聖都カエルム4 月の下 聖なる泉の約束
ノーラとサフィラスがペトラルカ村へ、ヴォルフはカルディアへと先に出発していった。ティアはイザークと残った。
ティアはカエルムにしばらく滞在するようにとイザークから言われた。だが、一人蚊帳の外に置かれるのは、もう嫌だといい、彼に連れて行ってくれるように頼んだ。ティアは逃げ出すだけでは、自分が生き延びられないということを知っていた。
イザークが彼女を連れていけない理由はいくつかある。その一つは呪いが中途半端に解けたことだ。
呪いというのは、解ければすべて呪術を行った呪術師に返っていく。これほど強力な呪いならば、すべてが返れば呪術師は死を免れない。
しかし今回、呪解により、呪いは半減したが、まだ残っている。当然、術者はまだ、無事で、ティアの呪いが解けた分のダメージをうけていることだろう。術者にしてみれば、自分の力を取り戻すためにもティアを亡き者にしたいはずだ。身を守る術を持たない彼女を連れ出すのは危険だ。
それならば聖なる結界で守られた聖都カエルムにいるのが一番安全だ。
「一生、ここに閉じ込めるわけではない。最低限、また呪いを受けることのないように神聖魔法を覚えろ」
というイザークの説得にティアが折れる形となった。彼の足を引っ張ってしまうことも嫌だったし、また自分のせいで危険な目に合わせるのはもっと嫌だった。
イザークが倒れたとき、身に着けた者の命をあと二回は守るはずだったブルーのアミュレットがあっけなく砕け散った。それほど大きなものと対峙しなくてはならない。
気持ちの良い夕暮れだった。
二人は雑踏をそぞろ歩き、聖なる泉と呼ばれる場所に向かっている。ティアが行きたいといったのだ。
石畳の道を抜け、宮殿を抜けた先に忽然と現れた。意外に近い。道は石畳から大理石へかわる。いままでにぎわっていた通りから、すこし入っただけで辺りは静寂に包まれた。
二人は泉のほとりまで歩いた。日は沈み、空には薄い月がぽっかりと浮かび、たくさんの星が瞬いていた。さわさわと水が湧く音が耳に心地よい。
「何か話があるんだろう?」
イザークがまっすぐにティアを見る。ドキッとした。彼の瞳は、さっきまで漆黒に見えたのに今は少し青味がかってみえる。
「ちょっとお願いがありまして」
そういうとティアはもっていた袋をガサゴソとさぐりだした。彼女はつい最近その袋から無造作に国宝級のお宝を取り出したばかりだ。イザークは嫌な予感がした。
「今度はなんだ?」
彼が少し嫌そうな顔をしたので、ティアの心はちょっぴり萎えた。これをカミーユから受け取った時からどう説明しようかと、ずっとドキドキしていた。
「これです」
ティアがおずおずと差し出したものは、女性の手のひらほどの大きさで細長い水晶だった。ただ宝飾品と違うのは、表面にびっしりとまじないの文様が刻まれているという事。手触りがなめらかで、緩やかな曲線を描いている。美しい品だった。
「それで?」
イザークが説明を求める。
「えっとイザーク様は、そこの端をもってください。私は反対側の端を持つので。それでお互いに引っ張ります。そうすると二つに割れるはずなので、イザーク様にはその片割れをもっていて欲しいのです」
「よくわからんが、持っていてどうなるんだ?」
イザークが怪訝な顔で聞く。
「えっと・・・お守りです」
「見ればわかる」
イザークが先を促すような視線を送る。ティアは言葉に詰まってしまった。もし割れなければ、説明しても恥ずかしいだけだ。カミーユは上手くいかないこともあると言っていた。それを思うと頬は火照るし、何故かだんだん悲しくなってきた。
ティアが寂し気に瞳を瞬かせるのを見て、イザークは少し慌てた。ただ疑問に思って聞いただけで、彼女を悲しませる気などなかったからだ。何が彼女を悲しませたのか皆目見当がつかず、理不尽と思いつつも言う。
「ほら、さっさとやるぞ。ここを持てばいいんだな」
ティアが嬉しそうにこくりと頷く。
二人で同時に両方から軽く引っ張ると、徐々に中央に亀裂が入っていった。割れ目から眩い光が漏れて、とても美しい眺めだった。時間をかけてゆっくりと二つに割れた。
「わあ、きれい!」
ティアが歓声を上げ、まだきらきらと光る水晶の片割れに見とれている。月の光に翳してみると美しい色の変化が楽しめた。
「割符みたいだな」
割れてギザギザになった部分に指でふれながら、イザークが呟く。
「その半分は肌身離さずもっていてくださいね」
ティアが笑顔で振り返り、照れながら言う。アメジスト色の瞳が明るく輝いている。
「なるほどな。これは、互いの居場所と安否をしらせるのか」
「え!どうしてわかったんですか?」
「触れていればわかるだろう。でなければ用をなさない」
イザークにあきれように言われて、ティアは真っ赤になった。
「どこで手に入れたんだ。カミーユか?」
彼はなんでもお見通しのようだ。ティアはまだ仕事に復帰できないカミーユを見舞っている。事情をはなしたらくれたのだ。
「ティア、半年後、必ずこちらに迎えをよこす」
イザークがティアの目を見てはっきりといった。
「はい」
たくさん思いが溢れているのに、ティアは返事をするだけで精一杯だった。
その後二人は、言葉少なに夜の泉の景色を楽しんだ。
次の日の朝イザークはカルディアへと旅立った。
泣かないと決めたのに、泣きながら見送った。
ティアは、強くなると決心した。




