ジニーとエルドの物語
エルドウィンとユージェニーの結婚式は、王太子の指名から半年後に執り行われることになった。彼女の感覚からすると、ずいぶんのんびりしている。が、王族の結婚式としては異例の速さらしい。
あの後、いくつもの重要事件が裁かれることになった。
二十年ほど前の王太子暗殺事件、パルトン公国の内務大臣暗殺未遂事件、そして先日の国王暗殺未遂事件。捜査の過程で、ユージェニーの両親は事故死ではなく、ルシアンの指示による暗殺だったことも明らかになった。
事件に関わった者たちはすべて身柄を拘束され、罪の重さに応じてすでに刑が確定している。暗殺事件を指示した者、直接手を下した者たちは、極刑を免れることはできなかった。王族だろうと、例外ではない。一応、今回の結婚式で、恩赦が出る予定ではある。
しかし恩赦を得られたところで、極刑だったものがヘルバン島での過酷な終身刑に変わるだけ。贅沢に慣れきった身には、いっそすぐ処刑されたほうがマシだと思うかもしれない。
こうした大々的な捜査の結果、かつて宰相派だった貴族家の当主は、半分近くがすげ変わっている。国内の政治的な勢力図は、大きく塗り替えられることとなった。
政治的に大きな変化があったのは、国内だけにとどまらない。南側の隣国ギルト帝国でも、同様の変化があった。皇弟の失脚にともない、好戦的な軍拡派が鳴りを潜めることとなったのだ。その結果、現在ギルト帝国内では穏健派が主流となっている。
おかげでスターリング王国との関係は、極めて良好だ。皇弟による皇帝暗殺を阻止するための情報を提供したという恩まで売ってある。西側の隣国パルトン大公国との関係も良好で、国際的な面でも政治は安定していた。
政治が荒廃していた「アヴェンジング・ジャーニー」の世界とは、大違いである。
そして今日は、待ちに待った結婚式だ。
ユージェニーは祖父ジョージにエスコートされ、大神殿の中央に敷かれた緋色のじゅうたんの上をしずしずと歩いていた。純白のドレスに身を包んで。
一年近く前に着た、彼女の手作りのドレスとは全然違う。一見シンプルにも見えるのだが、上半身は繊細な極上のレースで飾られ、たっぷりとしたスカートには豪華な刺繍が施されていた。さらには全体に、惜しげもなく真珠が縫い付けられている。
祭壇の上、誓いの水晶の前で、エルドウィンは彼女を待っていた。
あの日には見ることさえかなわなかった、彼の正装。やはり王族にふさわしく、上着には精緻な刺繍が施されていた。きっと彼の衣装も、あの日のものとは比べものにならないほど豪華なものとなっているに違いない。
祭壇前の階段下までたどり着くと、エルドウィンは階段を下りてきた。祖父の腕から手を離し、彼の手をとる。ユージェニーは感無量の面持ちで、彼を見上げた。
「やっとね」
「やっとだね」
エルドウィンも彼女に微笑みかける。そして二人一緒に誓いの水晶に手を置いて、大神官からの問いかけに応える形で誓いの言葉を口にした。
そして口づけを交わす。──その瞬間、ユージェニーの頭の中に、不思議な声が響いた。
『──やったー! ユージェニー生存ルートクリア! 買ってよかった追加パック。ていうか、これだと本編始まらないね?』
意味のわからない言葉の羅列に、ユージェニーはぽかんとする。
「え?」
「ジニー、どうかした?」
「エルドには聞こえなかったの?」
「何が?」
彼女が説明すると、エルドウィンはじっと考え込んだ。そして首をかしげながら、こんなことを言う。
「天からの声だったんじゃない? 神殿だから、聞こえやすかったのかもしれないよ」
そうだろうか。けれどもユージェニーには、それを否定するだけの材料もなかった。それに考えてみれば、不思議なことが起きたのはこれが初めてではない。声が聞こえるどころではない、もっとずっと不思議なことが起きたではないか。
あの日、突然、頭の中に流れ込んできた「アヴェンジング・ジャーニー」の記憶。
あれは、もしかしたらこの声の主から送られたものだったのかもしれない。つまりは、天による啓示だったのだ。そう考えると、とてもしっくりくるような気がした。
「さあ、行こう」
「うん」
エルドウィンにうながされ、緋色のじゅうたんの敷かれた階段を一緒に下りていく。両側には、親族や招待客が並んでいた。
ラルフ王を始めとして、オールダム侯爵家の人々、マクミラン伯爵家の人々。そして隣国パルトン大公国からは、内務大臣ダライアス・ファレルと、スティーヴン公子が参列している。新郎との共通の友人として、ケイシーとポーリーンの夫妻も招いた。港町アルデラの警邏隊本部長マーティン・ベネットとその妻子の姿もある。
いずれも天の導きにより救われた人々だ。
ユージェニーとエルドウィンはときどき顔を見合わせては微笑み合いながら、ゆっくりと大神殿の外に向かって歩いて行った。
神殿の外には、王太子の結婚をひと目見んと、大勢の市民が詰め掛けている。二人が大神殿の入り口から姿を現すやいなや、わっと歓声が上がった。笑顔で大きく手を振る人々に、二人も手を振り返す。
詰め掛けた人々の頭の上には、大きな虹が掛かっていた。それも二重に。
ユージェニーはエルドウィンの腕を軽く叩き、彼に顔を寄せて虹のほうを見上げる。
「エルド、見てほら。虹よ」
「ほんとだ」
二人の視線に気づいて、人々も後ろを振り返って空を見上げた。とたんに大きなどよめきが起こる。続いて、先ほどよりもさらに大きな歓声が沸き上がった。
虹は「天が地上に幸運を運ぶときに掛ける橋」と言われている。それが王太子の結婚式というめでたい日に現れたのだ。しかも、同時にふたつも。人々が熱狂するのも当然というものだった。
二人に続いて大神殿から出てきた参列者たちも、空を見上げて笑顔になる。
大神殿の前には、王太子夫妻を運ぶための馬車が待っていた。人々から姿がよく見えるよう、屋根のない馬車だ。
エルドウィンの手を借りて馬車に乗り込みながら、ユージェニーは沿道に詰め掛けた人々の中に見知った顔を見つけた。吟遊詩人エルチェだ。エルチェは彼女と目が合うと、にっこり微笑んでから深々と一礼した。彼女も笑顔で目礼を返す。
エルチェはきっと、この結婚式のことも歌にするだろう。大きな二つの虹がくっきりと見えた結婚式。歌にするには、もってこいだ。タイトルだって想像がつく。
──ジニーとエルドの物語。
エルチェの歌は、結婚式を迎えて「めでたし、めでたし」と終わるに違いない。
でも二人の物語は、まだこれからも続いていく。
天空に大きな二つの虹が掛かる中、馬車はゆっくりと進んでいった。沿道からの歓声を浴びながら。国を股に掛ける冒険を繰り広げ、自国ばかりか隣国をも救った恋人たちを乗せて。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
よろしければぜひ評価をお願いします。




