第十七話
「ベアトリクス様の屋敷に近づけなくなっていたんですよ。守護陣を敷いたのは君ですね?」
「さあ? なんのことか分からんな」
「しらばっくれないでください。というか、守護陣を敷ける魔法使いなんてそういませんよ。一体あなたは何者ですか?」
このSS級冒険者はほんとうに暇らしい。クエストがない日はリサイクルショップに来店してルシファー相手にねちっこく話し掛け続けるのである。話題はもちろんベアトリクスのことだ。
「ほら、客が来た。邪魔だから帰れ」
「いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか」
「まあ! ミカエル様!? こちらで何をなさっているのです!?」
カウンターから出てきた笑顔のミカエルに驚く女性客。両手を口元に当てて頬を染めている。
(外面がよすぎるんだよ、こいつは)
「こんな少年ひとりで店番は心配ですからね。休みの日は手伝いに来ているのですよ」
「お優しいのですね、ミカエル様は! さすが最強の冒険者様です」
きらきらした笑顔に女性客は目をハートの形にするが、本性を知っているルシファーは胡散臭くて仕方がない。勝手に従業員ぶり始めたことに突っ込みを入れる元気もなく、やりたいように振る舞わせた。
女性客は買い物を終えた後、名残惜しそうにミカエルに話しかける。
「ミカエル様は、来月の星の市には参加されますか?」
「ああ、もうそんな季節になるのですね。例年はクエストで忙しく参加は叶いませんでしたが、今年は参加してみましょうかね」
顎に手を当てて何か逡巡する様子のミカエル。
「……! じゃ、じゃあ、よかったら私と――」
「レディ。お申し出はとても嬉しいのですが、わたしにはもう心に決めた女性がいるのです」
「そっ、そうなのですね! ミカエル様なら当然ですね」
顔を赤らめて恐縮する女性。ミカエルは紳士的な所作で出口までエスコートし、彼女を見送った。
カウンターの奥でふたりを観察していたルシファーは嫌な予感がした。
(おい。まさかベアトリクスを誘うつもりじゃないだろうな)
星の市というのはグラディウス王国におけるお祭りのようなものだ。年に一度開催され、多くの出店が並び、夜には花火も打ち上がる。この日は祝日扱いとなるため家族や恋人で出かけることが習わしとなっている。
「――というわけで。わたしはベアトリクス様をお誘いします。くれぐれも邪魔しないようお願いいたします」
「……俺の知ったこっちゃない。好きにしたらいいだろう」
「ご許可いただきありがとうございます」
わざとらしく礼をするミカエルに、ちっと舌打ちをする。
好きにしたらいいだろうというのは本心だったが、どうにも面白くなかった。
◇
その晩の夕食の席にて。やっぱり不愉快なルシファーは、先にベアトリクスに言ってしまうことにした。
「今日もミカエルが店に来た。で、星の市におまえを誘うと言っていた」
「そうなの。ミカエル様って、お暇なのかしら?」
ベアトリクスも同じ感想を持ったことに、どことなく嬉しい気持ちになるルシファー。
「星の市のお誘いはありがたいけれど、お断りするわ。わたくしも出店する予定ですし、例年翌日は大量のゴミが落ちていますから、早く寝て備えないといけないのよ」
「そうか」
その返事に、つい頬が緩んでしまう。
(残念だったな、ミカエル。ベアトリクスはおまえとは行かないそうだ)
ほくそ笑む彼を見てベアトリクスは怪訝な顔をする。
「どうしたの? ニヤニヤしちゃって」
「いいや、なんでもない。じろじろ見るな」
誤魔化すように勢いよくパンを頬ばり、スープで流し込んだ。
「ああ、話は変わるけどルシファー。わたくし明日はゴミ拾いではなく孤児院を訪問する予定なの。あなたも行かない?」
「孤児院? 店番はいいのか?」
「ええ。わたくしにとって孤児院の訪問はゴミ拾いと同じくらい大切なの。あなたにも一度見てほしいと思って」
聞けば、月に一度ほど古着や保存食などを持って孤児院に寄付しに行っているのだという。孤児院は平民街の外れにあり、お世辞にも治安がいいと言えない区画にある。
グラディウス王国は正義感の強い騎士や傭兵、冒険者が多い反面、怪我がもとで働けなくなった者が徒党を組み犯罪を起こすいうことが社会問題になっている。
(正直孤児院に興味はないが、あの場所にひとりで行かせるのは心配だ)
A級冒険者並みの身体能力を持つベアトリクスといえど、元冒険者の男たちに囲まれたら無傷で帰れるとは思えない。
「……わかった。着いて行こう」
「ありがとう! じゃあ8時に出発するから、よろしくね」
ルシファーの心の内を知らないベアトリクスは、嬉しそうににこりと笑った。





