかんない。わかんないけど、嫌な予感がするの」

「うーん……」


 シリルは頭ごなしに否定したりはしなかったが、眉根を寄せて、納得していない表情だ。そんな弟を見て、ユージェニーは困ったように苦笑した。弟の気持ちは、よくわかる。自分だって「アヴェンジング・ジャーニー」の記憶がなければ、同じように考えただろうから。


「まあ、シリルに魔力回復薬が効かなかったら、帰るしかないんだけどね」

「魔力回復薬?」

「うん。今飲んでる薬にも入ってるっぽいんだ」

「そうなの? なんでわかるの?」


 そこでユージェニーは、倒れてから目覚めるまでの間に、異世界の記憶らしきものが頭に流れ込んできたことを話した。ただし「前世の記憶」とは言わなかった。その代わりに、何だか妙にリアルで明晰な夢だった、と説明した。


 それが彼女の中で、一番しっくりする説明だったのだ。本当に前世の記憶だと言うには、情報が限定されすぎていた。「アヴェンジング・ジャーニー」に関することなら細かい分岐やサブクエストの内容まで記憶に残っているのに、それ以外は一切、何も思い出せないのだ。前世と呼ぶなら、どのように生きたかの記憶もないとおかしい。


「それでね、目が覚めたら、不思議なスキルが使えるようになってたのよ」

「どんなスキル?」

「指でトントンって叩くと、その品物の説明が浮かび上がるの」

「へえ。たとえばどんな説明が出てくるの?」

「シリルの薬を見たら『持続性魔力ダメージ毒と、魔力回復薬を調合したもの』って出てきた」


 シリルは「え? 毒?」と目を見開いてから、難しい顔をして黙り込んでしまった。毒を飲まされていたなんて聞いて、やはりショックが大きかったのだろうか。ユージェニーは急いで言葉を続けた。


「でもその説明が正しいかどうかは、まだわからないから」


 弟を元気づけようと思って言ったことだったのに、シリルは「え?」ときょとんとする。だがすぐに姉の意図を察したらしい。皮肉げな笑みを浮かべて、何を考えていたのかを説明した。


「そこは疑ってない。いろいろ腑に落ちただけだよ。あのお坊ちゃまは、僕の想像より遥かに腐ってたんだな。逃げて正解だよ」


 シリルの言う「あのお坊ちゃま」とはルシアンのことだろう。


「ダグラスのとこのワインも毒入りだった?」

「うん。赤いリボンつきのボトルだけ、麻痺毒入りって説明にあったの。だから、リボンを付け替えて、毒入りにわたしの青いリボンをつけてきた」

「ダグには話したの?」

「時間が足りなくて、詳しくは説明できてない。赤いリボンのを勧められたら、ジャレッドたちには青いリボンのを勧めてねってお願いしただけ」


 死ぬような毒ではないから、交換して飲ませても別に良心が痛むこともない。そもそも彼らの自業自得だし。そんなものを持参してくるほうが悪いのだ。


「領の警邏(けいら)隊に通報しても、お坊ちゃまにもみ消されそうだよなあ。ダグはちゃんと先にギルドに通報してくれるかな」

「警邏隊じゃなくてギルドに通報して、とは言っておいたよ」

「それなら大丈夫か」


 まだ「アヴェンジング・ジャーニー」の詳細については何も話していないのに、シリルの推測が冴え渡っている。


「どうせダグのとこのワインも、裏で糸引いてるのはお坊ちゃまだろ。ということは、エルドの件も何かしてるな」

「どうしてわかるの?」

「これだけタイミング合わせていろいろ起きれば、そりゃわかるよ。どう考えても仕組まれてる」


 ユージェニーは目を丸くした。シリルは現実に起きたことだけから、ここまでの推論を導き出している。彼女はただ「ダグラスを救わなくては」という思いだけで彼の家を訪ねたけれども、言われてみれば確かに、タイミングが重なりすぎていた。


「薬を使って僕を人質にして、結婚前にエルドとダグを排除しようとしたわけだから、もう狙いがジニーなのは間違いない。何があっても、このまま逃げなきゃ」

「でも、もし魔力回復薬が効かなかったら……」

「それでも、だよ。逃げれば、少なくともジニーは無事だ」

「でも……」


 シリルを犠牲にして、自分だけ逃げるだなんて……。ユージェニーが口ごもると、シリルは苛立たしげに眉根を寄せた。


「考えてみなよ。もしも戻って、ジニーがあいつに監禁でもされたら、もう僕は用無しだ。どんな目に遭わされるかなんて、わかったもんじゃないよね」

「まさか、そんな──」

「つまり戻れば、疑いの余地なく二人とも未来がないんだよ。だけど、逃げれば確実にジニーは助かる。それにもしかしたら僕の薬だって、何とかなるかもしれない。ほら、逃げるしかないでしょ」


 シリルに強い口調で言い切られて、ユージェニーは反論できなかった。そんなことはない、などと言える状況ではない。むしろシリルの言うことには、こわいほどの信憑性があった。


 それきり会話が途絶える。二人はそれぞれ物思いに沈んだまま、隣町に到着した。


 町の中に入ると、ユージェニーはまっすぐ薬屋に向かう。魔力回復薬を買うためだ。シリルが本当によくなるのか、不安でたまらない。気が急くあまり、彼女は勢いよくドアを開けてしまった。


 店内には、若い男女二人の先客がいた。カラランと乱暴に鳴ったドアベルの音に、二人は動転したように勢いよく振り返る。表情を強ばらせた青年が、連れの女性を守ろうとするかのように背中に隠した。


 この激しい反応に、ユージェニーのほうもびっくりして固まってしまった。


 彼女の姿を目にして、青年は肩から力を抜いた。ドアを開けて入ってきたのが線の細い少女だったことに、安堵したのだろう。いくら焦っていたからとはいえ、自分の無作法のせいでこんなふうに脅かしてしまったことを、ユージェニーは申し訳なく思った。


「あわてていたものですから。驚かしてしまって、ごめんなさい」


 しょんぼりと彼女が謝ると、青年は血の気の引いた顔に無理矢理といった様子の笑みを貼り付けて「いえ……」と首を横に振った。


「こちらこそ、過剰反応してすみません。店主は今、納品を受け取りに裏に回ってます。少し待ってあげてください」

「わかりました。ありがとうございます」


  店主が戻っても、先客の対応が先だろう。邪魔にならない場所で待とうと、ユージェニーがシリルと一緒に店の隅に移動しようとしたとき、表から怒鳴り声が聞こえてきた。


「薬屋だ!」

「そこか!」


 今度こそ青年は震える女性を背中に隠し、全身を強ばらせた。

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