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あなたのことは愛していますが、今回は辞退しようかと思います  作者: 別所 燈
第四章 エターナル ―解

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古城と姫とある使用人の失われた記憶 ~原点~

 小高い丘の上にあるこの城からは、北面に広がる広大な領地が見えます。右手には雄大な森が広がり、その隣には透明度の高い美しい湖があります。更にその奥には、きれいな水を湛えた泉があります。



 この美しい湖には古くから、銀糸の髪にアメジスト色の瞳を持つ妖精の姫が住んでいるという言い伝えがあります。隣の森は蒼の森と言われ、古より、魔物が数多生息し、残念ながら現在に至っております。


 この北の古城の主は森の魔物を統べる王の末裔と言われています。なぜなら、魔物を鎮める力があるからです。

 実際、ここの主は近隣の村や町で魔物が騒ぎを起こすと鎮めて森に帰すこともあれば、たまに使役することもあります。蒼の森をコントロールできる者でなければ、この領地は治められません。先代もしかり。

 ここの領主は代々、そのような不思議な力をもっているのです。





 今日は、城の姫様が生まれて初めて野菜を収穫しました。じゃがいも、玉ねぎに人参を掘りおこし、ご満悦の様子です。きちんと帽子をかぶっておいでのようで安心しました。主が留守の間この城を預かっている私は姫様が日焼けしてはと心配です。


 ご機嫌でこちらへやってきました。踊りだしそうな軽い足取りです。使用人が使う裏口から気軽に厨房へはいるとシェフのロドリゴが目を丸くしました。


 「あれ、えっと、姫様、どういったご用件で?」


 彼女が野菜の入ったかごを掲げると厨房にさっと緊張が走ります。


 「今日は私が夕食に添える一品を作ろうと思いまして」


 凍り付く厨房内の空気を気にすることもなく、にこにこと微笑む。屈託がなく天使のようです。


 「ポトフを作ろうかと思います。皆さん、煮るだけですのでご安心ください」


 元気な声で宣言されました。どんなに素晴らしいお方でも欠・・いえ、苦手 なことはあるようです。

姫様のお料理はなんと申しましょうか、少しアレなのです。


 城の者はこの美しいご令嬢を「姫様」と呼びます。白皙の肌に輝く銀糸の髪を持ち、夜のとばりが落ちる寸前のアメジスト色の瞳。まさに湖の妖精の姫と同じ色合いだからです。




 先ほどのいい伝えには続きがあります。姫と森の王は恋に落ち、異種族であることの試練を乗り越え、結婚します。その行為は神の怒りをかい、引き裂かれたともいわれていますが、後に民とともに幸せに暮らし、この領地は末永く繁栄したというお話です。

 どこの地方にもある単純で平凡な領地の成り立ちの物語です。





 厨房で張り切ってエプロンをつける姫様をみていると、二年前にここへ連れてこられた時のことが嘘のようです。最初、お会いしたときはひどく怯えていたので、主が攫ってきたのかと思いました。

 

 この城に着くなり、姫様は尖塔の小部屋に閉じ籠り、数週間出てきませんでした。そのため私たち使用人は彼女のお顔を見ることはかないませんでした。

 その後、若き主が執務が終わると毎晩根気よく説得に当たっておりました。それはもう献身的に。私どもも大まかな事情は聴いておりましたので、姫様には同情しておりました。


 ある時など主が部屋の前でずっと黙って座っていることもありました。心配になり、厨房の者たちとこっそり物陰から様子を見守っておりますと、部屋に閉じこもった姫様がドア越しにポツリポツリと身の上話をしているようでした。

 少しずつ心を開いてきたようです。


 主が領地視察の為に城を10日間開けたことがありました。

最初は5日の予定だったのが、大雨で堤防が決壊してしまった村あり、領民思いの方なので対応に追われ、滞在を伸ばした結果です。するとお戻りにならない主のことが心配になったようで、7日目の晩に初めて姫様が部屋から出てまいりした。

 その表情は癒えぬ悲しみに沈み、痩せてやつれておられましたが、初めて見る美しい銀糸の髪とアメジスト色の瞳が鮮烈でした。鈴を転がすような声で、開口一番おっしゃられました。


 「いままで大変、ご迷惑をお掛けました」


 そう言って使用人ひとりひとりに丁寧に心を込めて、礼をいい頭を下げられました。この元侯爵家のご令嬢が咎人にはみえませんでした。

 主は王宮では濡れ衣を着せるなど日常茶飯事だと申しておりましたが、このような方を陥れるなど貴族の社会はどうなっているのだろうと思ったものです。


 その日から私どもは伝説の湖の妖精にちなんで、彼女を姫様と呼ぶようになりました。本人は嫌がっておりましたが、そこはごり押しさせていただきました。主も口には出しませんでしたが、気にいっていたようです。



 3日後、主が帰って来ました。玄関に恥ずかしそうに出迎えにでた姫様をみてたいそう驚いて、そしてとても喜ばれました。感情をめったに表に出さない主の会心の笑みが久しぶりに見られました。


 姫様は徐々にお城の生活に慣れていきました。そしてとうとう尖塔の小部屋からからでて、主の寝室のおそばに用意した部屋へ移ってまいりました。とてもとても恐縮しながら。


「私のようなものを引き取って頂いて、たいへん申し訳ないく思います」というのが、その頃の姫様の口癖でした。

 そのすぐ後で、二度と姫様が尖塔へ籠らないように、主が自ら板にくぎを打ち付けて小部屋を閉鎖したことは言うまでもありません。


 馴染んでみると、とても気さくで優しい方で、城の者は彼女を慕い始めました。

身繕いは使用人の手を煩わせことなくご自分でやり、最近ではメイドの手伝いまでするようになりました。それはやめてくださいとお止めしても「私がやりたいのです」と柔らかな笑みを浮かべます。


