5.聖女解放
「…っ!ふわぁぁぁぁ!」
突然、何もかもがクリアになった。
頭痛がしない、目眩もしない、胸がムカムカしないし、関節も痛くない。
手足がダルいこともないし、変な汗も出ない。目も霞まないし、脳がスッキリしている。何より身体が軽い。
すごい!味わったことのない解放感、爽快感?だ。
爽快ってこういうことを表現する単語だって初めて理解出来た。
なんなのこれ、すっごく気持ちいい。
自分を初めて認識したみたいな。
いや、私は私なんだけれども。
今までは私であって私じゃないというか。
そりゃあそうだよね、私、この国の大結界をほぼほぼ一人で支えていたんだもの。
私イコール結界と言っても過言ではない的な。
すごい多幸感と爽快感。
ありがとうイケメン王子!ありがとうお胸の大きいピンクの人!
二人とも名前も覚えてなくてごめんね。
今なら何でも出来そうな気がするよ。
…大結界、消えちゃってるけど大丈夫だよね?
魔獣とか王国に入り放題だし、隣国の軍隊とか攻めてきたりしたら、サクッと入れちゃうけども。
あ、でも隣国は北の帝国に負けたらしいから大丈夫かな。
難民とかは、森を越えられないだろうから気にしなくても良いね。
そもそも元婚約者のイケメン王子様が、新しい婚約者が新しい聖女って言ってたし、大結界はきっとあの人が頑張るんだよね?
うん、きっと大丈夫。
一度消えちゃったから、ちょっと起動するの大変かもしれないけれど、基本、術式をなぞるように結界魔石に魔力流せばいいだけだから。
学園の教科書に載ってるような術式より、ほんの少し応用編だけど、基礎さえ理解していれば大丈夫。
平民の私でも出来たことなんだし、貴族の人だったら、もっと簡単に出来ると思うよ。
貴族は優秀なんだってみんな(自分で)言ってたし。
うんうん。
あ、早く出て行かないとまたさっきの怖いおばさんに怒られちゃうね。
この森、歩くとどれくらいで抜けられるのかな。一日じゃ無理だよね。
やっぱり夜は野宿になるのかー。
食べ物とかないけど、木の実とか果物とかあるんだろうか。
あったとしてもそんなに都合良く見つかるはずないか。果樹園でもあるまいし。
そもそもどんなものが食べられるものなのかもわからないし、毒のあるものとの見分けもつかない。木の実ってそのまま食べれたっけ?火いれたり干したりして食べるような…あ、でも動物はそのまま食べてるし大丈夫なのか?
たまに、教会でもお食事忘れられる時があったけど、それでもせいぜい三日程度だった。
三日目は、さすがに干からびて死ぬ。
やっぱり食べ物確保しないと不安だな。
近くにお店とか、あるかな。
いや、その前にお金持ってなかったよ。
…詰んだ?
換金出来そうなものなかったかな。
何もないね!いま着てるローブしかない。でもこれ脱いだら下着。
…詰んだね。
ん?悲鳴?
国境の門のあたりから何か聞こえた気がする…って、さっきのおばさんゴブリンに襲われてる。
あきらかに既に手遅れな形になった門番夫妻が視界に入る。うわぁ。
結界なくなったから、門の内側にも魔獣が入るようになったんだね。
はやく新しい聖女の人、結界術式に魔力注がないと大変なことになるんじゃないかな。
がんばって!
聖女は祈りの力で結界を張るって言われてるけど、実は結界の魔術の術式に、大魔石で増幅した魔力を注いでるだけで、別に神聖なものでも神様の御力とかでもない。
だから、結界の維持くらいなら、聖女じゃなくても、魔力のある人が何人かでやった方がいいと思うんだけど、教会の偉い人はダメって言う。
前聖女の時代までは、教会の人たちも一緒にお祈りしてたのに。
ちなみに起動は、すごく魔力使うんだけど、術式は一人でしかなぞれない。
魔力が多い人でも、結界魔石の力を借りないと無理。
あと、このことは教会からは極秘って言われてた。色々大人の事情ってやつだと思う。
ん?
