12.美酒佳肴
イアンさんは、とても良い人だった。
商業ギルドまで案内してくれただけでなく、その後お食事も一緒にって誘ってくれた。
「え、ジルヴァラって古き王国の民なの?」
イアンさんとは、ごはんを食べながらたくさんお話をした。
「ん?古き王国?」
「いや、この国の南隣の国?」
「ローランド王国のこと?」
「うわ!ほんとにあるんだ、古き王国。
どんな国なの?歴史ある国なんでしょ?
現在では失われた魔法とか技術が未だに使われてるって聞いたよ」
「そうなの?魔法はあるけど、どういうのが失われたものなのかはわからないよ」
「それもそうだね…今度詳しく教えてよ」
「いいけどそんな話面白いの?」
「面白いよ。千年以上続いている国なんでしょ?そんな国、他にないよ」
「へー、そうなんだ。でも町とかは、この国の方が自由だし、便利で住みやすいと思うよ」
「そうなの?」
「たぶん。王国では、あんまり街に出たことがないから正確なところはわからないけど」
「ジルヴァラは箱入りの貴族令嬢?」
「違うよ、ただの平民。平民のクセにっていつも言われてたよ」
「身分差別が厳しめな国なんだね」
「差別っていうか、区別?
生物の種が違うっていうか、平民は別の下等生物みたいに思われてたと思う」
「それはすごいね…まさか別の種族なの?神様みたいな?古き王国だけに」
「んー、貴族と平民は住んでる地域が違って、貴族は王城のある『一の門』の内側に住んでて、平民はその外に住んでるの。
お互いにあまり知らないから、殆どの人は、別の種族みたいに思ってるかな。
でも私は貴族の人との関わり合いが少しだけあったから、ここだけの話、ひょっとして貴族も平民も中身は同じなんじゃないかって気づいてしまったの」
「同じ人間なら髪や目の色の違いはあっても同じなんじゃない?」
「しっ!誰に聞かれてるかわかんないんだから、そんなこと言っちゃダメ!」
「大丈夫だよ。この国にも僕の国にも貴族はいるけど、同じヒト族だよ?」
「そうかもしれないけど、不敬だよ!わたし貴族と平民が同じ人間だなんて言う人初めて会ったよ」
「なるほど…。君の国の貴族は、何か特別なことが出来るの?」
「んー、魔法が使えるかな」
「魔法が使えるのは貴族だけなの?」
「そんなことはないんだけど、平民は使えても生活魔法くらいで、攻撃魔法とか治癒魔法はほとんど使えないの。教わらないっていうのもあるんだけど、そもそも魔力が平民だと少なめで、高度な魔法は使えない」
「ジルヴァラも魔法はあまり使えないってこと?」
「ん、一応使えるけど、貴族の使うような攻撃魔法は教わってないから使ったことがないよ」
「そうなんだ」
「うん」
イアンさんとごはん食べながらたくさんお話をした。
こんな風に誰かと笑いながらおしゃべりするの初めてだ。
とても楽しい。
口角が上がったまま下がらない。
ごはんも美味しい。
「ふふふ」
「すっごく可愛いんだよ、僕の愛馬。この国ににも一緒に来たんだよ」
「へー、おうまさん」
「うん、美人で優しくて強いんだ」
「いいね!」
「ニャー」
私が楽しいのをプラタが喜んでる。
そして今のは、おうまさんより猫さんの方が美人で可愛くて強いよのニャーだ。
「え、それ猫だったの?」
「ん、プラタだよ、ね」
「びっくりしたよ。おとなしいんだね?」
「うん、プラタがいちばん大好きだからね」
「ニャ」
「賢いね?」
「うん、プラタだからね」
誰かと話してる時にプラタが話しかけてくるなんて珍しいね。
顔にスリスリはもふもふが気持ちいい。
「ところで、どうしてジルヴァラは一人でこの国に来たの?」
「もう要らないって、国を追い出されたからだよ」
「ええ?!こんな小さい子を?何をしたの?
