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14.愚問愚答


「そこの女、その場所をあけろ!」


「きゃあ!」


でっぷりと太った聖職者たちが、教会の最奥にある部屋の、結界の大魔石の前に陣取っていたミリアリアを押し除け、床に書いてある大結界術式の中心に立つ。


「貴様らミリアリアに何をする!ミリアリアは未来の王妃となる身なのだぞ!」


「アレフ様!助けて!」


押し除けられたミリアリアは、大袈裟に転び、己の庇護者である第一王子に媚を含んだ目と声で訴えかける。

たいていの男は、これで気を引くことが出来るのだ。


「ここは一般人の入室は制限されている部屋ですぞ」


けれど、この汗まみれの太った男たちには、あまり効かないようだった。


「私はこの国の王子だ!」


「第一王子殿下は仕方ないですが、愛人は外に出して下さい」


「あ、愛人ですって?」


効かないどころか、貶めてくる。

ミリアリアの人生で初めての出来事だった。


「不敬だぞ!ミリアリアは私の婚約者だ!」


「第一王子殿下の婚約者は、聖女ジルヴァラではなかったですかな?」


もう婚約破棄したはずなのに、まだあの薄気味悪い元聖女の名前が出てきた。

とても不愉快だった。


「だまれっ!偽聖女とは婚約破棄したのだっ!」


「そうよ!アレフ様の婚約者は私よ!」


「我々は聞いておりませぬ」


「お前らに断りを入れるわけがなかろう!」


「困りましたね」


教会は、聖女を守るために、形式上は王族と同じ位にみなす、とローランド王国の法律に定められている。


なので、本来であれば、聖職者は王族に意見することが出来る。


「不敬であるぞ!衛兵!こやつらを切り捨てろ!」


「教会内で殺人など、物騒ではありませんか」


「煩いっ!衛兵は何をしているっ!はやくこの者らを!」


いつもなら、すぐに駆けつけて気に入らない者を切らせていた衛兵が、今日に限って現れない。


「クソっ!衛兵!何をしているのだ!」


「第一王子殿下、探し物はコレですかな?」


苛つき、大声で怒鳴り立てていた第一王子の前に、太った聖職者の一人が、手にしていた丸い物体を差し出した。


ポタリと、赤黒い液体が床に落ちる。


「ひいいいいいいいいっ!」


「なっ!」


ミリアリアは腰を抜かし、第一王子は目を丸くして固まっている。


太った聖職者が、手に持っていたものを無造作に放り投げると、切り口を下にした生首が、第一王子の目の前に落ちてきた。


先ほどから大声で呼びつけていた衛兵である。


「いやあぁぁぁぁ!」


ミリアリアが悲鳴をあげるが、誰も相手にしない。


「はやく結界を再構築しなければならないのですよ。そこの女も、聖女だと言うなら手伝いなさい」


「ひいっ!…そ、それは壊れていて、動かないのですわ!」


恐怖に支配されたミリアリアは、脊髄反射的に聞かれたことに答える。


「使えない女ですね。こちらに連れてきなさい」


「や、やめて!こないで!」


「煩いですね、自分で聖女と騙るくらいなら、結界の術式に魔力くらい流したらどうなんです?」


「さっきから祈ってるわ!」


「祈ったって無駄ですよ。この術式に魔力を流すのです」


「え?」


「その魔石に触れていなさい。今から結界を起動させます」



腐っても聖職者である。

この部屋に集まったのは、いずれも魔力が多めの者ばかりであったので、術式に魔力を流し(祈りを捧げ)始めると、床一面に書かれた大結界の術式が、ほんの少し光り始めた。


「おお!起動したではないか!さすがミリアリア!」


衛兵の生首に呆然となっていた第一王子は、念願の大結界術式の起動の兆しに喜んで声を上げた。


「え!私?私がこれを?」


いやどうみても違うだろうと、その場にいた誰もが思ったが、指摘する程余裕がある者はいなかった。


「さあミリアリア!ローランド王国の聖女よ!大結界を構築するのだ!」


「はいっ!」


ミリアリアは、祈りのポーズをとろうと結界の魔石から手を離そうとした。


「魔石から手を離してはなりません!」


途端、聖職者の一番偉そうな男が叱責する。


「え?わ、わかったわ」


「お望みどおり、結界の起動に役立ちなさい」


術式の光が少しずつ強くなる。


「う、ああ、ち、ちからがぁぁ!」


すると突然、ミリアリアが苦しみだす。


「どうした!ミリアリア?」


そしてそのまま、力が抜けたように、くたりと床に崩れ落ちた。


第一王子が、慌てて走り寄り抱き抱える。


「アレフさま、力が吸い取られたみたいで…」


「なっ!どういうことだっ!」


ミリアリアが弱々しく声を発した瞬間、第一王子は、ミリアリアの身体から手を離し、疑問の声をあげる。


手を離されたミリアリアは、王子を信頼しきっていた為、受け身を取れず、床にゴツンと落とされる。


