9.隣国到着
「壁が見えてきたよー!」
隣国の地方都市は、王国の国境付近の村と違って、頑丈そうな壁が張り巡らされている城塞都市だった。
王国のそびえ立つ三の門よりも高く頑丈そうだ。
けれど、こちらから見える門は、固く閉ざされている。
「とりあえず行ってみよう」
動物たちは特に反対する意思はなさそうで、黙ってついてくる。
「今夜は、宿とれるといいねー」
荷物をたくさん詰んだ商人のキャラバン隊でも三日もあれば辿り着ける距離を、一週間かけて歩いてきたので、身体中が埃っぽい。出来ればお風呂に入りたい。
「やっぱり門開いてないねー」
ここまで来て町に入れないとかあり得ない。
馬車用の大きい扉の隣に、人サイズの小さめな木の扉があったので、それに賭けてみる。
ドンドンドンドンドン!
「こんにちはー!入れてくださーい!」
お願いしてみた。
ドンドンドンドンドン!
「助けてくださーい!」
少しだけ、必死な感じを出してみた。
すると、少しだけ扉が開いた。
「あ!助けてください!中に入れてください!怪しい者じゃないんです!」
や、怪しいよな、と思いつつも叫び続ける。半泣きで。
もう少しだけ扉が開いて、中から軽鎧を着て、武器を持っている兵士っぽい人が出てきた。
「なんだ、子どもではないか」
子どもじゃないです!
でもここは子どもの方が有利かも!
「なぜ一人で門の外に?」
「ずっと森の街道を歩いてきたんです。町の中で休ませて下さい」
「馬鹿な!子ども一人で『森』を歩ける訳がないだろう」
「え?」
「どうやって外へ出たのだ?ここは俺たちが封鎖していたはずだ」
「いえ、元々外にいたんです」
「親はどうしたんだ?」
「いません」
多額のお金と引き換えに私を教会に売った両親が、今何をしているのかなど、知らないし、知りたくもない。
別に貧乏でも、お金に困っていた訳でもない家庭だったにも関わらず、モノのように売られた。
お金を受け取った時の両親の嫌らしい笑いは今でも覚えているけれど、覚えていたい訳じゃない。
生きているのかもわからない。
もうなんとも思ってないから心底どーでもいい。
わざわざ恨むエネルギーももったいない。
でも忘れられないのが悔しい。
「お前は薄汚れてはいるが、家畜を連れているし、孤児には見えない。…家出でもしたのか」
「してません!親に売られたんです。売られた先でずっと働いていたのですが、役立たずは出て行けと言われて彷徨ってました。あとこの子たちは森付近にいたのを保護したんです!」
嘘は言ってない。
「それは…大変だったな」
兵士さんが、急に優しくなりました。
「入れ」
「ありがとうございます!」
か弱い女(幼女)一人と家畜だけなせいか、あっさりと隣国に入れてもらえた。良かった。
「こっちだ。このご時世だからな。簡単な調書を取らせてもらう。…あ、家畜はその辺に繋いでおけ」
「はーい」
繋げと言われてもロバさん以外、放し飼いなので、とりあえずロバさんだけ門番小屋の街頭に繋いでおく。
「ヤギさんたちはここにいてね」
「メェ~」
「コケ」
賢い子たちだから多分大丈夫だよね。
「ニャー」
「あ、プラタは一緒に来るのね?」
門の駐在所?みたいなところに入ろうとすると、プラタがヒラリと肩に乗ってきた。爪を立てさせないように安定してから動く。
顔に触れるモフモフは至福だけど、首に爪を立てられるととても痛いからね。
「にゃっ」
そんなことする訳ないじゃないのの「にゃっ」だね。
***
「そこに座ってくれ」
「はい」
門番の兵士さんは、三十代くらいの真面目そうなフツメンさんだ。
「名前は?」
「ジルヴァラ」
平民なので家名はないよ。
「ではジルヴァラ、つい先日、我々帝国がこの国を併合したのは知っているか?」
この人、北の帝国の人なのか。
この国の門番さんじゃないから、アッサリ入れてくれたってこと?
「…なんとなく?」
風の噂で聞いてたけど、詳しくは知らない。
「だが安心しろ、民には手出ししていないし、掠奪行為などもしていないからな。お前の知り合いも無事だろう」
「そうですか」
やっぱりこの町の人だと思われてるんだ。
それならそれでいいか。
否定も肯定もしないでおこう。
「で、『森』にいたのなら、魔獣はどんな様子だった?」
「えっと…」
森の様子?
