夜会準備
冒険者ギルドから帰った直後は落ち込んでいたユージェニーだが、ひと晩ぐっすりと眠ったら気持ちが切り替わった。
(エルドは『心配しないで』って伝言してくれたんだもの。心配する必要なんて、どこにもないのよ)
それに頭が冷えたら、ダグラスらしき人影を王宮で見かけたことも思い出した。
(あれはきっと、本当にダグラスだったんだわ)
エルドウィンのみならず、ダグラスとゴードンまでもが冒険者ギルドを離れているのなら、きっと三人ともそうしなくてはならない理由があったはずだ。そしてその理由は、王宮にあるのかもしれない。
そう考えたら、はっきりと心が定まった。
これ以上、やみくもにエルドウィンを探すのはやめよう。彼は彼女の居場所を知っている。連絡をとろうと思ったら、いつでもとれるのだ。
にもかかわらず理由も告げずに姿を消したなら、そうせざるを得ない理由があったに違いない。だったら彼女は、それを尊重しよう。
それより彼女はまず、自分のやるべきことを全うしなくては。
ユージェニーはフィッツシモンズ子爵家とブルフォード伯爵家の悪事について、情報の糸口を提供した。ジョージがその情報をもとに、捜査を進めてはいる。着実に進展もある。
けれども、まだ決着は付いていないのだ。彼女はそれを見届けなくてはならない。罪に見合った報いをきちんと受けるところまで見届けて初めて、彼女の目的のひとつは果たされたと言えるのだから。
そうして彼女は、これまで以上にお披露目の準備に本腰を入れた。
ユージェニーとシリルのお披露目は、初秋の王宮夜会と決まった。日取りが決まれば、祖母や叔母たちの教育にもさらに熱がこもる。しかも夜会だから、ダンスの習得も必須だった。
この頃は教育内容の違いにより別行動が多かったが、ダンスの練習ばかりはシリルと一緒だ。お互いがパートナー役になって、ちょうどいい。
この日も音楽室で、練習のために落ち合った。教師の指示に従って向かい合った瞬間、ユージェニーはかすかな違和感に「あれ?」と首をひねった。
「シリル、また背が伸びた?」
「うん。仕立屋が困ってた」
「あー。急に伸びたもんねえ」
「そうなんだよね」
シリルはオールダム侯爵邸に来てからというもの、すごい勢いで身長が伸びている。どちらかといえば小柄な少年だったのだが、毒の影響で成長が阻害されていたせいもあったようだ。これなら彼女が男装しても、以前のように双子に間違われることは、もう二度とないだろう。
それに、思えば父レナートは長身だった。シリルだって同じように背が高くなっても、少しも不思議はない。
「夜会までに、あとどれだけ伸びるのかな。見当つかなくて困っちゃうね」
「いや、ある程度わかるみたいだよ」
「そうなの?」
仕立屋によれば、両親の身長と、本人の年齢と、現在の成長ぶりから、ある程度の予測が可能なのだと言う。彼の見立てでは、夜会までにシリルの身長はまだ伸びる。
「だから、少し長めに作っておくって言ってたよ。長さを詰めるのは簡単だけど、逆はできないからって」
「なるほど。さすが熟練の職人は違うのね」
「ね」
ダンスの練習をしながら、ユージェニーの頭の中に「アヴェンジング・ジャーニー」に出てくるシリルの姿が浮かんだ。
ゲームの中で、九年後のシリルの姿は小柄でやせぎすな青年だった。あのままビルバリーから逃げ出さず、毒を飲まされ続けていたら、実際そうなっていたのかもしれない。ゲーム内のシリルは、序盤でエルドウィンの旅に加わる。
いささか体力に欠けるものの治癒魔法の使い手であるシリルは、序盤での心強い同行者だ。しかし中盤に入る前に、ふらりと姿を消してしまう。そして中盤で、神狼の群れを使役する中ボスとして再登場するのだ。シリルを倒した後、エルドウィンは泣いていた。
ゲーム内でどうしてシリルがエルドウィンと敵対することになったのか、深く語られない。両親に続いて姉も失った後、たったひとりでどう生きていったのだろう。想像すると、胸が苦しくなる。
だが今のシリルは、ゲームの中のシリルとはまるで別人だ。
(運命は変わってる。大丈夫、きっとエルドも大丈夫)
遅くやってきた成長期まっさかりの弟と踊りながら、ユージェニーはそっと笑みをこぼした。
こうして着々と準備は進んでいく。ついに夜会が数日後に迫ったある日、夕食の席でジョージから夜会についての話が出た。
「次の夜会は、この国の運命を分けるものになりそうだ」
「どういうことですか?」
「王太子の正式な指名があると伝えられた」
祖父の言葉の意味がよくわからず、ユージェニーは目をまたたかせる。王太子とは、王位継承権一位のことを言うのではないのだろうか。
彼女の戸惑いに気づき、ジョージが解説する。
「この国では、国王陛下から指名があって初めて、正式に王太子となるのだよ。それまでは王位継承権がどうであろうと、王太子とは呼ばれない」
そう言われてみれば「カスバート王子」とか「第二王子」という言葉は何度も聞いたけれども、「王太子」と呼んでいるのは聞いたことがなかったかもしれない。
カスバート王子が王太子に指名されていないこと自体、親子の確執を表している。第一王子が亡くなって、すでに二十年近くもの年月が経過しているのだから。なのにここへ来て、正式指名をすると国王から事前に周知があった。
ジョージは嘆息した。
「陛下は、どういうおつもりなのだろうなあ」
「継承権一位のかた以外に、指名される可能性のあるかたはいらっしゃらないんですか」
「うーん……」
現国王の子は、王子が二人。うちひとりが故人なので、生存しているのはカスバート王子だけだ。継承権二位以下は、そのカスバート王子の子になる。あえてカスバート王子を飛ばしてその子を指名する理由がないので、指名するというならカスバート王子しか考えられない。
そのため宰相派の貴族たちは「病が重くなり死期を悟った国王が、ついに観念してカスバート王子を指名する」と、歓喜に沸いていると言う。実際には病が重くなるどころか、毒の摂取をやめたことにより、完全回復しているのだが。
だからこそジョージには、今ここで王太子を指名するという国王の真意がわからない。そんな不安を抱えたまま、夜会の日を迎えることとなったのだった。




