墮勇者
依頼主はまさかの皇帝陛下だった。
まぁ何となく予想はしてしたが
聖金貨十枚出すような輩だ。
まともな依頼じゃないんだろう。
「ファイルマン少将、本当にこの子が噂の国家魔導師なのです?」
皇帝閣下の奥さんみたいな人がファイルマン少将に尋ねる。
「えぇ、間違いございません
マリアナ殿下」
因みに今は謁見の間という、だだっ広い場所に立膝をついている。
大雑把な流れを言うとこうだ。
昨日の治癒事件が新聞に載りました。
それを見た皇帝陛下が俺を呼び出した。
依頼内容は超極秘らしくファイルマン少将すらまだ分かんない。
とりあえず早くしろ、と言った感じだった。
「早速だけど、国家魔導師様だけついてきてくれるかしら?」
ファイルマン少将は「行ってこい」とアイコンタクト。投げやりも良い所だな。
何だ何だいきなり人体実験か?
全力で逃げれるように全身武装してるけどね。
◇ ◇ ◇
百メートルほど歩くと……
ていうか廊下長すぎ。
先見えないんすけど。
どでかいドアが目の前に登場。
税金の無駄遣いも良い所だな。
象だって軽く入れんじゃないの?
しかも開け閉めは魔法による自動。
「連れてきたわ、アーニャス」
「どうぞ入って下さい、お母様」
金髪セミロングヘアの美人が手を合わせて椅子に腰掛けていた。白のドレスに負けないくらい白磁の素肌。
歳は俺より上かな。
十五、六歳ってところか。
お母様って言うんだからこの国のお姫様かなんかか?
「そちらの殿方が、国家魔導師様ですか?」
「あー……うん、よろしく」
人体実験じゃないと分かり一気に気の抜けた発言をしてしまう。
マリアナさんにはガッツリ睨みつけられた。
「……くすっ、面白い人ですね
エリファス・フラメル国家魔導師様」
「今どきくすっ、って笑う女は居ないけどな
で、今日はどのような依頼で?」
「回りくどいのはお嫌いそうですね
では早速、エリファス様は古傷の治癒は可能ですか?」
「……程度によりけりだけど、難しい」
古傷はもう細胞が定着してしまっている為、かすり傷でさえ元通りにするには膨大な魔力と馬鹿みたいな時間が掛かる。
俺だって治癒魔法を覚える前についた傷は取れてない。
「良かったです
不可能ではないのでしょう?」
「そうとも言えるかな……」
そういってアーニャスは背中を向け上半身を開ける。
そこに現れたのは肩から背中の中腹にかけて付けられた切り傷。
傷は大きくないが箱入り前のお姫様の背中には不要なものだろう。
故に誰も知らなかったのだろう。
「……か、可能ですか?」
「やる前に諦めるのは筋じゃないんで……
それに……姫さまにはちょっと聞きたい事があるんで恩を売っとくのも良いかなぁーってね」
「頼もしい殿方ですね」
◇ ◇ ◇
治癒開始から三時間後、
流石にこれだけの長時間魔法酷使はした事がない。しかも治癒魔法は普通の魔法とは段違いに魔力を消費する上に、それをコントロールするためにやたらめったら集中しなきゃいけない。
エリィの額から玉の汗が滴る。
傷は跡形なく完治した。
疲労感が全身を覆う。
「ッハァ………ハァ…ハァ…………ッ」
「ありがとうございました
まさか跡形もなく治るとは夢にも思っていませんでした
これで皇子に恥じぬ体に成れました」
「侮っていたわ。国家魔導師様
本当にありがとう」
「……謝意など無用です」
ここで「どういたしまして」と感謝を柔らかく受取るようなニュアンスを含んだ言葉を言うのがセオリーだろう。
しかし今の俺の脳にはそんな思考の余裕はない。
治癒魔法で脳を酷使して意識が薄れている訳じゃない。
寧ろ鮮明だし、冴えまくってる。
その要因はひとつ。
無論、元国家魔導師の事だ。
リンの父親を殺したなら俺は許さん。
ブチのめす。
エリィにとってして見ればあの娘を濁らす奴などゴミ同然だった。
それと同時にドス黒い感傷浸っていくのが分かった。
睨んだ通り箝口令でも敷いたのか、その件に関して国内になんの記録もない事もキリーさんから既に教えてもらっている。
今回の依頼が皇帝陛下かからだったとは好都合。
ありがとう、お陰で手間が省けたよ。
薄っすらと細く微笑むエリィ。
「しかし、私達もそれ相応の礼をしなければ国民に顔向けできないというものでしょう」
言ったな?
