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第三十話

「今、なんとおっしゃいましたか?」

「わたくしと一緒に、白夜舞踏会に参加してくださらないかと申しました」

「おお、神よ! これはなんという幸運でしょう!! ベアトリクス様がわたしをパートナーにお選びになるなんて!!!!」


 椅子から転げ落ちて地面に五体投地するミカエルに、ベアトリクスは生ぬるい視線を向ける。きらびやかなシャンデリアから降り注ぐ光が、彼の艶やかな銀髪に光の輪を作った。


「SS級冒険者のミカエル様にお頼みするなんて分不相応だと理解しております。けれども、あなたにしか頼めないのもまた事実ですの。ご面倒をお掛けしますわね」

「とんでもありません。そもそもわたしは平民出身ですから、分不相応なのはこちらですよ」


 SS級冒険者のミカエルは騎士団長と並ぶ二大英傑とされ、団長と同等の名誉ある地位にいる。しかし厳密には貴族ではないため、形式的には伯爵令嬢であるベアトリクスの方が格上となるのだ。


「実は、職業柄わたしのところにも招待状が届いていまして。ベアトリクス様をお誘いしようと出かける準備をしていたところ、ご訪問をしていただいたのです」

「そうでしたのね。でしたら、少しは気が楽ですわ」


 ホッとして胸に手を当てる様子を見て、ミカエルは心の中でグッと親指を立てた。


「念のためお伺いしますが、ルシファー君は?」

「留守番ですわ。夜間の舞踏会に十歳の子供は連れて行けませんから」

「ご英断です。その日は我々だけで楽しみましょう」

「ええ。それではまた、当日に」

「わかりました。十八時に屋敷までお迎えに上がります」


 ベアトリクスを玄関まで送り、馬車ではなく歩いて帰るという彼女の背中を見送った。


「ほんとうに素敵なお方ですね。隣に並ぶ日が来るなんて夢のようです」


 ほうと息を吐いて恍惚とした笑みを浮かべたあと、一転して表情が険しくなる。


「……さて。出てきてください、ルシファー。いるんでしょう」

『さすがだな。腐ってもSS級だ』


 背後の物陰から出てきたのは人間の言葉を話す黒い犬だった。


「腐っているのはあなたの性根でしょう。ベアトリクス様を付け回すなんて最低です」

『その言葉、そっくりそのままおまえに返す』


 瞬き一つの間に犬は黒髪紫目の少年の姿に戻る。漆黒のローブには緻密な金色の刺繍が入り、かつてそのような装束を好んで着たとある人物を彷彿とさせた。

 ミカエルは金色の目を細めて腕を組む。


「思い出しましたよ。あなたは第四王子のルシファー殿下ですね。強い魔法の力に小生意気な性格。呪いをかけられて追放されたというのは事実だったのですね」

「元、だけどな。その通りだ」


 星の市の夜に剣を交えた二人。かねてからルシファーについて疑念を抱いていたミカエルは、数々の疑惑を紐解いてついに正体を見破っていた。というのもミカエルとルシファーはかつて同じ戦場に立っていたことがあったのだ。


「ヘギドラの戦い以来でしょうか? まさかこのような形で再会するとは思ってもみませんでしたよ」


 ミカエルは兵士たちの大将軍として、そしてルシファーは王族代表として軍を取りまとめていた。当時ミカエルは全身に鎧をまとっていたし、ルシファーも深くフードを被っていたことから、互いの顔はほとんど知らなかったし興味も無かったのだった。


「〝前線に漆黒の魔法使いが見えたならば、神はその者から背を向けることを許すだろう″でしたっけ。死神とも呼ばれた王子殿下?」

「ふん。おまえこそ〝死を呼ぶ銀狼″とかいう無慈悲な男のくせに、ベアトリクスの前では形無しだな」

「誉め言葉として受け取っておきましょう。今日のわたしは機嫌がいいのです」

「ベアトリクスは何の用で来たんだ?」

「知りたいですか?」


 得意気に鼻を鳴らすミカエル。その態度に心底イライラしたルシファーだが、なぜベアトリクスがこの男の家を訪ねたのか知りたくて必死に気持ちを抑える。今朝「ゴミ拾いの前にミカエル様の家に行ってくるわ」と聞いてから気が気ではなかったのだ。


「可哀相な王子殿下に教えて差し上げましょう。実は、白夜舞踏会にご同伴する栄誉にあずかったのです」

「なっ! そんなの嘘に決まっている。おまえが無理やり頼み込んだんだろう」

「ふっ。どうとでも言えばいい。結局、わたしとベアトリクス様が共に参加するという事実は変わらないのですから」


(こっ、こいつ……!!)


 余裕の表情を浮かべる目の前の男が憎たらしくてたまらない。そして同時に、どうして自分を誘わないんだという怒りがふつふつと湧いてくる。


「ああ。ベアトリクス様に誘われなかったからといって彼女に不満を持つのは筋違いですよ。さすがにフットマンにも見えぬ少年にエスコートは頼めないでしょう」

「くっ……」


 唇を噛むルシファー。

 分かっている、そんなことは。このような姿である以上、たとえ声を掛けられていたとしても応えることはできなかった。幼い少年を侍らせているのかと注目され、彼女の名誉を傷つけることなどできるはずもない。


「そういうことです。では、わたしはクエストに出かける準備をしますから。あなたもせいぜい店番に精を出してください」


 すたすたと屋敷に入っていくミカエルを、ルシファーは苦々しい気持ちで睨みつけることしかできなかった。

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[一言] 背が低いことがこれほど悩ましいとはね(;'∀')
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