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アレの行方(中編)

『エッチな話』を聞いたカロリナは、信じられない気持ちでいっぱいだった。――悪い意味で。


 ピピンの話はこうだった。


「清掃のメイドから聞いたのですけれど、旦那さまってば、実はカロリナ様の下着を隠し持っているんですよ! それも引き出しいっぱいに! これも愛の形なんでしょうかっ!?」


 楽し気なピピンであるが、カロリナはめちゃくちゃ引いていた。


 男性の中には、パートナーの下着に興味を持つ者がいるらしい。知識としては知っていた。まさかユリウス様もそういうタイプだったのかしら、と唇の端を引きつらせた。

 いったいどんな下着をどれだけくすねているのか? 気になったカロリナは、状況を確認するべく彼の部屋に来ていた。


「こちらですよ~」


 ユリウスは騎士団長でほとんど屋敷にいないこともあり、屋敷の事務仕事は彼の部屋を使ってカロリナが担っている。形ばかりの執務机が置かれたがらんとした部屋で、ピピンは絵画のかかった白い壁を指し示す。

 確かそこは――


「隠し扉の中なの?」

「はい、そうです。旦那さまってば、よっぽど見られたくないんですね!」


 ピピンが絵画をちょっと持ち上げると、壁には小さな突起があった。

 そこをポチっと押すと、ズズ……と白い壁が左右に動き出す。


「一応隠し部屋ですけれど、清掃の対象になっています。ユリウス様はそのことをご存じなかったのかもしれませんわね」


 外にいることが多く、屋敷のことはカロリナと執事以下メイドたちに任せきりなユリウス。どこからどこまで清掃しているかなど、正確に把握しているとは思えなかった。


「そうですね。そもそもここは収納であり、本当に大切なものは抜け道につながる隠し部屋の方にしまうと思います。そちらは当主である旦那様とカロリナ様、執事しか知りませんから、もちろん掃除は入りません。さあ、入りましょう」


 ピピンに促され、執務室とは打って変わって石造りの隠し部屋へと進む。


 中はひんやりとしていて、積みあがっている古書のにおいがした。黄色い炎を揺らすランプに浮かび上がるのは、軍の資料や剣術の技術本、兵法の教本などである。うっすらと埃を被っているものの、かつてユリウスが学習に励んでいたことをうかがわせた。

 壁には錆びた剣や壊れた弓がずらりと掛けられている。どれもユリウスが使っていたもので、捨てられなくて取っているものだと思われた。


 高慢だ、冷酷だと評されるユリウスだが、意外と勉強家で物を捨てられない一面もある。そう知ったカロリナは自然と笑みがこぼれていた。


 ――そして、部屋の一番奥にそれは置かれていた。


「これは……」


 満面の笑みを浮かべたピピンが示したのは、猫足のついた白い引き出しである。男らしい物品が並ぶ部屋で、それは明らかに浮いていた。

 そしてカロリナは、どこかでこれを見たことがあるような気がした。


「入れ物まで可愛らしいなんて。旦那様って、見た目に反してロマンチックですよね!」


 ピピンははしゃぎながら金色のノブに手をかけ、勢いよく手前に引いた。


「……ッ!!」


 カロリナは思わず目を見開いた。

 

