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逆襲の花嫁  作者: 海野宵人


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結婚式直前の悪夢

 ユージェニーは純白の婚礼衣装に身を包み、そわそわと弟のエスコートを待ち構えていた。今日はこれから神殿で、幼馴染みのエルドウィンとの結婚式なのだ。


 ところが、そんなめでたい雰囲気をぶち壊し、控え室のドアが乱暴に開けられた。


「ジニー! 大変だ!」


 息を切らして入ってきたのは、弟のシリルだ。走ってきたのか、額に汗が光っている。にもかかわらず、シリルの顔色は悪かった。


 ただごとではない様子に、ユージェニーの顔から笑みが消える。弟は彼女の両肩を指が食い込む勢いでつかみ、この晴れやかな日に到底ふさわしくない、とんでもない知らせを叫んだ。


「エルドが警邏(けいら)隊に連れて行かれた! 隣国と内通してる疑いがあるって……」

「なんですって?」


 おそらく、このとき受けた衝撃が引き金だった。

 次の瞬間、彼女の頭の中には、不思議な記憶が奔流となって流れ込んできたのだ。


 ここではない、どこかの記憶。地球と呼ばれる異世界の記憶だ。

 自分ではない、誰か別人の記憶。前世の記憶とでも呼べばよいのだろうか。


 その記憶の中で、エルドウィンは「アヴェンジング・ジャーニー」というアクションRPGゲームの主人公だった。


 彼は冤罪(えんざい)により結婚式の当日に身柄を拘束され、国の最北にある孤島の監獄に投獄される。この「アヴェンジング・ジャーニー」は、厳しい獄中生活を九年間も送ったエルドウィンが、大規模な災害により偶然脱獄できたところから始まるダークファンタジーだ。


 そしてユージェニーは、エルドウィンが監獄にいる間に非業の死を遂げる、悲劇のヒロインだった。


 そうした記憶が次々と、荒波が押し寄せるように容赦なく流れ込んでくる。流れ込んでくるのは、どうしたわけか「アヴェンジング・ジャーニー」に関する内容ばかり。前世の記憶と呼ぶには、その前世で自分がどのような人物であり、どのような生活を送っていたかについては、不思議と情報が欠けていた。


 だが「アヴェンジング・ジャーニー」に限った記憶であっても、自分のものではない、圧倒的な量の記憶である。容赦なく次々と流れ込んでくる記憶に翻弄され、ユージェニーはめまいがして立っていられなくなった。そしてシリルの叫ぶ声が遠くなり、視界は黒く塗りつぶされて、そのまま意識は暗闇の中に押し流されてしまったのだった。



 * * *



 ユージェニーは見知らぬベッドの上で目を覚ました。天蓋付きの、おそろしく豪華なベッドだ。

 長い、不思議な夢を見たせいで、頭の中が混乱している。


「ジニー、目が覚めた?」

「うん」


 心配そうに声をかけてきたのは、シリルだ。ユージェニーは上半身を起こして、まず自分の身なりを確認した。婚礼用に純白のドレスをまとっていたはずなのに、今は見覚えのないワンピースを身につけている。見るからに上質で、平民の彼女の手持ちではありえない、上品なデザインだ。


 何とも言えない嫌な予感に、ユージェニーは顔をしかめた。いかに上等だろうと、自分のものではない、というのが落ち着かない。むしろ上等だからこそ、ありがたくない思惑が感じられて不安になる。そのままぐるりと室内を見回し、弟に尋ねた。


「ここはどこ?」

「フィッツシモンズ子爵のお屋敷だよ。倒れたジニーを心配して、ルシアンさまが連れてきてくださったんだ」

「そう」


 嫌な予感が的中してしまった。


 ルシアンはフィッツシモンズ子爵家の跡取り息子だ。


 ことあるごとにユージェニーに気のあるそぶりを見せるので、できれば距離を置きたい相手だった。


 しかも「アヴェンジング・ジャーニー」では、エルドウィンを陥れた者たちのひとりとして描かれている。そればかりか、ユージェニーが死ぬ原因となるのが、このルシアンなのだ。要するに、彼女にとっては未来の宿敵である。


 ゲームの中で語られるユージェニーの末路は、悲惨なものだった。エルドウィンが連れ去られてすぐ、ルシアンに乱暴された挙げ句に愛人にされる。それだけでも十分に悲惨なのに、まだ終わらない。愛人の存在を知って激怒した彼の婚約者の差し金で、ユージェニーは惨殺されるのだ。


 まだ起きていない未来の話とはいえ、十分あり得ると納得しかない。このままこの場所にいたら、自分の身に何が起こるかは容易に想像がついた。


 そこまでわかっているにもかかわらず、ユージェニーにはどうしてもルシアンを無下にできない事情があった。


 というのも、彼は以前から、病弱なシリルに効く唯一の特効薬を融通してくれているのだ。貴族の立場を使って特殊な販路から、通常では手に入らないという貴重な薬をシリルのためにわざわざ入手してくれている。この薬なしには、シリルは生きていくことができなかった。


 この薬さえ自力で調達できれば、喜んですぐさま縁を切るのに。


「シリル、薬はあと何日分残ってる?」

「おととい補充してもらったばっかりだから、あと五日分あるよ」

「今、持ってる?」

「二回分だけ持ち歩いてる。ほら」


 シリルはベルトポーチから小瓶を取り出し、ユージェニーの前でヒラヒラと振ってみせた。


(これのレシピか、せめて入手先がわかればなあ)


 彼女はまだ寝ぼけていたようで、ほとんど無意識に人差し指でトントンと軽く叩いてしまった。ゲームじゃあるまいし、アイテム確認なんて、できるわけがないのに──と苦笑した次の瞬間、彼女はあっけに取られた。


 まるで夢の中で見たゲーム画面のように、小瓶の前に半透明なカードが現れたのだ。そこには、こう書かれていた。


『持続性魔力ダメージ毒と、魔力回復薬を調合したもの。毒ダメージ:5、毒効果:四時間。魔力回復量20増加、魔力回復効果:三十分間』


 内容の不穏さに、無意識に眉間にしわが寄る。


 この世には魔法もスキルも存在するが、こんなことのできるスキルがあるとは聞いたことがなかった。彼女が小瓶から指先を離すと、すうっとカードは消えた。


 ユージェニーは眉間にしわを寄せたまま、試しに今度はシリルの腰についているベルトポーチを人差し指でトントンと叩いてみた。すると、やはり半透明のカードが現れるではないか。そこには、当たり前の内容が書かれていた。


『革製ベルトポーチ』


 勘違いでも、幻覚でもない。はっきりと見えている。ということは、理由はさっぱりわからないものの、ユージェニーは新しいスキルを身につけたのだと判断してよさそうだ。そしてこのスキルによって表示される内容を信じるならば──。

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― 新着の感想 ―
こういう『身内がなんらかの事情で主人公の足枷になっている』パターンは、つくづく嫌ですね。 いやこの場合弟は被害者なんだけど、なんか姉の献身に甘えすぎというか…、自分が足枷になっていることも自覚していな…
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