神狼の掘り出し物 (1)
国王の病状は改善したが、当面の間、それは伏せておくことになった。
黒幕が関与した証拠を、まだつかめていないからだ。毒入りの薬を納入しているのが、フィッツシモンズ子爵家ゆかりの業者であることはわかっている。しかしそれを処罰しても、とかげのしっぽ切りをされて終わりだろう。
そしてまた別の方法で、国王を害そうとしてくるのが目に見えていた。
それよりは、病状が思わしくないままだと誤解させておくほうがよい。それで時間稼ぎをしつつ、黒幕たるカスバート王子や宰相ダリモアと、フィッツシモンズ子爵家がつながっている証拠を押さえるのだ。
ここから先は、ジョージが侯爵家の伝手を駆使して調査していくことになる。ユージェニーに手伝えることは何もない。やるべき事をやり尽くした今、彼女にできるのはエルドウィンからの連絡を待つことだけだ。
もちろん、何もせずただ待つわけではない。オールダム侯爵家の一員として迎え入れられた彼女には、学ばなくてはならないことが山ほどあった。王宮に行く前に習った作法は、あくまで付け焼き刃でしかないからだ。
ただし教養面では、意外なことに褒められることがよくあった。
「領地と領都の名前が全部言えるなんて、すばらしいわ」
「子どもの頃、よくクイズで遊んでいましたから」
「あら。どんなクイズ?」
「領地名から領都を当てたり、特産品のヒントから領地を当てたりするゲームです」
あれは確か、父が始めたゲームだった気がする。エルドウィンも混じって、秋の夜長によく興じたものだ。しかもまた、エルドウィンがめっぽう強い。それで負けず嫌いなユージェニーもむきになって、必死に覚えたのだった。
それでもなかなか勝てないのだが。父レナートが出題者となり、母アメリアとシリルとユージェニーが三人でチームを組んで、やっとエルドウィンひとりといい勝負になるくらいの実力差だった。
ゲームとは別の話として、エルドウィンはよく本を読んでいた。ダグラスの家に大きな本棚があった記憶はない。にもかかわらず、彼はいつも違う本を読んでいた。ユージェニーは彼のすることなら何だって真似したがったから、当然、本だって借りて読みたがった。
今思うと、あの本はどこから出てきたのか、とても不思議だ。
数も尋常ではなかった。あの頃は、数が多いことに気づいてもいなかったものだが。借りて、読んで、返して、それで終わってしまっていたから。何冊読んだかなんて、数えたことがなかったのだ。
けれども侯爵家の図書室に案内され、読むべき本を紹介されたとき、初めてそのことに気づいた。ほとんどが、読んだことのあるものばかりだった。読んだことのある本をすべて積み上げれば、相当な量になる。ダグラスの家にはそれだけの本をしまっておける場所なんて、なかったはずなのに。
とにかくそんなわけで、この頃の彼女は屋敷の中で祖母や叔母から礼儀作法や、貴族の教養を学んでいることが多い。けれどもやはり、ずっと屋内にいると気が滅入ってくるし、何だか体がさびついてしまうような気もする。
それで彼女は、一日一回は庭園に出て散歩をするのが日課になった。
その朝も、散歩をしようと庭園に出た。ところがいつもならのどかな庭園が、その日は違った。奥のほうから、何やら焦ったような叫び声が聞こえてくる。かと思うと、花の茂みの中から黒っぽい何かが飛び出してきた。
ユージェニーは飛び出してきたものの正体に気づくと、目を丸くした。
「ウーリー!」
それは王都に入る前にふらりと姿を消したままだった、神狼の姿だった。ウーリーは口に何かをくわえている。ユージェニーのすぐそばにお座りをして、機嫌よさそうにしっぽを振っていた。
いったい何を持ってきたのだろう。確認しようと手をのばしかけたとき、ドタドタと男たちが駆け込んできた。門番と庭師だ。
「お嬢さま! ご無事ですか!」
どうやら屋敷に侵入した獣を、何とか追い払おうと必死に追ってきたらしい。なのにやっとのことで追いついてみれば、その獣はお嬢さまのそばでおとなしくお座りしているではないか。門番と庭師は、戸惑ったように立ち尽くした。
「もちろん無事よ。大丈夫、この子はわたしの使役獣なの」
ユージェニーが請け合うと、初めてウーリーの首輪に気づいたようだ。二人ともホッと肩から力を抜いて、ぎこちなく笑みを浮かべた。
「ウーリー。このお庭のお花は、庭師たちが丹精込めて育てたものなの。踏み荒らしちゃだめでしょ。メッ、よ。メッ!」
ユージェニーに人さし指を突きつけられて叱られ、ウーリーはうなだれて「キューン」と情けなく鳴いた。獰猛そうな獣が大きな体を縮こまらせて哀れっぽい声を出す姿に、庭師と門番は吹き出す。
「お嬢さま、大丈夫ですよ。踏み荒らされたってほどには、荒らされてません」
「それならいいんだけど。驚かせてしまって、ごめんなさい」
「いやいや、お嬢さまがご無事ならそれで。それじゃ、わしらは持ち場に戻ります」
「心配してくれてありがとう。ご苦労さま」
庭師と門番の後ろ姿を見送り、ウーリーに視線を戻すと、彼はうなだれたまま上目遣いにユージェニーをじっと見つめた。それからくわえていたものをポトリと芝生の上に落とし、鼻先でズズッと彼女の足もとまで押し出す。
貢ぎ物をアピールして、一生懸命あるじの機嫌をとろうとするウーリーの姿に、ユージェニーも笑ってしまった。
「もう、しようのない子ね。何を持ってきてくれたの?」
かがんで拾い上げてみれば、それは金属製の飾りのようなものだった。手のひらほどの大きさで、プレート状だ。さびが浮いているので、新しいものではない。ウーリーのよだれまみれでベトベトのそれを、ユージェニーはハンカチに包んだ。
この飾りには、見覚えがある。だが他のものと間違えている可能性もあるから、念のため図書室で確認してみよう。──そう思って屋敷に足を向けると、屋敷からは数人の人影が飛び出してきた。
「ユージェニー! 無事か!」
武装した騎士数人と、ジョージだ。騎士たちはウーリーの姿を認めるとジョージを背に回して立ちはだかり、剣を抜いた。
ユージェニーはあわててウーリーに手のひらを向けて制止した上で、紹介する。
「あ……。お騒がせして、ごめんなさい。この子はわたしの使役獣で、神狼のウーリーです」
「え? 使役獣? 神狼が?」
あっけにとられたジョージの前で、騎士たちは戸惑ったように顔を見合わせて、ゆるゆると剣を下ろした。




