第十六話
「こんにちは。あなたがルシファー君ですか? って、君はこの間の……」
昼過ぎに来店した、いかにも高価そうな装備をまとった白銀の髪の男。背は百九十ほどで、年齢は本来のルシファーより二つ三つ上にみえる。
(胡散臭い笑顔を浮かべやがって。こいつの本性はろくでもないぞ)
げっという顔をして押し黙るルシファー。するとミカエルは、ああ、とわざとらしい表情を作った。
「君は口がきけないのでしたね。筆談しましょうか? ああでも文字を書けないですね……」
「……何の用だ」
「おや、話せるのですか。これは失礼しました」
「何を買いに来たんだ」
「まあまあ。少しお話をしませんか」
にこやかに言って売り物の椅子に腰をおろすミカエル。
「嫌だね。営業妨害だから今すぐ帰れ。ドアはあっちだ」
「そんなに威嚇しないでください。僕は無害ですよ」
(毒気しか感じないぞ)
威嚇するルシファーをまるで気にしないミカエルは、なんでもないように話を切り出した。
「君はベアトリクス様と暮らしているのですか? 先ほどベアトリクス様がそうおっしゃっていたのですが」
「本人が言うならそうなんだろ。どうしてわざわざ俺のところに来るんだ」
「むろん、寝室は別ですよね?」
「はあ? 当たり前だろう!」
この男は何を聞くのか。そんなことを聞くためにわざわざやって来たのか?
(SS級冒険者ってのは暇なのか?)
二大英傑と呼ばれる片割れの騎士団長は寝る間も惜しんで鍛錬をしていたというのに。
「屋敷でのベアトリクス様はどのような様子なのですか?」
不敵な笑みを浮かべたまま質問を続けるミカエル。長い脚を組みすっかり椅子でくつろいでいて、買い物をする気配は微塵も感じられない。
「おまえに教えられることは何ひとつない」
「つれないですね。では、普段使用なさっている石鹸はどちらのものでしょう」
「知るか。浴室も別々だからな」
「それは残念」
(こいつ……ストーカーか?)
ぞわりと背筋が逆立ち急に寒気を感じた。たとえベアトリクスに好意を寄せているにしたって、使っている石鹸に普通興味を持つだろうか?
彼女の身辺にこんな恐ろしいやつがいただなんて! ベアトリクスの前では紳士然としていたが、中身はただの変態ストーカー野郎じゃないか。
ルシファーはきっとした目つきで目の前の男を睨みつける。
「これ以上話すことはない。帰れ」
おや、ととぼけた顔をするミカエルを忌々しく思い、ルシファーは唇を固く引き結んだ。
懲りずにあの手この手で情報を引き出そうとするミカエルだったが、呼びかけに反応しなくなった彼を見て、やがて諦めたようだった。
「では、この椅子を貰っていきますよ。お釣りはいりません。それではまた。……黒いワンちゃん」
「…………!」
はっとするルシファーだったが、ミカエルはウインクしながら椅子を担いで店を出ていった。
(あいつ、俺の変化を見抜いていた……?)
ふざけた野郎だと思っていたが、冒険者の最高峰SS級というだけあって油断のならないやつだ。やつが本気を出せばベアトリクスの屋敷に侵入することなんて容易いだろうし、攫って無理やり自分のものにするということもできるだろう。
ルシファーは明確な危機感を覚えた。
(帰ったら屋敷に守護陣を敷いた方がいいな)
はあ、と深くため息をつき、ミカエルの残していった硬貨を引き出しにしまうルシファーだった。





