6th, replay, end
『会いたい』
『彼に会いたい』
滝に打たれていながらも、彼女の声はすぐそばに届いた。
また時が戻っている。
気配を探ると、まだ社殿の奥から人間界へと繋がる扉はかたく閉ざされていた。
彼女が施した封印は時が戻っても生きている。
『会いたい』
だが――彼女は変わっている。
「大丈夫……」
届くはずはないと分かっていても、それでも言わずにはいられない。
「大丈夫、君なら大丈夫だ……」
一人きりの部屋。泣きそうになるのをぐっとこらえながら、彼女が顔を洗う。色鮮やかな服に着替え、静かに朝食をとっていく。はた目にはなんてことのない日常の動作の連なりだが、時折、ふいに動きが止まる。そして身を縮ませる。
だがそのたびに。
強く一つのことを願ってくれる。
『彼に会いたい』
シバは彼女の心を読むのを中断し、眼を閉じた。
「僕は君のことを信じる。だから頑張れ……!」
*
社殿に戻ったのが十時過ぎ。
それでもまだ封印は条件付きでしかほどかれていない。
その条件とは、『シバのみ通さない』というもので、明らかに『前回』の彼女の願いによるものだった。
着替えを手伝う金伽羅はいたっていつも通りで、これが六回目の七月一日だということにも気づいていない。
「そういえば」
「はい?」
「どうしてお前はやめろって言ったんだ?」
「ほへ?」
少し考えて言い直す。
「予知だよ。お前はこれから出かけようとする僕に『行くな』と言うんだ」
「そうなんですかあ?」
「ああ」
それは『初回の七月一日』でのことだ。
「しかもお前は『彼女に想いを寄せてはいけない』とも言う」
「ええっ。シバ様を怒らせるようなことを未来の私が言うんですかあ?」
「そうだ。どうしてだ?」
「そんなこと言われても分かりませんよお」
泣きべそ顔は相変わらずだ。
だがこの金伽羅、数百年に一度、預言めいたことを言い出す悪癖がある。しかもそのことを当の本人は覚えていないというおまけ付きだ。
「いや、いい」
予知が述べられるのは、きまって主に災難が生じる直前で、確かにあの預言もとい忠言の直後に不可思議な出来事が起こっている。
だが今の金伽羅にはその直前を匂わせる硬質な気配は感じられない。
「じゃあ、お前は僕が彼女に会ってもいいんだな?」
「いいもなにも! シバ様がお決めになったことに口をはさむことなどできませんっ」
「じゃあ……」
少しためらった後、言った。
「僕が彼女との愛を育んでもいいんだな?」
「えっ」
金伽羅が心底不思議そうに尋ねた。
「シバ様はそのおつもりで今日のこの日を迎えられたのだと思ってましたけど……。違うんですかあ?」
あまりにまっすぐに問われたから、まるで覚悟を試されているかのようで。
ならば――即答するしかない。
「いいや。違わないよ」
「ですよねえ。はい、じゃあがんばってきてくださいねっ」
満面の笑みでスマートフォンを手渡された。
「……ああ」
その時、人間界へと繋がる扉が開く音がした。
確かに重厚な音が聴こえた気がした。
ああ、彼女は僕を強く望んでくれている。
ならば僕も――。
「じゃあ行ってくる」
「お気をつけてー」
ひらひらと手を振る金伽羅に背を向け、歩きだした僕の足は――。
やがて早足になり、気づけば駆け――。
息を切らすほど走り――。
そうして。
「北野さんっ……!」
「柴崎、くん?」
ようやく愛しい彼女に会うことができた。
何度も繰り返した七月一日――初めて彼女に会うことができた。
第二部はこれにて終了です。
次話、最後におまけ一話で完結です。




