王宮夜会 (2)
ルシアンを撃退してほどなく、夜会ホールの入り口が騒がしくなった。入場した人物の周りに人が集まっていく。
ユージェニーの視線が向いた先に気づき、叔母エリノーラが説明した。
「カスバート王子殿下よ」
なるほど。今夜の主役というわけか。やっと王太子に指名されることとなり、貴族たちは次々と祝福の言葉をかけに群がっていく。
カスバート王子は、彼女の両親や叔父たちと同年代だ。顔立ちは整っている。だが残念ながら、魅力的とは言いがたかった。
なんというか、「かつて美青年だった人のなれの果て」という感じの容貌なのだ。傲慢さや品位のなさが、年齢とともに隠しようもなく表情ににじみ出ていて、せっかくの顔立ちを台無しにしていた。経験が人間性に深みを与えているとよくわかるラルフ王の魅力的な顔とは、まるで正反対だ。
カスバート王子の入場に気づき、ジョージは挨拶を切り上げてユージェニーたちのところへ戻ってきた。そして彼女にそっと耳打ちする。
「王子のすぐ後ろにいるのが、宰相だよ」
宰相モーガン・ダリモアは、カスバート王子と一緒に人々の輪の中心にいた。宰相は国王よりは若いが、カスバート王子より年長に見える。やせてとがった顔をしていて、口ひげだけでなくあごひげもあった。とがっているのは、顔だけではない。目つきも鋭く、いかにも酷薄そうだ。
いったいどんな人生経験を積み上げたら、あんな顔になるのだろう。そう考えただけで、彼女は背筋がゾッと凍る思いがした。
カスバート王子を囲む人の輪は、ホールの中央を少しずつ移動していく。やがてユージェニーたちの前に差しかかった。ユージェニーは目を伏せ、そのまま通り過ぎてくれることを祈る。しかしその祈りも虚しく、カスバート王子は足をとめた。
軽く眉を上げ、ジョージに声をかけた。
「オールダム、久しぶりだな」
「ご無沙汰いたしております」
祖父が頭を下げたのに対して尊大にうなずきを返し、視線をユージェニーとシリルに向けた。
「おや、見たことのない顔じゃないか」
「孫にございます」
「孫? 孫などいたのか」
「つい先日、見つかったばかりにございます」
「見つかったとな?」
「はい。この二人は、アメリアの忘れ形見にございまして」
アメリアの名に、年長者の間からざわめきが広がる。
「アメリアは生きていたのか」
「記憶を失い、平民として生きていたそうにございます。残念ながら、一年ほど前に亡くなったとのこと。その後、紆余曲折を経て、孫たちを我が家に迎えることになりました」
「なんとまあ。詳しく聞きたいが、長くなりそうだ。またの機会にしよう」
「殿下のお耳に入れるほど、大層な話ではございませんよ」
再度カスバート王子から視線を向けられ、ジョージは孫たちに挨拶するよう目顔でうながした。即座に二人は、王族に対する最上級のお辞儀をする。
「お初にお目にかかります。ユージェニーと申します」
「シリルと申します」
カスバート王子はユージェニーを頭のてっぺんからつま先までじろじろとなめ回すように見てから、にやりと笑った。
「うちの息子の婚約者に、ちょうどよさそうじゃないか?」
「平民育ちでございますゆえ、ご子息の婚約者などという大役はとても務まりません。お気持ちは大変ありがたく存じますが、どうかご容赦くださいませ」
「そうか。それは残念」
あまりの気持ち悪さに、彼女は思わず反射的に返答していた。平たく言えば「勘弁してくれ」という意味だ。もちろん王族相手に、ましてやカスバート王子に、そんな身も蓋もないことは言えない。だから一応、貴族流に言葉を飾っておいた。
カスバート王子は「残念」と言いつつも心にもない様子で、鼻で笑って彼女の言葉を流した。どうやら、面白い冗談を言ったつもりでいるらしい。
そして少しだけ真顔になって、視線をジョージに戻した。
「オールダムは、父と親しかったな」
「畏れ多いことにございます」
「謙遜は要らん。先日も見舞いに行ったと聞いているぞ。父から、何か聞いていないか?」
「何か、とおっしゃいますと?」
明らかにジョージは、カスバート王子が何を聞きたいのか承知した上でそらとぼけていた。王子は苛立たしげに舌打ちする。
「今日の指名のことだ」
「特別なことは、何も」
「そうか」
王子は面白くなさそうな顔で鼻を鳴らしたが、ふと何かに気づいたように質問を重ねた。
「特別でなければ、何か言っていたのか?」
「『順当な指名になるだろう』とおっしゃっておいででした」
「つまり、わたしだな」
「『継承権一位の者がいるのに、指名しない理由がないだろう?』とのことにございました」
「ふふん。そうかそうか」
カスバート王子は機嫌よさそうに何度もうなずき、ジョージたちから離れて行った。
ユージェニーは自分でも気づかないうちに、息を詰めていたらしい。カスバート王子たちの背中を見て、大きく息を吐き出した。
「おじいさま、陛下は本当に『順当に』っておっしゃってたんですか?」
「うん」
彼女の質問に、祖父は苦々しげにうなずく。ユージェニーも暗い気持ちになった。あんな人が王太子になったら、この国は暗黒時代に入るだろう。「アヴェンジング・ジャーニー」の中でも、九年後のスターリング王国は荒れていた。
孫の沈んだ顔を見て、ジョージは「でも」と声をひそめた。ユージェニーは目をまたたかせて祖父を見上げる。
「陛下は『心配するな』ともおっしゃっていたんだよ」
「そうなんですか」
「まだ言えない何かが、きっとおありなんだと思う。陛下を信じよう」
「はい」
小声で会話を交わしてから、不意にユージェニーは気づいた。先ほどジョージはカスバート王子との会話の中で、「カスバート王子が指名される」とは一度も言っていない。「順当な指名になる」と言っただけだ。
順当な指名とはいったい──と、彼女が考え込もうとしたそのとき、ファンファーレとともに国王がホールに入場した。