お姫様、その言葉、忘れたとは言わせないからな?
「なら、ひとつお聞きしてもよろしいですか?」
多分俺はこの時、世前で見せた営業スマイルの何百倍も紳士な『顔造り』をしていただろう。
完璧すぎて気持ち悪いくらいに。
「えぇ、私達で答えられる範囲でなら」
「…………ではひとつ。
――三年前、暴徒と化した国家魔導師の収容先を教えてもらえませんかね?」
「何故その事をっ!?」
「………?! まさか国家魔導師エリファス・フラメル
貴方は『反逆者』の仲間でしたかっ!?」
「…………?? 何ですかその『反逆者』って」
なんかいまいち話が噛み合ってないな。
「嘘をおっしゃいっ!!
衛兵を呼びますっ!」
やべ、マジかよ。
「お母様、落ち着いてください
この方は『一切の虚構を述べておりません』」
アーニャスの一言でヒステリックに騒ぎ出したマリアナは静まった。
◇ ◇ ◇
「――という訳です」
アーニャスが一通りの説明を終える。
えーっとつまりだ。
この国が戦力増強の為に『召喚魔法』を使って『なんとかの日』に『勇者』を異世界から呼んだのが事の発端らしい。
それが六年前の事。
その『勇者』は魔法が使えない代わりものすごいステータスと剣術を持っていた。
そして五年前、そいつが突如提案したのが『国家魔導師制度』。ブランド化し国民に定着してからうなぎぼりの様に国の魔法使いのレベルが上がったらしい。
お偉いさんも、大喜びしていたらしい。
しかし四年前に忽然と『勇者』はその姿を消し、三年前、数人の国家魔導師と思われる部下を率いて国を襲ったのだとか。混乱を防ぐため事実は消し去っている。
今ではその『勇者』は王妃暗殺の第一級指名手配犯らしい。
その集団の呼称が『反逆者』なのだとか。
「お姫さん、具体的にその『勇者』はどれくらい強いんだ?」
「精鋭兵十万の軍勢に匹敵すると言われています
凄まじい成長速度で、一ヶ月足らずで大迷宮を攻略するほどの強者です」
……ますます怪しいな。
「因みに『印刷』の文化はそいつ発信だったりしない…よ……ねぇ………?」
「そ、その通りです
何故分かったんですか?」
アタマイタイ。
うわぁ、最悪の展開だ。
「その『勇者』とやらは変なコト言ってなかったか?
例えば召喚された時とか」
「はぁ? まぁ、挙動不審で気持ち悪かったですけど、敢えて言いますと召喚当時に『異世界トリップ、いぇーーーい』と叫んでいたのが印象的ですね
類稀る才を持つものは変人さんばかりのようで」
「おれの方をみるな」
もう確信犯に近いだろう。
敵はおそらく転移者。
多分、『国家魔導師制度』を導入したのは単にその『勇者』とやらがなんかの目的のために戦力を集めたかったか、
あるいは…………あって欲しくはない可能性だが魔法が使えない事で周りを疎ましく思っていた、か。
どの道放置する気は無いが後者だとやや面倒だな。
後者の場合、チートステータスの馬鹿だ。話し合いにならないだろう。
「お姫様たち的にはその『勇者』はどうして欲しいの?」
「出来るものなら排除抹消したいです、亡くなられた民の思いもあります
ですけど――」
危険ですと言いたいのだろう。
俺は王妃の言葉を遮った。
「まぁいいや、どの道そいつは俺が殺す」
もといい、リンの敵討ちの相手だ。
何も躊躇することは無い。
ふざけた野郎だ『墮勇者』。




