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逆襲の花嫁  作者: 海野宵人


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旅の道連れ

 ユージェニーがダライアスと話している間に、護衛たちと御者は、倒れた馬車を起こしていた。幸い、引き馬は無事のようだ。話が終わると、ダライアスは「それでは」と挨拶して去って行った。


 ユージェニーとシリルは、ダライアスとは反対方向に馬を進める。それまで一切口を挟むことなく静かにしていた弟は、ダライアスたちと離れると姉に質問をした。


「ねえ、ジニー。どうしてあの人に、お坊ちゃまの話をしたの?」

「信用しても大丈夫だと思ったから」


 シリルは「どうして?」とは聞かなかった。代わりにこう尋ねる。


「あの人も、夢に出てきた?」

「うん。名前だけ出てきた」


 パルトン大公国は、「アヴェンジング・ジャーニー」では亡国だ。ギルト帝国との戦争に敗れ、ゲーム開始前にすでに帝国に併合されていた。併合されたいきさつは、サブクエストで明らかにされる。


 最後のパルトン大公アルバートは、味方づらをして近づいてきたルシアンに裏切られ、命を落とすのだ。このことは、アルバートの息子スティーヴンの口から語られる。スティーヴンはケイシー・グレンの手引きによりルシアンの奸計から逃れ、からくも生き延びていた。


 スティーヴンの記憶によれば、父アルバートの口癖は「ファレルがいればなあ……」だったと言う。アルバートは穏やかな性格で争いを好まず、政治的な駆け引きを苦手としていた。そこを補っていたファレルという腹心を事故で失い、アルバートは甘い言葉ですり寄ってきたルシアンに依存してしまったのだった。


 おそらくこの「事故で失った腹心ファレル」こそが、さきほど会ったダライアス・ファレルに違いない。そうユージェニーは考えたのだ。


 姉の話を聞き、シリルは少し考えてからぽつりとこぼす。


「それさ、夢の中のダライアス卿は、さっき死んじゃってたんじゃない?」

「ああ。その可能性はあるわね……」


 護衛と分断され、馬車が横倒しになったところで神狼に襲われたら、ひとたまりもなかっただろう。しかもあんな魔道具を起動していたら、寄ってくるのは神狼だけに限らない。無事でいられた保証など、どこにもなかった。


「あんなもの、いったい誰が渡したんだろう」

「わたしたちと反対方向に向かってたわけだから、少なくともルシアンさまじゃないのは確かなんだけど」

「同じくらい腐った誰かのしわざってことか」


 歯に衣着せぬ弟の物言いに、ユージェニーは苦笑する。だが実際、そのとおりだった。


「このまま北に向かうと、ブルフォード伯爵領だね」

「うん」


 ブルフォード伯爵家は、フィッツシモンズ子爵家とは親密な関係を築いている。ルシアンの婚約者カロラインは、実はブルフォード伯爵家の娘なのだ。


 ブルフォード伯爵家にはカロラインの他に、もうひとり娘がいる。「アヴェンジング・ジャーニー」では、一回だけ名前が出てきた。カロラインが、「あの出来損ないの妹」と言及する場面があるのだ。その妹の名は、ポーリーンと言う。


 つまり先ほど出会った、ケイシー・グレンと駆け落ち中のポーリーンは、ブルフォード伯爵家の娘なのだった。おそらく彼女が家名を名乗らなかったのは、それが理由だ。もちろん、駆け落ち中の用心でもあっただろう。


 だがおそらく一番の理由は、ユージェニーに素性を知られることを避けるためだったのではないか。フィッツシモンズ子爵家の封蝋つきの証文を持っていた彼女のことは、味方とは判断できなかっただろうから。少なくとも名乗ったときには、まだ。ならず者たちから助けられた恩があろうとも、それはそれ、これはこれ、ということだ。


 そして彼女が駆け落ちにより捨ててきた生家は、フィッツシモンズ子爵家と親しくするだけのことはあって、大変に野心的だった。野心の方向性もフィッツシモンズ子爵家と同じくし、何をなすにも手段を問わない。つまり、どちらも常に黒い噂の絶えない家なのだった。


 別れ際に微笑んでみせたのは、フィッツシモンズ子爵家から逃げようとしているというユージェニーへの共感もあったのかもしれない。


 次第に日が傾き、次の町に近づいてきた頃、馬が神経質そうに道沿いの茂みを気にするそぶりを見せ始めた。怪訝に思って目をこらすと、少し離れた茂みの中に、何か獣の姿がある。付かず離れずといった距離を保ちながら、少し遅れて同じ方向へ移動していた。


 ユージェニーは眉根を寄せ、ささやき声で弟に声をかけた。


「シリル」

「うん」


 シリルは姉の視線だけで、言いたいことをくみ取ったようだ。緊張した表情で、短く返事をしてうなずいた。


 ユージェニーは手綱を引き、馬をとめた。シリルもそれに合わせて馬をとめる。二人とも茂みに視線を向け、じっと見つめた。何かあったら、即座に馬を全速力で駆けさせるつもりだ。油断なく手綱を握りしめている二人の目の前で、ゆっくりと茂みの中から獣が姿を現した。


 その姿に、ユージェニーは驚きに目を見張る。


「ウーリー!」


 ウーリーは上目遣いにユージェニーを見つめ、おずおずと近づいてきた。かと思うと、伏せの姿勢をとる。何かを期待するように、ゆらゆらとしっぽが揺れていた。


 見覚えのあるその態度に、ユージェニーは吹き出してしまう。


「一緒に行きたいの?」


 笑いながら尋ねると、ウーリーはサッとお座りに姿勢を変えた。仔狼のときと少しも変わらない、あまりにも現金なその様子に、ユージェニーとシリルは声を上げて笑う。もはや隠しようもなく、ウーリーのしっぽは大きく左右に振られていた。


「群れはどうしたの?」


 ユージェニーが尋ねると、ウーリーはお座りの姿勢のまま、道の後方を振り向く。その視線を追った姉と弟は、肝が冷える思いがした。あろうことか離れた場所から、神狼の群れがじっとこちらを見ていたのだ。


 ウーリーは群れに向かって、おもむろに遠吠えをした。


 ──オオーン

 ──ウオオーン


 群れからも遠吠えが返ってくる。しばらく呼応が続いた後、ウーリーはすっくと腰を上げ、ユージェニーを見上げた。黒々としたその瞳は「さあ、行こう」と言っているかのようだ。神狼の群れはじっとこちらを見つめたまま、その場を動かなかった。


 ユージェニーはシリルと顔を見合わせた。シリルは笑みを含んだ顔で、肩をすくめてみせる。ユージェニーも笑みをこぼして、馬を進めた。その横を、てくてくとウーリーが並んで歩く。


 こうしてユージェニーとシリルの二人旅には、予定外に同行者が加わったのだった。

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