 時がたつにつれ、品よく淑やかな外見に似合わず、行動力のあるお方で、城のあちこちにちょろちょろと出没するようになりました。そのたびに手伝いを申し出るのですが、けがをしないかとちょっと心配です。


 そのうち、主と仲良く、庭を散歩したり、お茶を飲んだりする姿を見ることが多くなりました。血色も良くなり、痛々しいほど痩せていた体もふっくらとして、目に光が戻って来たようです。


 少しずつ近づいていくお二人を陰ながら、見守っておりました。そして季節が一巡り半した頃、主が求婚されました。代々伝わる家宝の青い指輪を差し出して……。これは主が嵌めているのと同じものです。古くは魔物から譲り受け、強く願えば叶うまじないがかかっているという伝承のある貴重なアーティファクトです。


 しかし、残念なことに驚いた姫様は混乱して自室に逃げ戻ってしまいました。

 次の朝、彼女は主に昨日の非礼を詫びました。


 「私は、罪を軽減されたとはいえ、咎人です。あなたの助けがなければ生きてはおりませんでした。だから、あなたに愛してもらえる資格などないのです。ただ、これから先はご恩に報いるため、あなたのお役に立てるように努力いたします」


 その日から、姫様の本格的なお手伝いが始まりました。掃除洗濯料理あらゆることに挑戦されました。

しかし、残念なことに、なんというか…とにかく深窓のご令嬢なので肌が美しい分弱いのです。結局拭き掃除や煤払い程度なら、何とかできるようになりました。


 だが姫様の挑戦はそれにとどまらず、畑仕事にまで手を出すようになりました。心配です。あの雪のように白く、透き通る肌が日焼けでもしたら大変です。大きな帽子をかぶらせ、首には布を巻き、長そでを着せませした。


 まもなく姫様は薬草の栽培に才能を発揮されました。繊細な植物の世話がとてもお上手です。

それから、自家製のポーションを作るまでになりました。これには驚きました。そのうち大量生産ができるようになれば領地の良い収入源になりそうです。



 平和な生活を送っているうちに姫様がこちらに来て2年が過ぎました。

 カルディアの王都周辺では、度重なる紛争による治安の悪化や飢饉により、豪商や領主への闇討ちなどが頻繁におこるようになっていました。

 もちろん私たちの住まうこの領地は別です。騒ぎが飛び火する事もなく、民草の為に時には王国との盾となる慈悲深い領主のもと平和に暮らしておりました。




 そして、今日は主が2週間の視察を終えて城の主が帰ってくる日なのです。

 姫様はご機嫌でポトフを・・・あああ!危ない包丁で手を切らないければよいのですが……作っております。

 主は日々安定の無表情ですが、あれで姫様を大切にというか…おそらく溺愛しております。彼女がほんの少しでも怪我をするようなことがあれば「ティアがけがをした!」と日頃の沈着冷静さが嘘のように慌てます。

 厨房係ともどもひやひやしながら、見守っておりました。まあ、姫様の料理がアレなのは我々が過保護すぎてやらせてあげないのが原因ですね。


 そういえば、主が視察に出立する日、見事な刺繍の入ったハンカチを贈られてました。不器用なわけではなかったのですね。それを仕事にされた方が掃除をされるよりも、よほど役に立つのではと思います。


 それに何よりも主の恩に報いたいというのなら、一日も早く奥方になってください。使用人一同も、あなたを奥様と呼べるその日を心よりお待ちしています。

 いつも愛情をもって我々に接してくださるあなたに愛される資格がないなど、そんな馬鹿なことはありません。


 そして今日、姫様の左の薬指には青く美しい指輪が光っていました。当家に先祖代々伝わる家宝です。姫様がそれをはめたということは……。私がそれに気づくと顔を真っ赤にして、はにかんでおられました。


 あなたを奥様と呼べる日がようやく訪れるのですね。




 そのあと悲劇は起きました。

 何の前触れもなく、第二王子率いる兵が城を急襲しました。主は視察からお戻りになると城を守る兵とともに戦いました。しかし、領民の負担を考え、この城の兵士の数は僅か。主がどんなに強くても、兵が精鋭であっても多勢に多勢に無勢。それに加えて非力な城の者を守らなくてはならない。

 そんな中でも先頭にたって諦めることなく戦っておられました。


 そして姫様は、城内でおびえる子供達、使用人を避難させることに必死でした。

 あなたは、まっさきに逃げてもらわなくてはならないお方なのですよ。


 だが、城内に侵入した敵兵の一言がきっかけで、ご自分が命を狙われているといると知ると、自ら囮になり兵士を引きつけ裏口から城の外へ出ました。

 私は姫様をお守りするために武器を手に取り必死で追いました。料理人たちも庭師たちも気持ちはひとつです。皆、手に包丁や鍬を持ち戦いました。


 やっとのことで裏口から外へでると、姫様は井戸のそばまで追い詰められていました。早く助けに向かわねば、そのとき私の肩から腹にかけて鋭い痛み感じました。後ろからきた兵に袈裟懸けに切られたようです。たまらず膝をつきました。

 主が姫さまに駆けよる姿がちょうど見えました。しかし二人の手が触れ会う瞬間、後ろから飛んできた黒々とした槍に主は貫かれてしまいました。


 声を上げようとしましたが、息が漏れて血の泡があふれるばかり…どうやら、私はここまでのようです。


 

 丈夫なわが主のこと、きっと大丈夫……。

 



 どうか神よ。優しくて、不器用で、まだ結ばれてもいない若い二人を、お守りください。









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