頭とお尻をぶつけ、あまりの痛さに声も出ないミリアリアは、痛さを堪え、男たちの庇護欲を刺激するうるんだ瞳を、瞬き多めにして第一王子を見上げた。


このポーズをとれば、王子はいつだって願いを叶えてくれた。


「なんだこの老婆は!ミリアリアをどこへやった?!」


「え?…アレフ様?」


ミリアリアはいつもと態度の違う第一王子に戸惑いながらも、そんな時にこそと、恵まれた胸を効果的に使う両胸で腕を挟み込む腕組みをしようとした。


「触るなっ!なんだお前は!」


「アレフ様?」


「許可なく王族の名を呼ぶとは不敬な!」


「え、どうして?」


「衛兵!この醜い老婆を私の視界から消せ!」


しかし衛兵は既に生首である。


「アレフ様?老婆って、どこに?」


「煩いっ!醜い老婆め!私の視界から消えろっ!」


衛兵が来ない理由に思いついた第一王子は、老婆ミリアリアに自主的な退場を促す。


「きゃ、痛いっ!アレフ様酷い!」


「しつこい老婆め!お前に私の名前を呼ぶ栄誉を与えた覚えはないっ!」


なおもとりすがるミリアリアを容赦なく蹴る。


「ひどいです!あんなに愛してるって言ってくれたのに!」


「気色の悪いことを言うな!老婆、どんな魔法を使った?!ミリアリアをどこへやったのだ!」


「私がミリアリアよ!」


「ミリアリアがそんなに醜い老婆な訳がない!鏡でも見るがいい!」


「え、なにこのシワシワな手、え、嘘よ!足も枯れた枝みたい…え?なんで?」


「鏡が見たいなら、そこの壁が鏡面になっているから行け!そしてそのまま私の視界から消えろ!」


「え、え、誰?老婆、え、私?…いやあぁぁぁぁ!」


ジルヴァラであれば、長年吸われ続けても成長が遅いくらいで済んでいても、聖女ではない人間が、結界の魔石に魔力と生命力を吸われれば、一瞬で朽ち果ててしまう。



「アレフ王子!集中出来ないので静かにして貰えませんか!」


国の秘宝ともいえる、現在の技術では修正することも難しい大結界の術式は、非常に繊細で、取り扱いが難しい。


術式の発動は、本来であれば一人で行う作業である。


なぜなら、発動させるためには魔力のブレを極力抑えるのがセオリーであり、魔力というものは、一人ひとり波長が違い、人数が増えるほど、合わせるのに苦労するものだからである。


しかし、この大結界の術式は、あり得ないほどの魔力を必要とする。


世界に愛され、呼吸をするのと同じくらい自然に、この世界の魔力を取り込み、その身体を通して循環させることの出来る聖女と呼ばれる存在を前提に組まれた術式なのだ。


少し多めの魔力持ちが数十人集まったくらいでは、起動はおろか、維持すら出来ない。


「っ!もう駄目だ!」


ゆえに、ろくに修行もせず怠惰に耽った聖職者では、ちょっと光らせるくらいがせいぜいであった。


その光も、いまは消えている。


「結界はどうなったのだ?!」


「王子殿下が邪魔をするので、起動出来ませんでしたよ」


逆ギレである。

別に王子が邪魔しなくても起動など出来なかった。


「なぜ私のせいなのだ!不敬であるぞ!」


この後に及んでもなお、自らの罪に気づきもしない第一王子に、術式に力を注ぎ込み疲れ切った聖職者たちは我慢の限界を超えた。


「元はと言えば、あんたがくだらない欲のためにジルヴァラを追放したせいじゃないか!」


「そうだ!あのままジルヴァラにやらせておけば、何の問題もなかったのだ!」


「煩い!下がれ!ジルヴァラは偽物だったのだ!ミリアリアが本物の….痛っ!な、何をする?」


怒りが頂点に達した聖職者が、第一王子を肩を押す。


「ジルヴァラをどこへやったのだ!アレは教会のものだ!返せ!」


現在、この部屋には二十名ほどの太った聖職者と、老婆となったミリアリア、第一王子のみであり、第一王子を護衛するものはいないことに全員が気付く。


「そうだ!ジルヴァラを返せ!」


「ふ、不敬だっ!」


「第一王子殿下、もう一度言いますが、ジルヴァラは卑しい平民ですが、本物の聖女なのです。アレがいなければ、この結界は起動しません」


聖職者たちが第一王子を取り囲み断罪をはじめた。

本当に、この顔がいいだけのクズ王子が、余計なことをしたばかりに、こんな苦労をしなければならないのだという思いが炸裂する。


聖女を粗末に扱い、本来なら聖女のものである報酬や贈りものなどを横領し、教会の主な仕事を全てジルヴァラに押し付けていたことは棚に上げている。


聖職者たちが、生命力を吸い尽くされてシワシワになった愛人を蔑んだり、王子への断罪を楽しんでいると、ガチャリとこの部屋の重い扉が開いた。


すると、教会騎士が礼もせずに室内に入り込み、切迫した声で


「教皇様!平民どもが、教会内部に押し寄せてきましたっ!危険ですので、お逃げ下さいっ!」


と、危険を告げた。


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