王都ノーレイ
ユージェニーとシリルは結局、港町アルデラに数泊することになった。マーティンに家に招かれた上で、こう説得されたのだ。
「やみくもに動き回るより、きちんと状況把握した上で計画を立てるほうが、結果的に早道のことが多いものだよ」
まったくもって正論である。
マーティンの家へ向かう途中、薬屋で高級魔力回復薬を買い、手土産とした。宿泊の礼としてはまるで足りていない気がしたが、仕方がない。マーティンの妻メアリーは、この回復薬を飲んでシリルと同様、見事に回復した。
「こんなに体が軽いのは、いつぶりかしら。本当にどうもありがとう」
晴れやかな笑顔で礼を言われ、ユージェニーとシリルも笑顔になる。メアリーは今はまだ病人らしくやせ細っているが、じきに回復するだろう。
エルドウィンの消息確認について、マーティンは大いに力になってくれた。
「まずは領都の憲兵隊に、状況を確認してみるべきだな」
マーティンの見立てによれば、早ければその日の夕方、遅くとも二、三日内には釈放されているだろうと言う。そもそも逮捕要件がずさんすぎて、言いがかりのようなものでしかない。すぐに嫌疑不十分で釈放されるはずである。
そう聞いて、ユージェニーは居ても立ってもいられなくなった。
「わかりました。すぐ確認してみます」
「いや。きみが直接確認するのは、やめておきなさい。僕がするよ」
なぜとめられたのかわからず、首をかしげるユージェニーに、マーティンは説明した。
「だって、きみは逃げてきたんだろう? 居場所を誰かに知られる可能性は、できる限り排除したほうがいい」
しかも今回、エルドウィンをはめた人間のうちひとりは、ギルド職員なのだ。他にもまだ同じような裏切り者が、ギルド内部にいないとも限らない。そのような状況の中、ギルド経由で連絡をとるのは避けるべきだ。
そして警邏隊にユージェニーの名前で問い合わせるのも、悪手である。彼女の名で問合せがあったことなど、すぐにルシアンに報告が上がるだろう。つまり「実は彼女は逃げ出していた」と、ルシアンに知らせるも同然なのだ。そんなふうに不必要に情報を与えるよりは、何の連絡もつかない行方不明の状態でいたほうがいい。
ユージェニーとは何の接点もない第三者からの問合せであれば、何をあやしまれることもなく、事務的に回答が得られるだろう。
マーティンの助言は、いちいちもっともだった。ユージェニーたちは彼の言葉に甘え、手を借りることにした。そして結果が出るまでの間、彼の家に逗留することにしたのだった。
マーティンから結果がもたらされたのは、わずか三日後のことだ。
「やはり、翌日には釈放されていたよ」
「そうでしたか……。ありがとうございます」
無事に釈放されたと聞き、ユージェニーは安堵のあまり、体から力が抜けていく思いだった。だが、続いてマーティンの口から出てきた情報は、思いもかけないものだった。
「だが、家には帰っていないそうだ。ノーレイに向かったと言っている」
「え」
王都ノーレイ。なぜ。
ホッとしたのもつかの間、ユージェニーはまたもや不安に襲われた。
「ダグがそう言ってるんですか? あ、ダグって、エルドウィンの養父のダグラスのことです」
「いや。ダグラスには連絡がつかず、冒険者ギルド支部長のゴードンから聞いたそうだ」
「ダグも一緒にノーレイに行ったってことですか?」
「それがどうも、彼はまた別らしいんだよね」
「え……」
混乱する彼女に、マーティンは順を追って説明した。
マーティンが問い合わせた先は、フィッツシモンズ子爵領の警邏隊本部だ。マーティン自身が警邏隊本部長なので、警邏隊に連絡するのが最も自然だったのだ。
エルドウィンの釈放については当然、フィッツシモンズ子爵領の警邏隊が把握している。問合せを受けた警邏隊は、念のためエルドウィンの所在についても確認しようと、家に隊員を派遣した。しかし、あいにく留守だった。
そこで警邏隊員は代わりに、エルドウィンの身元引受人として迎えに来ていたダグラスに会おうとした。ところがそのダグラスも不在だったと言うのだ。もちろん出かけている可能性を考えて、夕方にも再び訪れた。にもかかわらず、どちらにも連絡がつかない。翌朝も同様。
近隣の住人に尋ねても、特に行き先は聞いていないと言う。ただし、冒険者ギルドからの依頼で泊まりがけの討伐に出ることは珍しくないという話だった。そこで次は、冒険者ギルドに行って確認してみた。すると「エルドウィンは釈放されたその日のうちに、ノーレイに向かった」と、支部長ゴードンが説明したのだと言う。
なお、ダグラスは「親類に呼び出されたので、ちょっと行ってくる」と冒険者ギルドに伝言を残して、エルドウィンがノーレイに発った翌日に家を離れている。そのまま、まだ戻っていないらしい。
話を聞き終わり、先ほどとはまた別の意味で体から力が抜けていった。やっと連絡がとれるようになったと思ったのに。
(エルドのばか!)
胸のうちで八つ当たりしつつも、ユージェニーは半泣きだ。いったい、何だってノーレイになんか向かったのだろう。
そんな彼女を気の毒そうに見やり、マーティンは尋ねた。
「それで、これからどうするね?」
「わたしもノーレイに向かってみます」
いささか自信なさげに答えた姉に、シリルは「行こう」とうなずいた。マーティンは二人をじっと見てから、別の選択肢をひとつ示した。
「連絡がつくまで、ここで待ってもいいんじゃないかな」
姉と弟は顔を見合わせる。そして二人そろってマーティンに向き直り、同時に首を横に振った。
「ありがとうございます。でも、行きます」
「そうか。わかった」
二人は翌朝、マーティンの家からノーレイに向けて出発した。
ただし、同行者が二人いる。マーティンの妻メアリーと、娘のアンだ。メアリーとアンはノーレイまで行くわけではないのだが、方向が一緒なので途中まで同行することになった。それについて、マーティンはこう説明した。
「また狙われては、かなわないからね。いったん身を隠させることにしたんだ。頼もしい護衛つきのきみたちに、一緒に行ってもらえるならとても助かる」
周囲には「妻は実家に帰った」と説明すると言う。だが実際には、別の親戚のもとに身を寄せる予定だ。なお、マーティンの言う「頼もしい護衛」とは、ウーリーのことらしい。




