20.一期一会【最終回】
お世話になった宿屋にご挨拶をして、ロバさんに少しだけ増えた荷物をくくりつけて、ヤギさん夫婦とニワトリさんも厩舎から出して、旅支度は完璧だ。
プラタは私の肩が定位置なので、いつもと変わらない。
イアンとは、この町の北門で待ち合わせしてる。
泊まっていた宿屋は、東門寄りだったので、北門までは遠い。待ち合わせは夕方だけど早めに向かう。
「思ってたより遠いね」
町から出る前に既に疲れた。
これ、北門付近の宿屋に泊まれば良かったやつだ。
「イアンは待っててくれるかな?」
「ニャー」
お、待っててくれそうのニャーだね。良かった。
ようやく北門付近までたどり着くと、門の外が騒がしい。
ガチャガチャとか、ブルルンとか、ザワザワとか凄い。
「今日は門開いてるんだね」
「ニャー」
「イアンどこかな?」
キョロキョロしながら門の側へと歩いていく。
「ジルヴァラ遅い」
「あ、イアン、遅れてごめんなさい…え?」
いつものイアンの声が私を呼んだので、謝りながら声のした方へ顔を向けると、キラーっと、金属の鎧が夕日に反射して目に刺さった。
「まぶし」
「え、何その動物」
イアンが、馬から降りながらうちの子たちを凝視する。
「うちの子たち」
「まさかその家畜連れて森を抜けたの?あの森を?どうやって?」
「歩いてだよ。それより、イアンの今日の服は鎧なの?重くない?」
「重いし暑いよ。この動物も連れていくの?砂漠だよ?」
「連れてくよ。え、砂漠なのに暑い鎧着るの?我慢大会?誰得?」
「そーなんだよー、やっぱりおかしいよね。脱ぎたいんだけど、これ荷物になるからさー」
「あー、かさばりそうだもんね」
「みんなも我慢してこれ着てるから、僕だけ着ないっていうのも示しがつかないっていうかー」
「みんなで我慢するの?それならみんなで脱げばいいんじゃない?ていうかみんなって?」
「門の外にいるよ。それでね、ジルヴァラは僕の馬に乗って貰おうと思ってるんだ」
「この子たちと離れたくないし、鎧の人と二人乗りなんて痛そうだしイヤだよ。
これが自慢のお馬さん?可愛いね」
「えー、乗りなよ。僕の馬可愛いでしょ?」
イアンはお馬さんをなでなでして可愛がりながら言う。
たしかに可愛い。まつげもバサバサだ。
イアンのお馬さんと目でご挨拶していたら、イアンとお揃いの暑そうな鎧を着た大柄な人が近づいてきた。
どうやら門の外にいたらしい。この人が仲間なのかな?
「殿下!そろそろ出発しませんと」
「ああ、今行く」
「でんか…」
む、王国では殿下って呼ばれる人は王族だったよ?
「あ、僕、オズワルド帝国の第三王子なんだ。言ってなかった?」
「絶対聞いてない」
王子って呼ばれてる人で、クズじゃない人に会ったことないんだけど。
「一応、今回の派兵の総指揮官として来たんだよ」
「そうしきかん」
「ほら、戦後処理とか褒めてくれたでしょ?」
たしかに褒めたけど。
「なんか信じてたのに騙された気分」
「騙してないよ!言わなかっただけだよ!外国で会ったばかりの人に、僕王子なんだって言いたくないんだよ。王子って名乗ると食堂のおばちゃん達と仲良くなれないんだよ」
たしかに。私も元聖女なんだって言いたくないし、イアンにも言うつもりもない。
む、おあいこか。むしろ私の方が秘密多いか。
「わかった。赦す」
「良かった。じゃあ馬に乗って?」
「え、なんで?さっき乗らないって言ったよ」
「えー!この子可愛くない?」
「可愛いけど」
「じゃあ乗りなよ」
「乗らないよ。暑いと金属熱くなるし、歩くとゴツゴツぶつかって痛そうだし無理」
「えー!」
「殿下!いい加減にして下さい。馬に乗せたい気持ちはわかりますが、そのお嬢さんは本気で嫌がってますよ。あと、時間もないので、話なら移動しながらにして貰えませんか」
イアンと私の押し問答を、ずっと眉間にシワを寄せたまま聞いていた仲間の人が我慢ならぬって感じで割り込んできた。
申し訳ない。でも悪いのはイアンですよ。
「あ、すまない。今行くから。ほらジルヴァラ、怒られたじゃないか」
「や、私のせいじゃないよね?」
「うん、まあ行こうよ、ほら乗って?」
しつこく馬に乗せようとするイアン。
人の都合をあまり考えないのは王族だからなの?やっぱりクズ?