門番夫妻の住宅の隣には家畜小屋?みたいなものがあって、その中から動物の鳴き声と、ガリガリドンドンと壁を叩く音がしている。
お、食べられる家畜だったら、貰っていこう。
ちょうど良かった。
旅には食料が必要だもの。
魔獣に食べられるくらいなら私の血肉になりなさい。
ゴブリンはやっつけちゃおう。
剣術や体術の嗜みなんてないし、攻撃魔法も使ったことないけれど、結界なら得意。
自分の周囲に大結界と類似の術式を構築する。この程度の小規模術式なら、結界って思っただけで発動出来るので、これといった動作もそれっぽい呪文も必要ない。
あと私の結界は目に見えないので、傍目には何が起きているのか全く判らないと思う。
歩きながら結界を伸ばし、ゴブリンとゴブリンに襲われたエグいものを消滅させて、ガタガタいってる家畜小屋に到着する。
結界の形は自由自在。
国を覆う結界は、大きな魔石が必要かもだけど、町程度なら何もなくても余裕なので、結界の形も強度も普通に生活しながら発動出来る。
これでも10年間一人でこの国の結界張ってたからね。
さすがに国全体を覆う大結界レベルだと、脳の大部分を術式の発動と維持の演算に使うから、ほかに何も出来なくなることがよくある。
側から見るとボーッとしてるように見えるらしい。
でもぼんやりしてるように見えても、脳内は凄く働いてたんだからね。
そんな時に話しかけられても、正直対応出来ない。絶対無理。
本来なら、結界の一部が壊れたときは、その現場に行って原因を確認して、修復するものなんだけれども、護衛の騎士に嫌がらせされたりとか、町の人に悪口言われたりするのが嫌なので、なんとか教会に引き籠ったまま出来ないかって研究してたらできた。
力は余計に使うけれど、嫌な思いするよりはずっといい。
家畜小屋の簡単な閂錠を開けて中を覗くと、ロバが一頭と山羊が二頭と、ニワトリがいて、ニワトリさんが興奮状態だった。
興奮状態のニワトリは、扉を開けた私を見た途端、羽をバサバサしながら、鋭いくちばしで攻撃してこようとしてきた。怖い。
開けたドアをパタンと閉じる。
うん、無理
ニワトリって、家畜化して卵とったり、殺して肉にして食べたりって、かなり無駄のない生き物だと思ってたけど、あんなに怖いものだったなんて。
目が血走ってたよ。
「ニャー」
「あ、プラタ、え、入るの?危ないよ?」
プラタは白猫だけど、護獣だからかとても賢い。ふだんぼんやりしてしてた私をフォローしてくれるくらい賢い。
プラタの言いたいことは、なんとなくわかるし、周りの人の声が聞こえなくても、プラタの呼びかけだけは聞こえてた。
プラタがいなかったら、辛すぎていま生きてなかった。
プラタ大好き。プラタ以外に好きなものも大事なものもないよ。
プラタは代々の聖女を護ってきた護獣と呼ばれるもので、昔の聖女様の肖像画にも登場してる。
聖女になって唯一良かったなって思えることは、プラタに出会えたことだ。
家畜小屋にスッと入って行ったプラタが、一瞬後、少しだけ開けていたドアから顔を出して、「ニャー」となく。
このニャーは、入っていいよのニャーだ。
恐る恐る家畜小屋に入ると、すっかりおとなしくなった動物たちが整然と並んでいた。
さすがプラタ様。
「コケ」
驚くことに、ニワトリは卵まで産んでいた。
ご馳走様です。
自分の周りに張った結界を大きくしたせいか、いつのまにか辺りには魔獣が消えている。
とは言え、国外追放されたので、ずっとここにいる訳にもいかない。ここはギリ王国だもの。大結界は消えちゃったけど。
この先の森が、王国と隣国の緩衝地帯になっていて、森を抜けたところから隣国になる、はず。
あ、でも、北の帝国が隣国を攻め落としたのなら、隣国は既に帝国の属国なのかも?
隣国は敗戦処理の真っ只中だろうから、治安は悪いかもしれないけれど、私みたいな身元不明な女がコッソリ入国したりするのにはチャンスだよね。
森がどれくらいで抜けられるのかわからないけれど、歩いていればそのうち着くだろう。
そうと決まれば、ここで旅支度させて貰おう。
門番夫婦はいなくなっちゃったし、食料とか衣服とか、使わせて貰っても良いよね。
ロバさんに背負って貰えば、少しくらい荷物増えても大丈夫そうだし。背負ってくれるよね?
今までのように、生活の面倒をみてくれる人はいないけれど、もう王国のために身を削らなくても良いなら何とかなる、はずだ。
「よし!プラタも手伝ってね!」
「ニャー」
「む、そのニャーは、手伝わないのニャーだね…まあ、ネコなんてそんなもんだよね」




