小高い丘の古城と年若い城主
イザークはほぼ不眠不休で馬を走らせていた。
ティアは疲れて、馬上にも関わらず、こっくりこっくりと眠ってしまった。 聞きたいことはたくさんあったが、追手から逃げる緊張と疲労とで、話す余裕などなかった。
王都を出て、三日後にカルディアの最北に位置する公爵領ツールベルグについた。
強行軍で逃げてきたわりには草原と森が織りなす牧歌的な風景が広がっていてティアは拍子抜けした。はるか遠く小高い丘のうえに大きな石造りの古城が見えてきた。
ティアは初めて来る場所なのに、よく知っているような気がして不思議に思った。
「ここって、もしかして」
「ああ、君が呪いをかけられた場所であり、私の家だ」
疑問は次から次へ湧いてきた。そのすべてを投げかけるのは、疲労困憊した今は無理なので、とりあえず彼の正体から知ろうと思った。
「イザーク様はツールベルグ公爵様ということですか?」
イザークの話によると先代の公爵は三年前に亡くなり、彼が家督を継いだそうだ。ティアは王宮で情報を制限されていたので知らなかった。
本当は彼がどうしてティアの呪われた場所を知っているのか、それがなぜ彼の生家なのか聞きたかったのだが、疲れているせいもあってか躊躇われた。ティアは疲労のあまり微睡はじめた。
短い微睡から覚めるとのどかな風景は一変して、丘を登りきった城の周りには兵が配置され物々しい雰囲気だった。ティアはすぐに状況を察した。弾かれたように彼を仰ぎ見た。
「私のせいですか?私を助けたせいで」
イザークにここまで犠牲を払わせるわけにはいかない。そう思った。
「安心しろ、君のせいではない。私のほうでカルディアに見切りをつけたんだ」
彼は淡々としていた。
「まあ、国が、あのようなことになっているのに、この城に攻めてくること自体おかしいのだがな。
王都は暴徒の鎮圧に手を焼いているし、南方も東も紛争だ。愚かにもカーライルが挙兵したとしても、兵力は尽きている。たかが知れている。大した騒ぎにはならないだろう」
そう言う彼は落ち着いていて冷静だった。イザークはこれからどうするつもりなのだろう。いままでの彼の話を思い出してみてもかなり領民思いの領主だということがわかる。ティアの胸がチクリと痛み、不安に揺れた。彼のことは信用している。だから、怖かった。きっと誰かの為に動く。己の危険をかえりみることなく。
城内に入ると使用人達が労ってくれた。ティアはそれに対して丁寧に礼を述べる。イザークとは挨拶する暇もなく、すぐに別れた。当主である彼は忙しい。ティアは休む暇もない彼が心配だった。
城の中は見た目の古さに反して快適だった。外から見ると明り取りがすくないように感じたが、中は意外に日が差して明るい。内装は豪華ではなく質素、清潔で素朴な雰囲気が漂っていた。廊下は石がむき出しになっていた。ここは北の領地だ、冬寒いときにはどうしているのかとティアは不思議に思った。
しかしその一方で、まるで昔から住んでいるかのような安心感があった。アルフォンスという、まだ若い家令が、ティアを案内してくれた。彼が家内のことを取り仕切っているとのことでイザークとは乳兄弟だと言っていた。表情豊かな親しみやすい人柄で、ティアはすぐに彼に好感をもった。
アルフォンスの話によると城はだいぶ前から戦いを想定して兵糧を準備していたとのこと。いざとなれば使用人一同、兵士と戦える実力をもっているという。
「ご当主様はツールベルグ領の独立を考えているのですよ」
と誇らしそうに言った。
ティアは予想もしていなかったことに驚いた。確かにカルディアは国として存続するには危うい状況となってきている。独立するには良いタイミングなのかもしれない。ティアには詳しいことはよくわからなかった。
その後「固い話はここまで」としめくくり、ティアの緊張をほぐすように城の由来や言い伝えを面白おかしく教えてくれた。
アルフォンスによるとここの城主は、もともと城の裏側に広がる蒼い森の魔王で、その隣にある湖の妖精と恋に落ち、二人の間に生まれた子を始祖とすると伝説があるという。ティアは彼が語る話を興味深く聞いた。魔王というところにイザークを重ねて、城にきて初めての笑いが漏れた。
彼はよく黒ずくめの格好をしている。黒が好きなのかと聞いたら、色を合わせるのが面倒だと言っていたことを思い出した。彼の端正な顔は黙っていると冷たそうだが、笑うと温みがあってとても魅力的だ。ハンサムというより綺麗という方が似合う。実際、街を歩くと彼の容姿に振り返る者も多い。それなのに本人が着るものに無頓着なのが妙に可笑しかった。
