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8.聖女不在


「魔獣が現れただと?そんなはずないだろう」


王城では、この国の宰相が、アレフ第一王子に、王国の西の端の村に魔獣が現れたとの第一報を入れていた。


最近の国王は、政治に全く無関心で、王妃とともに東の離宮に籠もっており、王としての仕事は実質的には第一王子が行っていた。


君主交代の時期にはよくあることで、正式な退位の前の、いわば訓練期間的な意味合いが強い。


元々、肥沃の大地に、穏やかな天候、大結界のお陰で、魔獣の脅威や天災もない国だから出来ることである。


加えて他国とは、外交と呼べるほどの交流もなく、誰が王になっても、よっぽどの悪政でも行わない限りは、国内の貴族や民たちは穏やかに過ごせていたのだった。


今までは。


「ですがアレフ第一王子殿下、魔獣は西の村を襲い、そこに住んでいた民たちを喰らい、次の村へと移動しており、付近の町や村から、一刻も早い救援を求められております」


「この国に魔獣がはいりこむなど有り得ない!

この国は、丸ごと大結界に護られているのではないのか!教会は何をしている!」


第一王子は、苛立ちを隠そうともせず、声を荒げた。


「現在、長年この国を覆っていた大結界は消滅しております」


「さっさと張りなおせ!」


「結界を維持していた聖女ジルヴァラが国外追放されましたので無理かと」


「あいつは怠け者の偽物だ!

真の聖女は心の美しいミリアリアなのだ!」


「教会は、先だって以来、聖女ジルヴァラ様の捜索と復帰を求めておりますが?」


宰相はため息を吐きながら第一王子の問いに答える。


「あの女は偽聖女だと言ってるだろう!

あやつらが真の聖女であるミリアリアを蔑ろにしているのではないか?

そのせいで神の怒りが降りてきたのだっ!

そうだっ!真の聖女ミリアリアの就任式を大々的に開催するのだ!」


「平和な時ならそれもよろしいかと思いますが、今は、大型の魔獣が王都に向かってきている以上、それに早急に対処せねばなりません」


「騎士団を派遣すれば良いだろう。

いや、ダメだ、それだと王城の守りが…そうだ!平民に武器を支給して魔獣と戦わせれば良い」


「…訓練もしていない者を前線に出しても何の意味もありませんよ」


「肉壁くらいにはなるだろうがっ!」


「そもそも、すべての平民に行き渡るような武器など、この国にはございませぬ」


「なぜだっ!」


「聖女様の絶対的な結界が張られていたからにほかなりませぬ」


「くそっ!ジルヴァラのせいか!」


「聖女ジルヴァラ様は、この国を出るまでは大結界を維持なされていたと考えられます。

結界の魔石と術式から、あれ程離れていてなお維持出来るなど、過去に類をみないほどの強い力を持つ聖女ということです。

大結界は、聖女が結界の外に出た瞬間に消滅します。

先代聖女である王妃様から、ジルヴァラ様へと交代された時は、祈りの力は絶えることなく注がれ続け、問題なく交代されました。

聖女交代時には、新しい聖女が予め充分な力を注がねば、結界は消えてしまうということは、王族であれば誰でもご存知のことと存じ上げますが」


「やはり、ジルヴァラのせいなのだな!あの女、国外追放などと甘い処罰をするのではなかった。処刑すべきであった!」


「は?…ですから、大結界は聖女ジルヴァラ様が維持管理していたのです。

処刑などしたら、その瞬間、結界は消滅します。現在も消滅しておりますが」


「教会は何をしているんだっ!普段あれだけ大口を叩くばかりで、何もしないではないかっ!」


「教会は…そうですね。腐敗していたようですね」


「教会に抗議しておけ。

金の無心をする前にやるべきことをやれと」


「承知しました…聖女ジルヴァラ様の捜索は」


「ミリアリアがいるだろう!」


「…教会は、ミリアリア様では、大結界の術式を起動することは出来ないと申しております。

なのでジルヴァラ様をお探しした方がよろしいのでは、と」


「煩いっ!下がれ!」


「はっ」


「…無能どもめ。

あやつらが役に立たないから、私がいつも苦労するのだ!

今日の執務は終わりだ!ミリアリアのところへ行く!」




とてもとても長い間、この国には戦いがなかった。


王侯貴族や、民、それらを守る騎士団ですら危機感というものを欠いていた。


ただ、聖女だけが戦い、古き王国を護り続けていたのだ。


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