「いつもより魔獣が多くて…」
「ああ…それは、我が帝国軍が、魔獣討伐しながらこの辺境都市に進軍したせいだな。やはり討伐されなかった魔獣は、『森』へ逃げ込んだのか」
たっくさん来ましたよ。森を抜けて王国に。
大結界あったから何事もなかったけど。
戦争吹っかけてきたって言われても過言じゃないと思う。
たぶん王国の人は誰も気づいてないけど。
門番さんは、私について軽く質問をしてから、今のこの国の状況とか、門番さんの出身国である北の帝国の話をしてくれた。
いい人だ。
「すまないジルヴァラ。そろそろ巡回の時間だ」
「うん」
聖女としか呼ばれてなかったから、自分の名前を呼ばれるのが新鮮でことのほか嬉しい。
「今夜は宿をとるのか?巡回のついでに途中まで送ろう」
「うん」
「泊めてくれるような親戚や知り合いはいないのか」
「いない」
「宿代はあるのか?」
「大丈夫です」
王国の門番夫妻からの遺産があります。
「そうか」
北の帝国の兵士さんは善い人だった。
王国の、私を守ってくれていたはずの衛兵さんよりも、私が身を削って護っていたはずの王国民よりもずっとずっと善い人だった。
***
「さて、これからどうしようか」
北の帝国の兵士さんに、家畜も預けられて出来ればお風呂のある宿屋さんがないか尋ねたら、この国にはテルマエという公衆浴場の文化があることを知りました。
で、早速行ってみたら、老若男女入り乱れてて、みんな裸になってお風呂に入ってて凄かった。
私は子ども枠でカウントされてて無料だった。解せぬ。
テルマエでおばちゃん達に話を聞いてみたら、敗戦国で、敵国の支配下にあるといっても、占領されて既に1ヶ月くらい経ってるのと、北の帝国の紳士的な支配下にあって、むしろ前よりも治安が良くなったらしい。
死んだり怪我したりした兵隊さんは気の毒だけど、国民にとっては良かったのかな?
そんな訳で、久しぶりにお風呂でさっぱりして、宿のお部屋でゴロゴロしています。
ロバさんとヤギさんとニワトリさんは宿の家畜小屋に入れて貰いました。
お部屋は動物禁止だけど、プラタは白いファーストールに擬態してコッソリお部屋にいます。
子どもが一人で宿屋に行っても相手にしてもらえないかもって言って、門にいた親切な北の帝国の兵士さんが、わざわざ一緒に来てくれて手続きしてくれた。ほんといい人。
宿代は、王国の門番夫妻の家から貰ったやつ。
お金とかもう遣えない場所に逝ってしまったので許してくれると思います。
「ニャー」
「そうだよねー、稼がないと宿にも泊まれないよね」
「ニャー」
「うんうん、働かざる者食うべからずだよね。
あれ?でも私、聖女として10年間ずっと働いてたけどお金とか貰ったことない」
「ニャ…」
「ん、まあ、子どもが大人に搾取されることなんてよくあることだよね」
「にゃ…」
「あ、ちがう、私15歳だし、大人だった」
学園を卒業したら大人なんだよ。
「ちゃんと学校にも通いたいなあ。
北の帝国には世界で一番大きな魔法学校があって、色んな国から学生が集まってきて色んな研究をしてるんだって!ちょっと行ってみたいよね!」
親切な門番さんも通いたかったけど、魔力が低くて入学出来なかったんだって。
私、魔力だけならたくさんあるから大丈夫だと思うんだ。あ、でも勉強しないと無理かな。
「…」
プラタはもう相槌もうってくれなくなって、ベッドに丸くなって目を瞑っている。寂しいぞ!
「とりあえず、明日は冒険者登録しようと思う」
テルマエや宿の人に聞いたら、冒険者登録しとけば、身分証明になって色々便利なんだそうだ。
出来そうな依頼を細々と受ければ良いみたい。おつかいくらいなら、世間知らずな私でも出来るはず。
薬草探しとかなら、プラタいるしなんとかなると思うんだよね。
私には毒草も薬草も見分けつかないけど。
「というわけでよろしく!」
丸まっていたプラタは、わかったよっていうふうに、顔だけ上げて、また丸くなった。
私も寝よ。
明日のことは明日やろ。




