点から線へ
ふらりと姿を現して、二十年近く前の事故現場へユージェニーたちを引っ張って行ったあの日から、ウーリーはオールダム侯爵邸に居ついている。最初のうちはおっかなびっくりだった使用人たちも、次第にウーリーの存在に慣れてきたようだ。
パルトン大公国のダライアス・ファレル宛てに手紙を送った翌日、ジョージは満足げに首尾をユージェニーに話した。
「さっそく返信があったよ。入手もとはブルフォード伯爵だそうだ」
「ルシアンさまの婚約者のおうちですね」
「なるほど、そうだったのか! それは知らなかったな」
ジョージのこの言葉を、ユージェニーは意外に思った。貴族の婚姻なんて、婚約した時点で盛大にお披露目するものとばかり思っていたのだ。
特にフィッツシモンズ子爵家とブルフォード伯爵家の婚姻は、明らかに政略的だ。そのような婚約は、広く知らしめることで両家の結びつきを強化しようと図るものではないのか。
だが、彼女のこの考えに、ジョージは首を横に振った。
「政略なのは間違いない。が、あえて関係を伏せておきたかったのだろうな」
「どうしてですか?」
「何か悪事を働くなら、そのほうが都合がいいからさ」
フィッツシモンズ子爵家は、宰相モーガン・ダリモアの子飼いとして知られてしまっている。一方でブルフォード伯爵家は、社交の場では中立派を装っていた。つまり宰相派と国王派のいずれとも、付かず離れずの距離感を保っていた。
中立派を装い続けるためには、フィッツシモンズ子爵家との婚約をおおやけにするのは得策ではない。
実際ジョージは、ブルフォード伯爵家が本当に中立派だと思ってしまっていた。だからこそ十数年前の事故を調べる際、容疑者に数えることがなかったのだ。
「きみのおかげで、容疑者が絞り込めた。あとは証拠を挙げるだけだ。領内のことに詳しく、信頼のおけるものを探すのに少し時間はかかるだろうが、まあ、何とかするさ」
祖父の言葉に、ユージェニーは考え込んだ。
(ブルフォード伯爵領内のことに詳しく、信頼のおける人……──。あ!)
不意に頭の中に浮かぶ顔があった。彼ならこれ以上なく信頼がおける上、間違いなく領内のことを隅々まで把握している。しかもおあつらえ向きなことに、特に犯罪関係の情報に詳しいはずだ。
彼女は口もとに笑みを浮かべて、ジョージを見上げた。
「ひとり、心当たりがあります」
「ほう。誰だい?」
「港町アルデラ警邏隊のマーティン・ベネット本部長です」
「え、警邏隊の本部長⁉」
そう、アルデラはブルフォード伯爵領内にある港町なのだ。領都ではないが、領都とほど近く、むしろ町の規模だけ比較すれば領都より大きい。
ジョージはあっけに取られて、目を見張る。しばらく言葉も出ない様子だったが、やがて呆れたように首を振った。
「それはまた、願ったりかなったりだが……。いったい、何だってそんな人物と知り合いなのかね?」
そこで彼女は、エルドウィンを探して港町アルデラまで赴いた話をした。
アルデラで訪れた警邏隊本部で、本部長マーティンがじきじきに案内してくれたこと。彼の娘が落とした薬の小瓶が、シリルが飲まされていた毒入りのものと同じだと気づき、それをマーティンに知らせたこと。王都に向かうまでの数日間、マーティンの家で世話になったこと。
話を聞き終わると、ジョージは何とも言えない顔で深く嘆息した。
「いやはや。うちの孫の顔の広さには、まったく恐れ入るよ」
「たまたまですよ」
「神狼を使役しているかと思えば、パルトン大公国の要人に恩を売っているし。挙げ句に、容疑者の領内での情報提供者にまで当てがあると言う」
「偶然ですってば」
ジョージのような言い方をすればそうなってしまうが、本当にただの偶然なのだ。なのに祖父は探るような目を彼女に向け、顔をのぞき込んだ。
「まだ隠し球がありそうだなあ」
「もうありません」
「それも特大級の」
「何も出てきませんってば」
わざとらしくジョージが疑い深い表情を作ってみせるものだから、ユージェニーは笑ってしまった。さすがにもう、これ以上は何も出てこない。
思えばジョージが挙げたのは、彼女が故郷を出奔した後に出会った人々ばかりだ。ユージェニーがルシアンから逃げ出そうとしなければ、知り合うこともなかった人々。そうして偶然行き会った人々との縁が、点と点を線で結ぶようにして、つながっていく。
それは、何とも不思議な縁だった。あのときルシアンから逃げる決断をして、よかった。本当によかった。
パルトン大公国の内務大臣ダライアス・ファレルがオールダム侯爵邸を訪れたのは、彼らに連絡をとってから十日後のことだった。
ダライアスが捜査協力のためにスターリング王国を訪問すると聞いたとき、ユージェニーはてっきり彼らをオールダム侯爵邸に迎えるのだとばかり思っていた。だが実際には、ダライアスはパルトン大使館に滞在している。そして随行してきたはずのケイシーとポーリーンは、大使館ではなく、グレン商会が懇意にしている宿屋に泊まっていた。
屋敷に招いたほうが、話が早いのではないだろうか。そうユージェニーが首をかしげていると、ジョージが説明してくれた。
「敵に油断させるためだよ」
「家に招くと、警戒されるということですか?」
ジョージは「うん」とうなずき、さらに続けた。
「ダライアス卿は、ブルフォード伯爵に命を狙われたわけだよね」
「はい」
「命を狙った相手が無事なばかりか、またこの国を訪れて我が家に逗留していると彼らが知ったら、どう思うだろうか」
ここまで説明されて、やっと彼女にものみ込めた。ジョージとダライアスが協力関係にあることは、今はまだ伏せておくほうがよいのだ。ちょうど、ブルフォード伯爵家がフィッツシモンズ子爵家と無関係を装っていたのと同じように。
ケイシーは、パルトン大使館とオールダム侯爵邸の両方に足を運ぶ。表向きには、商用だ。だがその馬車には、こっそりとダライアスが同乗している。こうして人知れず、ダライアスの捜査協力は回を重ねることになったのだった。