その後、侍女に誘われて久しぶりの湯浴みを済ませた。簡単な食事をすると、旅の疲れがでたのか、いつの間にか眠ってしまっていた。姿は見えずともイザークがそばにいると思うと、不思議と安心した。
しかし、夜半に彼女は古びた井戸に落ちる夢を見てうなされた。カエルム以来時々見る夢だが、現実にあったことのようにリアルだった。
ティアはその朝、砲撃の音で目が覚めた。慌てて窓のそばに近づくとカルディアの軍が攻めて来ていた。軍旗が風に翻っている。まだ建物には何の被害もないようで、ほっとした。
彼女は身繕いもそこそこに部屋を飛び出した。廊下を兵士が行きかっていて、物々しい雰囲気だった。
昨夜とは違い、そこかしこに緊張感がみなぎっている。ティアは不安でドキドキした。昨夜湯浴みの準備をしてくれた侍女を捕まえて、手短に状況を聞いた。まだ本格的な戦いが起きているわけではなく、にらみ合いが続いているようだ。
その時ちょうど尖塔へと続く階段から、イザークが兵とともに、降りてくるところだった。彼はちゃんと睡眠をとっているのだろうか。
ティアは声をかけた。
「イザーク様!」
呼びかけると、振り向いて彼がふわりと笑いかけた。めったに表情を変えることのない彼が珍しい。そんな表情は彼を年相応に若々しく見せた。多分、緊張をほぐすために笑ってくれたのだろう。ティアは胸の鼓動が早くなるのを感じた。
「ティア。心配ない。あちらは烏合の衆だ。魔法も使えない傭兵がほとんどだし、兵力も少ない。まったく王都が大変な時に、ここまで来るとは呆れた王子だ」
イザークの口調からカーライルが来たことが分かった。蔑みを含んだ呆れた口調で戦況を話す彼には余裕があるようで、そのことに少しほっとした。休んでいる暇はなさそうなのに元気そうで安心した。
「あの、私にお手伝いできることは?」
ティアは勢い込んで聞いてみた。彼からするりと表情が消える。綺麗だが何の感情もうかがえない瞳。
「ちょこまか出歩くな。大人しく部屋にいろ」
「はい?」
頭ごなしに言われて、ティアはカチンときた。だいぶ魔法の腕を上げたつもりだった。やろうと思えばメイスだって扱える。それにいくらイザークが彼女のせいではないと言っても、原因は自分にあるように思えて割り切れなかった。とにかく役に立ちたかった。
「私、役に立ちますよ!魔法だって使えるし」
一生懸命アピールし始める彼女を微笑ましく見ながら、イザークはいった。
「そういうのはいいから、むやみに歩き回って人質になったりしないでくれるとありがたい」
その件に関しては心当たりがあり過ぎるので、ティアはすごすごと引き下がった。更に休む間もなく疲れているだろう彼に時間を無駄に出せてしまったことでしょんぼりしてしまった。
イザークは、肩を落としてティアが去って行くのを見送った。実際、カルディアの王城でも戦闘に巻き込まれたが、人を相手に火魔法を放つ度胸はない。彼女の能力では造作もないことなのに。敵を眼前に放てるのは、せいぜい相手を転ばせる程度に威力を抑えた水魔法くらいだろう。人が傷つくことを厭う、優しい彼女は対人戦に向かない。
強力な結界は役に立つだろうが、魔力は彼女の呪いを解くのに使ってほしかった。そうでなければカエルムから連れだしてきた意味がない。
彼はもう一度彼女を呼び止めた。
「ティア」
ティアが振り返る。大きな瞳には悲しみ湛えられていた。イザークは突き上げてくる衝動を意志の力で抑えた。傷つけるつもりはなかったのだが、かなりきつめに言わないと、こういう時の彼女は言うことをきかない。というより、ティアは考えるより先に体が動いてしまう。誰かを助けるために……。彼女はずっとそうやって生きてきた。
「ティアが気に病むことは何もない。私は君に大きな借りがある。それを出来るだけ返したい」
驚いて目を見張った。ティアはまったく覚えがなった。
「今は手が離せない。この状況が落ち着いたら時間を作るから、話を聞いてほしい。こんなことは今回で終わりにする」
「え?」
イザークのことばが気になり呼び止めようとしたが、踵を返して行ってしまった。彼は城の主だ。指示を待っている部下がたくさんいる。
ティアは彼を追いかけようとして、結局やめた。
……今回?
ティアは何度も繰り返した死で彼に会っていたのだろうか?まったく覚えがないし、そんなはずはない。何度もカーライルに付け狙われているから、きっとそのことだ。
彼女は馬鹿な考えを振り払うように頭を振った。
……それならば、なぜ彼は私が呪われた場所を知っているのだろう