 そこに入っていたものは。

 まぎれもなく、女性ものの下着であった。


 丁寧に畳まれて、取り出しやすいように行儀よく収納された下着類。

 色は白、レースが豊富にあしらわれたデザインは、数年前に貴族女性の間で流行した下着店のものである。

 カロリナは、妙な動悸を感じながら一つ手に取る。今見てもデザインは可愛らしいと思う。しかし、最近の下着ではなく、昔流行ったこの下着ばかり集めているのは何故だろう。


「…………あら?」


 一つ手に取ったカロリナは気が付いてしまった。


「見てピピン。これ、わたくしが購入していたサイズではないわ」

「ええっ!? お店までお供しましたからピピンめははっきりと覚えておりますよ。カロリナ様がそちらを購入した時のサイズはBでございます。そちらには、なんと?」

「これにはCと書いてあるわ。それに――――」


 じっくりと観察してもう一つ気が付いてしまった。

 目立たないように、白い糸で刺繍が入っている。


「ベアトリクス、と記名がしてあるわ」


 低い声が、ひんやりとした部屋に響いた。

 気温が一気に十度は下がったかのように、しいんと無音の時間が続く。


「……拝見いたします」


 ピピンは固まっているカロリナからうやうやしく下着を奪い、確かに〝ベアトリクス″と刺繍があることを確認した。

 慌てて引き出しの中にある他の下着も確認するが、どれもこれもベアトリクスのものばかり。〝カロリナ″と刺繍のあるものは、一つも出てこなかった。


「ねえ、ピピン。これってどういうことなのかしらねえ?」

「ヒエッ!!」


 ご主人様から湧きあがる殺気に、ピピンはぴょんと飛び上がる。

 あれれ、どうしてこうなった? ピピンめはただ、カロリナ様と旦那様に仲良くしてほしくて――――!!??


「ユリウス様は、ベアトリクス様のことが好きなのかしら? 失礼な態度をとったり、お屋敷に火を放ったりしたのは、今流行りのヤンデレってやつなのかしら? ねえ、ピピン、どう思う?」

「ピピピ、ピピンめには、少々難しい問題です……っ」


 わなわなと震えだすご主人の背中を、ピピンは直視することができない。こんなに怒りをあらわにしたカロリナ様は見たことがなかった。

 泳ぎまくる目が積みあがった白い下着の山を捉える。こ、こんなもの――――っ!!


「い、今すぐこちらを焼き払います! だだだ旦那様には執事の方からとくとお説教を――――」

「必要ないわ」

「ヒイッッ!!」


 ゆっくりと振り返ったカロリナは、侯爵令嬢としての上面をぎりぎりどうにか保っているものの、張り付いた笑顔の隅に浮かぶ青筋がぴくぴくと存在を主張している。いつの間にか再び握りしめた下着は手の中でぐったりしており、ワイヤーがぐちゃぐちゃになっていた。


 カ、カロリナ様ってばユリウス様より怖い説出て来たな――――!? 頭の片隅でそんなことを考えながら、ピピンは侍女長としての矜持で自分を奮い立たせる。


「では、いかがいたしましょう? ベアトリクス様を、その、調べますか?」

「いいえ。ベアトリクス様はゴミ命でしたし、今やルシファー様がおります。ですからこれはユリウス様側に何か事情があるのだわ」

「では、旦那様がお帰りになったらお話し合いを――」

「いいえ、致しません。……わたくしは屋敷を出ます。あの人が事情を説明に来るまで戻りません」

「えっ…………!」


 驚くピピン。

 しかし、カロリナの顔には決意の表情が浮かんでいた。こうなったご主人様は非常に頑固であることを、ピピンは十五年の側仕え人生でよく理解していた。誇り高く気高い侯爵令嬢、それがカロリナという女性なのだ。


「……承知いたしました。至急、準備を整えます」

「悪いわね」

「滅相もございません。ピピンめは、いついかなる時もカロリナ様をお側でお支え致します」


 一礼し、速足でピピンは出ていった。

 残ったカロリナは、猫足の引き出しを前にしてはあとため息をつく。


「…………あなたの愛が本物ならば。これは何かの間違いだと説明しに来てくれますわよね?」


 白い頬を、一筋の涙が伝ってゆく。


「ユリウス様の愛の形が、わたくしには分かりません。出ていくことを、どうぞお許しくださいませ」


 ぽたり、と床に黒い染みが一つ。

 令嬢は散らかった下着をそのままに、隠し部屋を後にした。

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[一言] もうこれは笑うしかない( ´∀` )アッハッハッハ
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