まあでもプラタが仲良くしなさいねって言ってるし、王子だけどクズではないってことだよね、きっと。
「私はこの子たちとゆっくり行く。イアンは先に行ってて」
「うーん、じゃあ人付けるからその人と一緒に行動してくれる?」
「気を使わなくていいよ。行列で行くんでしょ?後ろの方でついて行くから」
気にしてくれるのはありがたいけれど、殿下と呼ばれる人に気にされる生活とか、正直面倒くさいし、碌なことないと思う。
今だって、お揃いの鎧の人たちが遠巻きに見てるもの。
今のところ悪意は感じられないけれど、見せ物になるのは遠慮したい。
イアン、王子なんかじゃなければよかったのに。ただのイアンでいいのに。
「じゃあ夜に合流しようね!一緒にごはん食べよう!」
イアンは、門の外のみんなの所に行ってしまった。
なんとなくついて行って門の外を見ると、想像していた以上に鎧を着た人がたくさんいて、きれいに整列している。
イアンがみんなの方を向いて、帰るぞーみたいなことを言ったら、みんながおーって叫んで、太鼓がドンドンドン、銅鑼っぽい音がジャーンって鳴り響いてびっくりした。荷物多いのに太鼓や銅鑼持って歩いてるんだね。
みんなが動き出すのをぼんやり見る。
まず馬に乗ってる人たちが進み出して、その後ろに積荷を乗せた馬車が何台も続く。
む、結構速い。頑張ってついていかないと。
少し焦って足を速めようとすると、
「ジルヴァラ!元気そうで何よりだ」
誰かに名前を呼ばれた。
声のした方を見ると、知った顔があった。
「うわぁ!門のところにいた兵士さん!その節はどうもありがとうございました」
この国に最初に入れてくれた親切な兵士さんだった。
フツメンさんなんだけど、親切さが滲み出ていて尊い。
「ラルフ・タルボットだ。ん?少し大きくなったか?」
兵士さん改めラルフさんは、ニコニコしながら頭を撫でてくれた。
「ほんと?やっぱり?」
なんとなくそんな気はしてた。
関節とか成長痛みたいな痛みがあるし、お胸も少しふっくらしてきた気がするんだ。
「お、あの時の家畜もいるな。よし、こっちに来て荷馬車に乗れ」
ラルフさんは、頭を撫でていた手を下ろしてそのまま私の手を握り、まだ出発していない荷馬車の方へと歩き始めた。
「え?ラルフさん?」
「砂漠って言っても、岩場を選んで進むから速度はそれなりなんだ。うちは歩兵も移動の時は荷馬車に乗る。ジルヴァラが歩いてたら、俺たちと離れてしまうからな。ほら、乗れ」
ラルフさんは、地味めな顔をしているのに結構強引だった。でもなんていうか優しい強引だった。
家畜達は、大人しくラルフさんに持ち上げられて荷馬車に乗せられている。
プラタが目を光らせているからだろう。
荷馬車には、何かが詰まった袋がいくつか載せられているだけで、狭いということはなかった。
家畜たちは、それぞれ自分で少しでも居心地の良さげな場所をキープして座っている。
ロバさんは知らない兵隊さんの隣に座って撫でて貰っている。コミュ力高いな。
私は、何かが詰まった袋を椅子がわりにして座ることにした。
荷馬車には幌が付いていたので日陰になるのがありがたい。
「帝国へは一週間ほどで着く予定だ。ちょっと揺れるが我慢しろ」
「うん」
「揺らされてると腹が減るから、これ食っとけ」
隣に座ったラルフさんが、パンに腸詰肉を挟んだものをくれた。おいしそ。
「夜は魔獣が出やすいから、普通は休むが、帝国軍はそれなりに強いから、涼しい夜に出来るだけ進むんだ。お前は寝てるといい」
ラルフさんの声は優しいなあ。
気がつくと、周りにいる兵士さんの目も柔らかい感じがする。
「ふふふ、なんか居心地良いね」
「ニャー」
プラタが、そうだねのニャーを言いながら、スリスリしてくれた。
いつもいつも寄り添ってくれて、体温を分けてくれる。
この温かさがあれば大丈夫。
「きっとこれから楽しいよ」
「ニャー」
砂漠にゆっくりと太陽が沈んでいく。
これから来る夜も、きっと怖くないだろう。
「あ、念のため結界張っておかないと」
王子のイアンが率いる軍隊だ。
お友達として少しくらいは何かしてあげないとね。
その瞬間、敵意を持つ何者からも護られるようになったことは、プラタ以外誰も気付くことはなかった。
おわり
この後ジルヴァラは、念願のオズワルド帝国魔法学院に入学して悪役令嬢と呼ばれるほんとはすごく優しい公爵令嬢の婚約破棄ざまぁを見守ったり、クラスメイトの男子に想いを寄せられたり、そこにイアンが割り込んだり、ずっと西にある島に魔大陸時代の遺跡を発見したりして、楽しい仲間に囲まれて冒険ありロマンスありのハッピーな時間を過ごすことになるんだけど、それはまた別の話。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
近日中に、続編「婚約破棄&国外追放された元聖女が他国で魔法学園に入学して初めて出来た友達の公爵令嬢の婚約破棄からのざまぁを見守る話」をアップしますので、そちらも宜しくお願いします(*´-`)