どうやってこの国まで来たの?この国の南側の森には強い魔獣がたくさんいるって聞いたよ」
「小さくないですー!私もう大人ですー!」
「うん、そうだね。立派なレディだね」
5歳の時の教会の魔力測定で、大きな魔力を持つことがわかって、莫大な支度金と引き換えに教会に売られた。
その日から毎日毎日結界に魔力を流し続けて、あの国を護り続けていた。
ずっと頭が痛くて、身体の成長に影響を及ぼしてしまうほどに、脳も身体も酷使して護り続けていた。
「ところでジルヴァラは、この後どうするの?ここで冒険者になって生活していくの?」
「わかんない。良い町ならそれもいいかなと思うけど、北の帝国の世界一の魔法学校も気になるの」
あの門番に立ってた北の帝国の騎士さんから聞いてから気になってた。
それに少しでも王国から離れた方がいい気もするし。
またあのクズ王子に関わるのイヤだし。
「オズワルド帝国魔法学院のこと?」
「そんな名前なの?」
「ここから北の帝国なら、オズワルド帝国で、そこの一番大きな魔法学校なら、帝国魔法学院じゃないかな。
たしかに古の王国出身なら、教授陣が喜ぶかもね」
「学校のこと知ってるの?!」
「ああ、有名な学校だからね」
「そなんだー。私も入れるかな?」
「試験に合格して、入学金さえ払えば外国人でも通うことが出来るはずだよ」
「試験と入学金…難しいの?高いの?」
「さあ、そこまではわからないよ」
「北の帝国って遠いの?」
「一応この国の隣国だけど、砂漠を越えなければならないから、気軽には行けないかな」
「砂漠…」
極端に雨が降らない地域で、土の成分からも水分が失われた結果、植物が育たなくなった不毛の地、だったかな。
そんな土地があるなんて信じられないけれど、聞く限りだと、たしかにのんびり歩いては行けなさそう。
「商人のキャラバン隊で一週間くらいかかるよ」
「一週間かぁ」
行けなくはないかも?
「小さい子が旅するような行程じゃないよ?」
「小さくないです」
「はいはい」
「それよりも僕とローランド王国に行こうよ」
え?
「嫌だけど」
せっかくここまで来たのにまた王国に戻るとかありえない。
「えー、ジルヴァラの話聞いてたら古き王国に行ってみたくなったんだけど」
「イアンが行きたいなら行ってみたらいいよ。でもこの国と王国の間にある森には、魔獣がたくさんいると思うから、命の保証は出来ないよ?」
「でもジルヴァラは、その森を抜けてきたんだろう?」
「私は魔法使いだもの」
「僕だって魔法使えるよ?」
「そうなの?」
「そこそこの実力だと思うよ?」
「ふーん。じゃあ大丈夫かもね?」
「そうなの?」
「わかんないけど。馬で行くなら一日で行けるらしいし。あ、これあげる。御守り」
「ありがとう。…これは、魔石?」
「うん。魔石に守護の力を付与したものだよ。魔力を流せば一日くらい守ってくれるはず」
「これ使って森を抜けたの?」
「え?それは一回きりの使い捨てだから、使ってないよ?」
「ふむ。ひょっとしてジルヴァラは凄く強いの?」
「まっさかー!歩くのもすぐ疲れるし、重い荷物も持てないし、全然強くないよ」
「だよね」
「む、そういうふうに言われるとなんかムカつく」
「怒らないで?」
私が気分を害したことがわかると、途端に機嫌をとってくる。凄いスキルだ。
「…怒ってない」
「なら良かった」
にこにこしながらお皿の上に残っていた果物を口の中に入れてくる。
「なっ!」
もぐもぐと、必死に咀嚼する。
イアンは優しくて良い人だけど、掴みどころがない部分がある。
でも、そういうのひっくるめても一緒にお話するのが楽しくて心地よい。
どうしてローランド王国に行きたいなんて言うんだろう。全然面白くないよ、あんな国。王子はクズだし。
「ジルヴァラに古の王国を案内して貰いたかったんだけど残念だ」
「さっきも言ったけど、私、ほとんど外出したことないし、案内出来る場所なんてないよ」
「やっぱりジルヴァラって箱入り令嬢なのかー」
「違うよ」
ただの元聖女だよ。




