17.国保艱難
「…厳しいな」
この森、強い魔獣が多すぎる。
古の王国の出身だと言う不思議な少女ジルヴァラに、残念ながら古き王国への同行を断られたので、仕方なく帝国騎士団の気心の知れた小隊を連れて『森』に入ってみたものの、見たことのないような上位種や変異種が、次から次へと襲って来る。
それでも、彼の国のあの豊かさが、この先にあるらしい古き王国がもたらすものであるのなら、調査は必須だ。
むしろ、彼の国を併合するよりも重要事項である。
幸い、森の中とは思えないほどにきちんと整備された道があったので、馬を走らせやすいのと、迷う心配は無さそうなのが救いであった。
精鋭を集めたこの小隊であればなんとか抜けられそうだが、たしかに低ランク冒険者では死ぬだろう。
噂では生きて帰ることが出来ない程、魔獣が溢れかえっているとのことなので、こんなものではないだろうとも思う。油断は禁物だ。
「殿下、前方に門が見えてきました」
考えているうちに国境まで辿り着いたようだ。
「おー、本当に存在したんだねぇ」
古の王国、さてさて何が出てくるか…って、なんだこれ、何があった。
「どうやら魔獣に襲われたようですね」
隣を併走する小隊長が、生真面目な顔を歪ませながら応える。
「そのようだな。…しかも最近、だな」
「そうですね、一週間前といったところでしょうかね。まさか我々が森の入り口あたりの魔獣を盛大に狩ったから、この国に押し寄せたということでしょうか」
「ふむ。たしかにそれは少し考えたけれど、日頃からこの森に接している国が、何の対策もしていないとは考え難い。少し急ぐぞ」
この国に何が起こったというのか。
国境の門らしき場所から、街道を通り、さらに国の中心部へと馬を進めるも、すべての町や村が魔獣に襲われ、どこもかしこも死体ばかりで、生きている人間と会うことはなかった。
「これは城壁でしょうか」
目の前にあるのは、堅牢そうな背の高い立派な城壁なのだが、ところどころ雑に壊されていて、本来の機能を失っている。
「立派なものだが…やはり壊されているな」
「これも魔獣にやられたのでしょうかね」
「そうだろうな」
城壁の中に入ると、さらに酷い状態だった。
文字通り、"食い散らかされて"いた。
「なんて酷い…無抵抗の民を…」
隣で馬を歩かせていたこの小隊の隊長が呟く。
住宅などの建物のそばには、身体のあちこちが欠損した無残な死体が至る所に転がっていた。
「変だな…無抵抗過ぎる」
そして、不思議なことにどの死体もほとんど争った形跡が見られない。
普通、街を守る衛兵などが争った後があっても良いのではないかと思う。
「ここで死んでいる者は、老人ばかりのようですね。女や子どもなどは、どこかに避難しているのかもしれません」
小隊長が、辺りを見回しながら思案顔で自分の考えを述べる。
「そうだといいがな」
どちらかというと、きれいに喰われたのではないかと思う。
逃げたのなら逃げた形跡のようなものがあるものなのだ。
少なくとも、我々が来た方角、つまり隣国に繋がる森の方へ逃げたものは皆無に近いだろう。
「これらの死体はどうしますか?」
「放っておくしかないな」
いつ魔獣が襲ってくるのかわからないのだ。
このまま放置すれば、酷い状態になるだろう。最悪アンデッドになるかもしれないだろうが、弔っている暇はない。
それに言い訳だが、この国の弔い方もわからない。
さらに二つの門をくぐると、ようやく抵抗の跡が見られ始めた。
鎧を着た騎士たちの死体がある。
ここにきて初めて、自分たちが倒した以外の魔獣の死体もあった。
やはり、ここまでの行程で滅んでいた集落は、一方的に蹂躙されたようだ。
とはいえ、結果的には大差ないように見える。
「イアン殿下っ!お下がりを!」
「…っ!」
凄いスピードで何かが飛んできた。
避ける暇などなかった。
ぶつかる!と思った瞬間、魔法のような何かが展開し、飛んできたものが跳ね返される。
