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逆襲の花嫁  作者: 海野宵人


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ささやかな反撃 (2)

 ダグラスの家にいた来客は、ジャレッドとトビーだった。いずれも顔見知りである。


 ジャレッドは中堅の冒険者、トビーは冒険者ギルドの事務員。いずれもエルドウィンより年長で、冒険者ギルドでの先輩にあたる。そして「アヴェンジング・ジャーニー」では、ルシアンと共謀してエルドウィンをはめた仲間だった。


 そんな彼らがダグラスの家にいることに、ユージェニーは何とも言えず嫌な予感がした。とりあえず、家に入って大丈夫そうか探りを入れる。


「ええっと、お取り込み中だった……?」

「いや、全然。さあ、入った、入った。今日は本当に、災難だったなあ」


 ダグラスはよく響く声で二人を家に招き入れた。


 ダグラスは元傭兵という経歴に似合わず、不思議とどこか品がよい。貧相なトビーと粗野なジャレッドが一緒にいると、それが際だって見えた。そんなダグラスに育てられたエルドウィンも、あまり冒険者の色に染まることなくおっとりしている。


「お邪魔しに来たわけじゃなくて、ちょっと出かけるって伝えに来ただけなの」

「なんだ、そうなのか。それは今日じゃないといけない用事なのか?」

「うん。ルシアンさまに頼まれて、どうしても急ぎのお遣いなんだ」

「そっかあ。気をつけて行ってこいよ」


 ユージェニーはダグラスに「うん」と返事をしてから、さっと素早く室内に視線をめぐらせた。そして食卓のあたりで視線をとめた。そこにはワインボトルが三本ほど置いてあったのだ。


「ところで、今日はどうしたの?」

「ああ、あんなことがあったからさ。やってらんねえから、酒でも飲むかって話になったんだよ」


 答えを返したのはジャレッドだった。あんなこと、とはエルドウィンが連れ去られたことだろう。自分で陥れたくせに、よくもぬけぬけと言えたものだ。だがもちろん、そんな思いはおくびにも出さない。彼女は何食わぬ顔をしてワインボトルをトントンと小さく人差し指で叩いた。


『地元産のワイン。昨年醸造したもの』


 表示されたのは、至って普通の説明だった。それでも念のため、三本とも順番に確認していく。すると、ボトルに赤いリボンが結びつけられているものだけ、説明が違った。


『地元産のワイン。昨年醸造したもの。麻痺毒入り。毒レベル:2、毒効果:二時間』


 ユージェニーは口もとが引きつりそうになった。何だ、この悪意に満ちたワインボトルは。


 このスキルが信用できるかどうかは、まだ定かではない。けれども、ダグラスが麻痺毒を飲まされたとするなら「アヴェンジング・ジャーニー」での死因も納得できる。つまり謀殺されたのだ。毒で体の自由を奪われている間に、魔の森に置き去りにされたのだろう。


 ユージェニーは努めて平静を装い、リボンの端をつまみながら尋ねてみた。


「どうしてリボンなんか結んであるの?」

「ちょっとした願掛けだよ。エルドが早く解放されますようにって」


 いけしゃあしゃあと嘘を並べ立てるジャレッドの顔には、少しもやましさが感じられない。スキルで表示される情報がなければ、そのまま信じてしまいそうだ。ユージェニーは「そうなんだ。ありがとう!」と、いかにも感謝したように返しておく。


 そっと弟のほうへ視線を向けると、シリルはじっと静かにやり取りを見ていた。そして姉の視線が自分に向けられたことにも即座に気づき、目をまたたかせる。


 ユージェニーはワインボトルのリボンに視線を戻してから、ジャレッドとトビーのほうへ顔を向けた。さらにチラリと窓の外へ視線を投げる。それだけで、察しのよいシリルには彼女の言いたいことが伝わった。小さくうなずいてから、いかにも無邪気そうにジャレッドとトビーに話しかけた。


