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あなたのことは愛していますが、今回は辞退しようかと思います  作者: 別所 燈
第三章 自由を手にするために~ストラグル~

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衝突

 図書館の入り口ホールは惨憺たるものだった。扉は破られ、けがを負った図書館員たちがいた。武装解除をしない彼らを止めようとしたのだ。静謐な図書館で軍隊の乱入などあってはならない。


 ティアはその爪痕の残るホールまで引き立てられた。拘束され、乱暴に跪かされたティアの前にジークが立つ。

 あっというまに眼鏡を奪われ、頭から水をかけられた。ここ二日ほど染め直していなかった髪から茶色い染料がぽたぽたと雫になって床に落ちた。

 銀糸の髪が光に揺らめく。


「国外追放されたものが、勝手に国に戻ると死罪だということは知っているな。なんの目的でここにいる?」

「……」


 ティアは無表情で彼の揺さぶりを躱した。


「そうだな……だが、もしそなたが、私の愛妾になるならば、秘密裏にこの王宮に住まわせてやってもよいぞ?」


 にやにやと笑いながら、臆面もなく、みっともない欲求を突き付けてくる。

 ティアは顔を上げ、しっかりと目を合わせた。


「お断りします」


 凛とした声で拒絶する。

 ジークの顔がどす黒い怒りにゆがんだ。ずっとカーライルがティアを手に入れたのが腹立たしかった。捨てたのなら自分がもらってもいいと思っていたのに、兄はいやらしく匿っていた。王宮で一番美しい華。手に入れられないのなら、壊してしまえばいい。


「分をわきまえない、この気位ばかり高い女には罰を与えねばならないようだな」


 ティアの顔に剣を鞘ごと振り上げ打ち据えようとした。ティアは衝撃に身構えた。しかし、それが振り下ろされることはなった。

 ジークは自由を奪われていた。


 騎士アリエルだ。彼の振り上げられた右腕をしっかりと掴んでいる。そのままふり振り下ろされていたら、ティアは無事では済まなかっただろう。


「殿下、そこまでにしていただきましょうか」


 普段の陽気なアリエルからは想像できない冷たく厳しい声で言い放つ。


 図書館入口から新たに兵がなだれ込んできた。


 ヴォルフを先頭に騎士達が入ってくる。

 その後ろには第二王子カーライルがいた。


「ジーク殿下。あなたを国賊として拘束します」


 ヴォルフが国王の印璽のはいった。逮捕状を掲げる。


「馬鹿な。笑わせてくれる。よく臆面もなくそのような偽物を」


 馬鹿にしきった声でジークがいう。


「貴様の罪は重い。この国の血税を軍需費と称して盗んだのだからな。私が何度となく和平交渉を行っていたにも関わらず、リモージュへの攻撃を仕掛けた。更には国庫に手を付け、軍事費としデュマ公爵へ手渡した証拠の文書も揃っている。今回の市民暴徒化は貴様のせいだ」


 カーライルが高らかに弟の罪を知らしめる。ジークが嘲りの表情で彼を見据えた。


「兄上、お得意の権謀術数か?それともいつもの保身か?すべての責任は自分にはないと言いたいのだろう?見苦しい。私はこの国の軍部を掌握している。どちらにつけばよいのかは自明の理。奴らこそ国賊だ。とらえよ」


 ジークが近衛騎士に命令を下す。そこへカーライルが火魔法を放った。ティアを拘束していた兵は火球を受けてめらめらと燃え上がる。

 その拍子に突き飛ばされ、拘束からは解放された。助けてくれたようだが、図書館で火魔法は頂けない。

 転んで痛むからだを起こすと目の前にカーライルがいた。痛いくらいに強く肩を掴まれた。


「ティアラ、無事でよかった。どうして逃げたのだ?私が迎えに行くまで待てなかったのか?」


 甘く優しい声音にティアの背中が粟立つ。まだ完全に彼に重ね掛けされた魅了は解かれていないせいか、恐怖を感じて逃げ出したいのに、体が金縛りにあったように動かなくなった。


 あれほど美しいと思っていたブルーの瞳が安っぽく濁りのあるガラス玉のように見える。一瞬、ティアの心に恐怖と悲しみが同居する。それも束の間、彼の双眸が怪しく光るとシーリーから渡されたアミュレットが震え、弱い光が明滅した。他の魔道具も反応する。カーライルが今、魅了をつかっているのだ。また新たに彼女に呪いをかけようとしている。


(なぜ、この人はこんなにも……っ!)


 ティアは湧き上がる怒りを静め、震えるアミュレットに気持ちを集中した。するとゆっくりと拘束が解け、体が動き始めた。

 ティアは起き上がるとカーライルの手を振り払って距離をとった。


「ティアラ!」


 彼女の腕を強引に掴もうとする。ティアが逃れるように後ろへ下がった。


「カーライル殿下、こちらで指揮を執ってください」


 ヴォルフが絶妙なタイミングで声をかける。さらに新たな兵が図書館へなだれ込んできたところだった。


「ちっ、まあいい。ティアラ、逃げるなよ。もっとも、逃げ出すにしても入り口はすべてふさがれているがな」


 そういうと彼は鼻で笑った。騎士が兵が入り乱れ、剣と魔法の応戦となった。

 ティアはこの混乱に乗じて逃げ出そうとした。


「あの女を逃がすな!」


 喧騒の最中、第三王子が叫ぶ。人質にとるつもりなのだろう。ティアの足元に向って魔法の矢が放たれた。動けなくするつもりだ。

 ティアが結界を張るよりも早く、矢がシュッと音を立てて、消えた。

 すると館長のラミアスがティアの前にでる。その横に並ぶ、サミュエル以下職員たち。ティアは彼らに庇われる形となった。彼らは先の軍隊の乱入で満身創痍だった。


「我々は、代々王立図書館に伝わる教えに従う。国王陛下からお預かりしている図書館内で攻撃魔法を放つものを敵と見做す」

「貴様ら、王族に逆らうのか!」


 ジークが吠える。


「いくら殿下でも王国の叡智が収められている王立図書館での狼藉は看過できません」


 ラミアスが口上を述べている間、副館長のサミュエルがティアに逃げろと目配せをする。


 かくして、本格的に戦いの火ぶたは切られた。

 カーライル側はすぐに図書館側につき、本を傷める魔法攻撃は避け、物理的にジーク側を制圧にかかった。



 王城の外での市民の暴徒化に続き、王宮内では第二王子派第三王子派に別れ、城内で武力衝突が起こってしまった。


 そのころ第一王子フィリップが暴徒への対応に苦慮していた。宰相も軍部も政権争いにかまけていて役に立たない。取り立てて優秀でもなく、決断力にかける彼には、イザークだけが頼りだった。しかし、その彼も今城を去ろうとしている。国がこんなことになるのなら、欲など張らなければよかった。野望など持たねばよかった。悔恨に苦しめられていた。


 その頃、イザークは執務室にいた。ちょうど最後の仕事を終えたところだった。その時、ティアからもらった石が震えているのに気が付いた。取り出してみると透明のはずのそれが黒く濁り始めていた。

 ここで自分にできることはすべて終えた。

 彼女を救うため、二度と帰ることのない執務室を後にした。















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