「殿下をお守りしろ!」
直ぐに小隊の兵士達が隊列を組み、護衛体勢になる。
「今のは何の魔法だ?凄いな」
この小隊に、こんな魔法使える奴がいたのか。無敵だろこれ。
「殿下が防御の魔法を展開したのではないのですか?」
「私は防御系の魔法は使えないよ」
「え、では、なぜ」
なぜと問いたいのはこちらの方なのだが、思い当たることがないこともない。
ジルヴァラからもらった御守りの効果だ。
「気にはなるが、今はこの魔獣を何とかするのが先だ!」
「「「はっ!」」」
色々な疑問に答えを出したいところだが、ここは、目の前の状況把握と対応に集中しなければ、生きて帰ることが出来ない。
森にいた強い魔獣が、この国を襲い始めたということか。
森の魔獣が、噂よりも少ないと感じたのはこのせいかもしれない。
「オーガロードか」
凄い勢いでこっちに走ってくるのは、人の二倍の大きさはある二足歩行の魔獣。
飛んできたのは、戦斧だった。
命中していたら確実に死んでいた。
しかし上級の魔獣といえど、一体のみであれば、我が国の精鋭の小隊の敵ではなく、あっさりと倒す。
「この城下町にはまだ生存者がいるかもしれませんね」
「かもしれないが、まずはあの城へ行く」
「「「「はっ!」」」」
今は偵察のための身軽な小隊編成なのだ。
救出部隊ではない。ましてや友好国でもなく、単なる不法侵入者なのだ。
ここで生存者を見つけたところで、どうすることも出来ない。
目的を見失い、人助けなどという欲を出せば待っているのは死のみ。
上に立つ者が自らの欲に流されれば、必ず訪れるのは、下のものの不幸だ。
***
「…城にも魔獣が入ったようですね」
堅牢というよりは瀟洒な城門は、無残に破壊され、付近には先ほどより多くの騎士などの死体が転がっていた。
「ひょっとして、騎士の死体が多いのは、鎧があって食べ辛かったから、ということでしょうか」
小隊長の顔は歪みっぱなしだ。
真面目で優しい性格なのは美徳だが、こういう場面では辛いだろう。
「…そう考えるのが自然だな」
城内には、鎧を着た騎士や、年齢が高めの貴族らしき者の死体があちこちに転がっていた。
なんとなくわかってしまった。
つまり、若い女や子どもなどは、残さなかったということだ。
言い方は悪いが、美食家ということなのだろう。
城内を歩き回っても、欠損した屍ばかりで、生きている人間と出会うことはなかった。
死体の中には、あきらかに刃物で斬り付けられた、同士討ちを疑わせるようなものもあり、非常に混乱しただろう様子が感じられた。
入り組んだ王城の中の、さらに奥、恐らく謁見の間と思われる室内の玉座付近には、仕立ての良かったであろう服を着た者が、大量の血と共に転がっていた。
場所的に、王とその側近というところか。1人はドレスのようなので、王妃だろう。
あとは装飾の多い細身の剣が落ちている。
「無残なものだな」
これが王ならば、この国の終焉なのだろう。
伝説の古の国は、たしかに存在して、まさに今入国しているのだが、まさかこんなことになっているとは。
壊されているとはいえ、文明のレベルが違うことが随所に見て取れる。可能であればゆっくりと調査したいものだが、いかんせん魔獣が多すぎる。
人がいなければ、国などなりたたない。
どこかに避難している人もいるかもしれないが、この国全体が魔獣に蹂躙された危険区域だ。
もっと調査して生存者なども探したいところだが、この小隊でこれ以上留まることは無理だろう。食糧もそれほど持参してきてはいない。
あの少女は、故郷がなくなってしまったことについてどう思うだろうか。
ここは危険だし、死体ばかりで子どもに見せる風景ではない。
何より、自分の祖国が魔獣に滅ぼされる様など見たくないだろう。
連れてこなくて本当に良かった。
「帰還する」
あの町で別れてから、なぜか無性にあの少女のことが気になってしょうがないのだ。