「ここから西の街道へ一番早く行くには、どっちへ行けばいい?」

「そうか、急ぎだっけか。ここからだと、いったん町の外に出て外壁沿いに西に回ったほうが早い」

「あっち?」

「そうだ。ああ、外で説明するほうがわかりやすいかな」

「うん、お願い」


 さすがシリル。手際がいい。


 ただし、三人が玄関ドアを開けて外へ出ていく後ろから、ダグラスまで付いて行きそうになったのには焦った。ユージェニーは片手で自分の髪を結んでいたリボンをほどきながら、反対の手でダグラスの腕をガシッとつかむ。


 全力で腕を引かれ、ダグラスは怪訝そうだ。だが彼女が険しい表情で首を横に振ると、おとなしくその場にとどまった。


 彼が何か問いかける前に、ユージェニーは手早く作業する。まずは、リボンつきの毒入りボトルと、何もついていないボトルの位置を交換。続けて、毒入りボトルから赤いリボンを外し、位置を入れ替えたほうのボトルに付け替えた。


 ダグラスは呆れたように苦笑して、その様子を見ている。きっと彼女が子どもっぽいいたずらをしているとでも思っているのだろう。でもこれは、いたずらなんかじゃない。命がかかっているかもしれないことなのだ。


 ユージェニーはリボンのなくなった毒入りのボトルに、自分の髪からほどいた青いリボンを結びつけながら、低い声で早口にダグラスに告げた。


「もし『願掛けだから』って、赤いリボンのボトルを勧められたら、ジャレッドたちにはわたしの青いリボンをつけたボトルを勧めてね。お願いだから、必ずそうして。ダグは青いリボンのは絶対飲んじゃダメ。何も起きなければそれでいいんだけど」

「何か起きると思ってるのか」


 ダグラスは不審そうに眉根を寄せる。


「もし何か起きたら、領の警邏(けいら)隊じゃなくて、必ずギルドに通報──」


 ユージェニーが頼み事を言い終わる前に、玄関の外から話し声が近づいてくる。そしてドアノブを回す音がした。時間切れだ。


 彼女は必死に「お願い」とダグラスに念を押した。わけがわからないながらも、その鬼気迫る表情に何か思うところがあったのだろう。彼は難しい顔をしたままだが、うなずいた。同意してくれたことに、ホッとする。


 ジャレッドとトビーが家に入ってくる前に、ユージェニーは涼しい顔を取りつくろった。そのまま毒入りボトルを手に取り、努めて明るい声で自分のリボンをアピールしてみせた。


「わたしも願掛けしてみた」

「お? んじゃ、それ持ってくか?」

「ううん。せっかくだけど、急ぎの大事な用事の途中だから、やめとく。わたしの代わりに、願掛けよろしくね!」

「おうよ。まかせとけ」


 ワインボトルをテーブルの上に戻し、ユージェニーはシリルを振り返った。


「行こうか」

「うん」


 シリルは姉に返事をしてから、ダグラスの客人たちに笑顔で手を振る。


「ジャレッド、トビー、道を教えてくれてありがとう!」

「おう。気をつけてな」


 ユージェニーも手を振りながら、シリルと一緒に家を出た。馬にまたがり、最後にもう一度だけ振り返る。玄関ドアからはダグラスだけが見送っていた。彼女と目が合うと、ダグラスは真顔でひとつうなずいてみせた。


 何も起きなければそれでよし。けれども、もし本当にあのワインに麻痺毒が仕込まれていたなら──。証拠もあって、現行犯。


 それでも、警邏隊に通報してはいけない。あそこはルシアンの息がかかっている。きっともみ消されるに違いない。もみ消されるどころか、逆にあらぬ疑いをかけられる可能性だってある。だからギルドに通報するように頼んだのだ。ギルド経由で警邏隊に報告が行くなら、ルシアンにももみ消しようがない。


 でも、あの様子なら大丈夫だ。きっとダグラスは頼んだとおりにしてくれる。冒険者ギルドの支部長にきっちり報告を上げて、しかるべき対処をしてくれるはずだ。


 ユージェニーは肩から力を抜いて、馬を走らせた。もちろん、向かう先は西ではない。北だ。

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