王宮 ティアラ・デ・ウィンクルム 14歳 ~呪いの兆し~
膨大な蔵書量を誇る王宮図書館。どこに何があるかもわからない。
館長に聞いたが行儀見習いで来ている侍女など相手にしないようだ。王女様の命令だといったら、やっと本の場所を教えてくれた。
しかし、場所が高くて梯子が必要だ。それなのに誰も私を手伝わない。腹が立つ。ただの侍女だから?私は王女付きなのよ。
高い梯子を上っていた。目当ての本までもう少し。伸ばした手がやっと本を掴んだ。分厚くて重い本。あの王女本当にこれ読むのかしら?ただの見栄じゃないの。だとしたら、馬鹿みたい。
その時、ぐらりと梯子が揺れ、私は本とともに床に落下した。
したたか腰を打つ。
「ううっ」
あまりの痛みに呻き声がもれた。誰かが駆けてくる音がした。見ると驚きで目を見開いた少女だった。とても高価なドレスと宝飾品に彩られた、驚くほどの美少女。
「大丈夫ですか?」
鈴を転がすような声で尋ねてくる。館内の職員はこの大きな音が聞こえているはずなのに、誰も来ない。来たのはその女一人。私はそれが無性に腹立たしかった。
再度、打った腰に痛みが走る。
「くっ」
私が顔をしかめると、少女が駆け寄ってきて、ふわりと私の打ち身に手をかざす。淡い光とともに痛みが和らいできた。それなのに彼女に手をかざされていると、ゾクッと何故がおぞけが走る。何なのだ、この女。気持ちが悪い。紫の瞳、艶めかしい銀髪、第二王子の婚約者、ティアラ・デ・ウィンクルム。初めて見る。
王立魔導学院に首席入学しながらあっさりと辞めて、今度は第二王子の婚約者になった。名誉欲の強い、醜い女。何もかもが自分の思い通りだと思いあがっている。存分に自らの美しさを誇示し、見せびらかす存在。
国王に望まれて、王宮に入ったと聞いている。第二王子ばかりではなく、第三王子も彼女を望んでいたとも。なぜ、彼女ばかり?でもいい気味、この女、王妃殿下に蛇蝎のごとく嫌われている。
私だって魔導学院に受かっていればこんなところで行儀見習いなどしていなかったはずなのに。悔しい、なぜ、私が落ちてこの女が受かったの?美しいから?侯爵家の娘だから?
そうよ、コネよ。こいつが受かっていなければ、私が入れていた。今頃、身分の高い殿方と出会えていたはず。そうだ。もともと私がいるはずだった場所にこの女がいるのだ。私の得るべき名誉も伴侶もこの女に奪われたのだ。どうしてそのことに気付かなかったのだろう。私は靄が晴れたような気がした。
「痛みはどうですか?」
いかにも心配そうに聞いてくる。偽善的な女。私の艶の無い茶色の髪をあざ笑うかのような煌めく銀髪が揺れる。透明度の高い紫の瞳、気味悪い。
私の場所を奪った、こんな女死ねばいい。
ここなら、誰もいない。
「立てますか?」
女が手を私に差し出す。私は躊躇なく、その手を思い切り強く打った。女の滑らかな白皙の手が見る間に赤くなる。ざまあみろ。
「触らないで、気持ち悪い。何なの?その髪と目の色は?」
私は怯えたように後退さる。女が傷つけばいい、泣けばいいとほくそ笑む。
しかし、女は表情を消しただけだった。陶器の人形のように美しく整った顔。
「大丈夫そうね」
感情の読めない声でいうと踵を返した。そう、私ごときに侮辱されても腹も立たないってわけね。ティアラ・デ・ウィンクルム覚えているがいい。
私の中に静かにどす黒い怒りが広がっていった。




