第十四話
「それで、話の続きだが。俺は師匠と直接揉めたわけじゃない。父に勘当された現場に師匠がふらっと現れて、『餞別じゃ』とか言って面白半分で呪いをかけたんだ」
「面白半分!?」
「ああ。あのひとはそういう人だ。面白いかそうでないかが全ての判断基準だ」
(だ、大魔法使い様ってすごいのね……!)
面白半分で、若返るという見たことも聞いたこともない高等魔法をかけるだなんて。
「大魔法使いとは常人とはかけ離れた存在だ」「決して怒りを買ってはならない」ということは淑女教育の折に学習したが、ほんとうにとんでもない人物のようだ。
「まあ俺の話はもういいだろう。それで、今日は屋敷の大掃除をするんじゃなかったのか?」
「……! そうでしたわ! ルシファー、あなたには店番を頼もうと思っていたのだけど、その姿ではまずいわね」
もともと美少年ではあったけれど、今のルシファーは不自然なくらい美しすぎる。顔立ちは芸術品のように整っているし、背格好も堂々としている。やや細身ではあるが、滅多にお目にかかれないほどの美青年なのだ。平民街のリサイクルショップにいては要らぬ混乱を招くだろう。
「掃除は御免だぞ」
こういう生活になってから、ルシファーは自分が潔癖気味であることを発見した。
ゴミに関してだけはどうにも我慢ならないというか、手伝おうという気持ちになれないのである。与えられた自分の部屋も、毎日隅々まで洗浄魔法をかけてぴかぴかにしているくらいだった。
「じゃあ、あなたは休んでいて構わないわ。元からひとりでやるつもりだったから大丈夫よ」
特に気分を害した様子もなくベアトリクスは答えた。
その天真爛漫とした笑顔を見て、ルシファーは少しだけ罪悪感を覚えた。自分の方が年上で、今は大人の姿だというのに、我儘を言ったように思えたからだ。
「…………じゃあ。そのかわりに殺鼠剤を作ってやるよ。嫌いなんだろ、鼠」
「殺鼠剤を? そんなものがあるの?」
目を丸くするベアトリクス。
「ああ。戦地にいたとき食糧を食われないように作っていたんだ」
ちょっと来いよ、とルシファーに促されるままにふたりは庭へ出る。
さまざまな草木が豊かに茂る畑から、彼は黄色い小さな花を咲かせた草を手に取った。
「キクの一種だ。この薬草には血液を固まりにくくする作用があって、害獣の駆除に使われる」
「すごいわ! ルシファー、あなたは物知りなのね」
「戦地に行く者は皆知っているぞ。それを日常生活に生かそうと思う奴がいないだけだ」
自分で言って、ルシファーは自分で気が付いた。この国は鍛錬が最優先で、勉学は二の次だ。だからこのように日常でも便利に使えるアイデアが埋もれ、浸透していないのだと。
勿体ないな、と思った。
「とても嬉しいわ。姿を見る前に駆除できるんだもの。じゃあルシファー、お願いね」
「ああ」
ふたりは互いの仕事に精を出した。
夕方、適度に疲れた身体でとる夕食は、いつもよりも美味しく感じたのだった。
◇
翌朝。いつもより遅れて厨房に現れたルシファーは、やはり子供の姿だった。
「おはようルシファー。やっぱり一日で戻ってしまうのね」
「そうみたいだな」
ふわぁ、と欠伸をするルシファーはあまり気にしていないようにみえた。
それはそうだ。そもそも彼は死に場所を探しているところを拾われたくらいで、現状生き死にに頓着がない。ベアトリクスへの責任を取ったらもう思い残すことはないから、自分の姿が大人だろうが子供だろうがどうでもよかった。
「わたくしはゴミ拾いに行くから店番をお願いしてもいい?」
「分かった」
すでに朝食を終えていたベアトリクスは先に屋敷を出た。
◇
彼女から遅れること一時間。ルシファーも屋敷を出てリサイクルショップを目指して歩いていた。
天気は快晴で、暑くも寒くもなく過ごしやすい陽気だ。
(ほんと、毎日毎日よくやるよなぁ。あの小さい身体によくそんなエネルギーがあるな)
子供の姿のときには分からなかったが、昨日大人に戻ってみると、ベアトリクスがとても小さく見えた。そして豊かな金髪の中に可愛らしいつむじが二つあることを発見した。
(次の新月は一か月後か。まあ、月に一度くらい戻るのも悪くないな)
そんなことを考えながらカフェの前を歩いていると、つむじが二つある金髪女性の後ろ姿が目に入った。
「ベアトリクス……?」
はて、ゴミ拾いに行ったはずだが? と思いながら見ていると、ティーカップを二つ持った男性が彼女の向かいに腰を下ろした。
「……は??」
唖然として立ち尽くすルシファー。ベアトリクスと男性は親し気に会話をし笑い合っている。そして、その男性には見覚えがあった。
(金貨の冒険者――!)
ベアトリクスの髪に付いた塵を、愛おしそうな目をして取り除く男性。それはかつて、自分を口のきけない物乞いの子供と勘違いをして金貨を与えていった冒険者だった。





