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第十話

 サイクロプスを倒し、木こりを救出したベアトリクス。散乱した瓦礫の後片付けをしているところへルシファーが出ていく。


「おう」

「ルシファー! どうしたの、こんなところで。お留守番しているはずじゃなかったの?」


 くるりと振り返って驚くその表情は優雅な貴族令嬢そのものだ。つい今さっきまで華麗な戦闘をしていた鬼神はどこへ行ってしまったのだろうか。


「なんか、大変そうだったな」


 彼はそう言って、目の前に横たわるサイクロプスを憐みの目で見る。


「見ていたの。大丈夫だった? 怪我してない?」

「いや……。助けに来たつもりが、必要なさそうだったから見学してた。……見事だった」

「まあ! 助けに来てくれたなんて。そうね、ルシファーは魔法が上手だものね。ありがとう。でも、危ないから次からは来なくて大丈夫よ。あなたが怪我をしたら悲しいわ」


 そう言ってベアトリクスはルシファーの頬を撫でた。大きな青い瞳で心配そうにルシファーの顔を覗き込む。

 子供扱いされたルシファーは、途端に顔を赤くして「やめろよ!」とその手を振り払う。


「あらあら。照れ屋なのね、ルシファーは」と笑われたことも更に恥ずかしい。誤魔化すように話題を変えた。


「そんなことより。戦いなんてどこで覚えたんだ? 貴族令嬢は剣なんて嗜まないだろう」


 グラディウス王国は剣の国。しかし血気盛んなのは男性だけで、女性は家事や育児を請け負い家にいるのが一般的だ。控えめでおっとりした性格が好まれるため、貴族令嬢は当然そのように育てられる。剣の代わりに針を持ち、刺繍や歌などを学ぶのだ。


「実は、ゴミ拾いをしているうちに少し鍛えられたのですわ」

「ゴミ拾いで、少し?」


 ベアトリクスの言う「少々」「少し」は程度がおかしいことをルシファーは学習していた。しかしゴミ拾いと戦いのスキルが結びつかず、腕を組んで小首を傾ける。

 ベアトリクスはおもむろにキュロットパンツの裾を持ち上げた。


「なっ! 何をしている!?」


 なるべく肌を見せないことが貴族女性の美徳だ。急に足を露わにした行動にルシファーは顔を赤くする。


「ほら、ここを見て! 毎日ゴミを拾い続けたおかげで足の筋肉が素晴らしく発達したのよ!」

「はあ?」


 混じりっ気のない笑顔が眩しい。

 恐る恐る露出したふくらはぎに目をやると、そこにはしなやかで形のいい筋肉がついていた。

 男たちのごつごつした筋肉とは違い、白い足に可愛らしく飛び出た腓腹筋とヒラメ筋。彼女のすらりとした白い足がいっそう美しく感じられた。


 筋肉にトラウマのあるルシファーだが、彼女の健康的なそれは不思議と嫌な気持ちにならなかった。

 にこにこしながらベアトリクスは続ける。


「腰回りもいい具合に引き締まっているの。見てみる? ルシファーはまだ子供だから、特別に見せてあげてもいいわ」

「いやいい」


 食い気味に返事をするルシファー。


「あら、そう。――それでね、剣の扱い方は騎士をしている父と兄の鍛錬の様子を参考にしているの。森では魔物と遭遇することも多いから、あとは実践で経験を積んだっていう感じよ。もちろん敵わない相手と遭遇した時は、戦わずに全力で逃げるけれどね」

「な、なるほど……?」


 なんだか当然のように語っているが。貴族令嬢が見よう見まねで短刀を振り回し、A級冒険者がクエストを受けるようなレベルの魔物を倒すなんてとんでもない話だ。ゴミ拾いが鍛錬になっているなど馬鹿馬鹿しいにもほどがある。


(この令嬢は、いつも想像の斜め上を超えていく)


 どっと疲れを感じたルシファーはもう帰ることにした。危機は去ったのだから長居する必要はない。


「俺、帰るわ」

「分かったわ。わたくしはここを片付けてから帰るわね。気を付けて帰るのよ」


 踵を返したルシファーだが、あ、と大切なことを思い出す。


「これ。やる」


 ポケットから取り出したのは昼間に冒険者からもらった金貨だ。


「金貨じゃないの! どうしたの、これ」


 驚き慌てるベアトリクス。一般的な伯爵令嬢からしたらそう珍しいものではないだろうに、彼女はひどく眩しそうな表情でそれを見つめる。


「もらったんだ。お前にやる」

「も、もらった? でも、金貨よルシファー。あなたがもらったのなら自分のために使いなさいな」

「俺は金なんかに興味ない。だからおまえにやる。……その服はもう着られないだろ。新しいの、買えよ」


 ベアトリクスは自身の服に目を落とす。サイクロプスとの戦いで動き回ったせいか、冒険者服には破れやほつれができていた。縫えばどうにかなるかもしれないが、見栄えが悪くなるのは避けられない。


「わたくしの心配は要らないわ。この服は銅貨十枚もあれば揃えられるのよ」

「……残った金で、なんかいいもん食えばいいだろ。たまにはよ」

「でも……」


 珍しく歯切れの悪いベアトリクス。喜ぶわけでもなく、素直に受け取るわけでもない彼女に、ルシファーはだんだんと顔が赤くなってくる。


「いいって言ってるだろ! じゃあな!」


 ぶっきらぼうに言い放つルシファー。

 困惑するベアトリクスを残し、彼は再び鷹に変化して全速力で屋敷に戻ったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 子供にならね、見せても不自然ではないですね( ´∀` ) 逆に大人の男性に足を見せた前の方が羞恥心大丈夫か状態でしたよね(;'∀')
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