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第十五話

 その冒険者は腰まである銀髪を一つに結わえ、腰には大きな剣をはいている。上背があり体つきはがっしりとしているが、丸太というよりはしなやかな小枝のような雰囲気を漂わせている。柔らかな表情を浮かべている一方で、切れ長の金色の瞳に油断はない。

 通りがかった女性が『見て見て! ミカエル様よ!』『麗しいわね。お相手の女性は誰かしら? 妬けるわ』と黄色い声を上げて騒いでいる。


(ミカエル? 覚えのある名だな)


 そしてルシファーは正解にたどり着く。恐らくこの男はSS級冒険者のミカエル・フリザードだと。グラディウス王国の騎士団長と並んで二大英傑とも呼ばれている傑物だ。


 そんな男がどうしてこんな場所にいるのかと疑問に思うと同時に、ベアトリクスに向ける表情がどこか気に食わない。

 ルシファーは黒い犬に姿を変え、更に近づいてみることにした。


「ミカエル様は、今日はお休みですの?」


 ティーカップを受け取ったベアトリクスがにこやかに応じる。

 ミカエルは道の向こう側から近づいてきた黒い犬をちらりと見た後、彼女の手を取って唇を落とす。


「ええ。昨日クエストが終わって帰ってきたところです。朝食を買いに出てきたのですが、まさかベアトリクス様とお会いできるとは。嬉しい偶然です」

「あら。SS級冒険者様はお世辞までお上手なのね」

「おや、それは心外です。久しぶりにお会いしましたが、相変わらずつれないお方ですね」


 犬の姿のルシファーは、ミカエルの言葉に吐き気を催した。


(こいつはベアトリクスのことが好きなのか? 鼻の下を伸ばしやがって気色悪い)


 ミカエルという名は知っていたが、人となりについては『紳士然とした態度と美貌で女性人気が高い』という程度しか知らなかった。こんなに甘い言葉を吐くやつだとは知りたくもなかったと思う。


「貴重なお休みなのですから、わたくしを相手に食事するより、もっと有意義に時間を使ったほうがよろしいのではないですか?」

「いえ、最高の休日ですよ。それに、きっと気に入っていただける話を持ってきたのです」


(ミカエルから誘ったのか。……そうだよな。ベアトリクスがゴミ拾いを差し置いて男と食事するわけがない)


 ほっと息をつくルシファー。


「お話とはなんですの?」

「件のことですよ。クエストの帰りに王国の北部でちょうどいい土地を見つけたのです。近くにハニム運河が流れていますから、荷の運搬も容易く行えるかと」

「まあ! それは確かに朗報ですわ。詳しく聞かせていただけるかしら」

「もちろんです」


 ルシファーが分からない話に花を咲かせるふたり。ベアトリクスはミカエルにどこか一線を置いているように感じるものの、くだけた様子で楽しそうだ。

 ルシファーは早々に飽き、そしてしだいにイライラし始めた。


(ちっ。面白くないな。いつまで話してるつもりだよ)


 ベアトリクスがゴミ以外のことで楽しそうにしていることがあるなんて知らなかった。その相手がよく知らない男だということも不愉快だ。

 ルシファーはその場を離れ、物陰で人間の姿に戻る。


(やめだやめだ。仕事に行くぞ。俺は真面目だからな)


 今しがた目にした光景を振り払うようにリサイクルショップへ急ぐ。


 仕事に集中して忘れようと思ったのに、昼過ぎになぜかやって来たミカエルによって、その願いは叶わぬものになったのだった。

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