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晩餐 勝敗の行方

「なんですってえ!」


 食堂に陶器が割れ、カトラリーがテーブルから落ちる音が響き渡った。

 マチルドが怒りのあまりテーブルに銀器を叩きつけたのだ。母親譲りの茶色い髪を振り乱す。赤く派手なドレスが、決して醜くはないが、彼女の地味な容貌に似合っていない。


「気取っているんじゃないわよ!今までどこで、何をしていたの?男に体でも売って暮らしたんじゃないの?殿下を誑かして、捨てられて、いい気味よ。どの面下げて帰って来たのよ。お前にまともな縁談なぞこないから、不愉快だわ。今すぐこの部屋から出て行きなさい」


 マチルドはティアが実家に帰ってきた経緯などは知らないようだ。ティアはアメジスト色の澄んだ目でマチルドを見据えた。彼女の表情は小動(こゆるぎ)ともしない。


「いいえ、私は家族の晩餐に招待されました。途中で退出するような失礼な真似は致しません」


 静かな声音で言うと何事もなかったように食事を再開した。エドガーとシーリーは無関心を決め込み、母のエカテリーナは仄暗い笑みを浮かべて、この状況を楽しんでいるようだ。


「冗談じゃないわよ。私がアボット家でどれだけ肩身の狭い思いをしていると思っているの?全部お前のせいでしょ?咎人のくせに、下賤に落ちたくせに、偉そうな口をきくんじゃないわよ。

 殿下の寵愛を受けたオズロン伯爵家の娘を苛めたんですって?汚い手を使って貶めて、醜く嫉妬に狂って、法まで犯したのよね。

 その上、王宮では婚約者の立場を利用して不正し放題だったって聞いたわよ。なんで牢屋にはいらなかったのよ?謝りなさいよ。今すぐ私たち家族に頭をさげなさいよ。一族の面汚しが!膝をついて許しを請うがいい!」


 相変わらず下品で苛烈で愚かな姉だ。ティアはもう一度フォークを置くと口を開いた。


「私はアナベル様があからさまに殿下への好意を示したので、婚約者として諫めただけでございます。この身に恥じるような行いは、一切しておりません。よって、許しを請う必要などないかと。

 強いて言うならば、私も少々幼かったので、王宮内での立ち居振る舞いを誤ってしまいました。もう少し、打算と嘘と卑怯な行いに手を染める勇気があればよかったと反省しておりますわ」


 ティアは昂然と頭を上げると言い切った。マチルドは、黙り込んでしまうかと思っていた妹に、即座に切り返されたので、唖然とした。

 子供の頃から苛めても向かってくることはなかった。大人しく感情のない人形のような妹がどうしてしまったのだろう。マチルドは混乱した。

 一方、父のエドガーは王宮批判とも取れるティアの発言に少し眉をひそめた。


「失礼ながら、お姉さまが、アボット家で肩身が狭いのは、そのすぐに癇癪を爆発させ、ありもしない言いがかりをつける、あまり質の良くない性格のせいではないのですか?

 発言は概ね下品ですし、立ち居振る舞いも貴族としての品位にかけましてよ。お茶会などでもよく他のご令嬢ともめ事を起こしていらしたと記憶しております」


 静かな佇まいで落ちついた口調で一息にいうと、ティアはグラスの水を優雅に飲み干した。口角を上げ、魅力的で完璧な笑みを浮かべる。ここまでのようだ。途中退出は残念だが、引き際は大事だ。そろそろ席をたった方がいいだろう。ティアはゆっくりと上品にナプキンで口を拭った。


 その時、ナイフが飛んできてティアの頬をかすめた。じわりと痛みが走る。


「ふざけるな!お前など死ねばいい!」


 マチルドが叫ぶ。猛り狂った彼女がティアに向かってフォークを振り上げ、襲い掛かってくる。あまりの彼女の野蛮さにティアは驚愕し、思考停止に陥ってしまった。


「そこまでだ!」


 シーリーの厳しい声。ティアを庇うように間に入り、マチルドを押さえつける。


「みっともない。いい加減にしないか。アボット夫人、お引き取り願おう」


 鞭を打つようなシーリーの声音にマチルドはビクッとした。ティアもそんな兄は初めて見た。怒気をあらわにしている。ティアも一瞬自分に向けられた怒りかと思い、ドキッとした。


 マチルドはシーリーによってアボット家から来た従者に引き渡されたが、癇癪が収まらずウィンクルム家の私設騎士が連れて行った。それを見たエカテリーナが泣き出し、ティアに非難がましく恨みのこもった目を向ける。


「ティアラ、こちらに来なさい」


 シーリーがティアを食堂から連れ出し、サロンに促した。




 シーリーは、お茶を運んできた侍女を下がらせ、人払いを済ませた。これからお説教でも始まるのだろうか。ティアは少し憂鬱になった。マチルドに今更何を言われても心に響かないが、シーリーの言葉はしばし臓腑を抉ることがある。ティアは身構えた。

 すると、彼はすっとティアの頬に手をかざした。なんの敵意も感じなかったので、恐怖はなかった。


「顔に傷を負ってはまずいだろう」


 回復魔法をかけてくれた。そういえば、ティアが小さい頃も時々こうして、ちょっとした傷を治してくれた。しかし、今は、小さな子供でもなければ、立場も違う。


(お兄様の意図がわからない)


シーリーは見返りの無いことや、不合理なことはしない。その言動は徹底的に理性に管理されている。ティアは不安な気持ちを押し隠し相手の出方を待った。










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