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海の見える教会 その後

「イザーク様、本当にリモージュに行くのですか?」


 邸に戻って開口一番、ティアが涙目で聞く。彼女は思い詰めているようだ。


「たかだか第二王子のくせに、勅令とは笑わせる」


 こともなげにイザークが言う。そこには紛争地帯へ送られる者の悲壮感は欠片もない。


「ティア嬢、心配なくてもイザーク様なら大丈夫ですよ。敵が全滅することはあっても、イザーク様が死ぬことはありませんから」


 とヴォルフものんびりという。ティアを安心させるための演技には見えない。


「ヴォルフ、物騒なことを言うな。私は紛争を終わらせるために行くのだ。幸い、話はついている。

 すぐに治まるだろう」


「話がついているってどういうことですか?」


 とティアが問うと「外交上のことだから詳しくは言えない」ときっぱり言われた。きっと機密事項なのだろうとティアは納得した。

 そういえばイザークはカーライル直属の部下のようだし。カーライルは外交を担当していた。


「そういえばイザーク様は殿下の配下なんですよね」


「そういう言われ方は不本意だが、まあ、職務上はそういうことになるな」


「じゃあ、殿下と会わせたのは?」


「あれが、私がお膳立てをしたものに見えるのか?」


 ちょっと不機嫌そうに言う。確かにおかしい。ティアは何故そういう状況になったのか気にはなったが今はそれどころではない。

 イザークが心配だ。


「あの、私も連れて行って下さい!」


 と思い切って言う。彼女は本気だった。


「「はあ?」」


 イザークとヴォルフがあっけにとられた顔した。


「馬鹿か。お前は?」

「いやいや、それはちょっとぉ」


 二人が口々にいう。


「回復魔法が使えます。きっとお役に立ちます!」


 ティアがめげずに畳みかける。


「なぜ、必ずケガをする前提で語る?」

「だって、紛争地じゃないですか」


 ティアがそう言うと二人がため息をついた。


「いいから、そなたは身を隠していろ。また、変なものに捕まったら面倒だ。

 まず、自分の身を守れるようになれ」


 イザークにそう言われて、ティアはしゅんとした。確かに彼の言う通りだった。


「じゃあ、私は行くからあとは頼んだぞ。ヴォルフ」


 そう言い残してイザークは邸を去ろうとする。

 ティアは彼を追いかけた。


「イザーク様、これをお持ちください。あと2回は効力を発揮します」


 ティアが青のアミュレットを差し出す。


「これは、そなたの物だろう。贈り主のことは即刻忘れて、しっかり身に着けておくといい」


「私は大丈夫です。ヴォルフさんがいますから」


 ティアのその言葉にヴォルフが嬉しそうにサムズアップする。


「だから、イザーク様が持っていてください。もし、嫌なら、私、リモージュまでついて行きます!」


 彼女にしては珍しく強情で、イザークが軽くにらんだが引く気配がない。


 イザークは「どんな二択だ」とぼやきつつ、しぶしぶティアからアミュレットを受け取った。


「安心しろ。一回も使わず返してやる」


 イザークが宣言する。


「いりません!しっかり、使ってください」


 イザークが反論しようと口を開きかけた瞬間、「イザーク様、そろそろお時間では?」とヴォルフに声をかけられた。


「じゃあ、紛争が治まり次第、合流する」


 そう言い残し、今度こそ旅立っていった。



 イザークが去った後に、心細さと喪失感が襲ってきた。

 ティアは弱気になりそうになった。

 でもイザークもヴォルフも自分を助けてくれた。だが、結果的には彼らに迷惑をかけてしまった。

 それなら自分がここで落ち込んでいてはいけないと思った。一生懸命生きなくてはと、早速気を取り直して聞いてみる。


「ヴォルフさん、イザーク様が言っていた、合流ってどこで?」

「秘密です」

「はい?」


 何故か、ヴォルフが茶目っ気たっぷりに言う。


「着いてからのお楽しみということで」


 楽しそうに笑う。意気込んでいたティアはその言葉に一気に脱力し、「はあ」と気の抜けたような返事をした。


「そんなことより、ティア嬢、少し休んだらどうですか?」


 そう言われてティアは、自分が邸に戻ってから、着替えもせず、泥だらけなままな事に気付いた。

 彼女は恥ずかしくなって、ヴォルフに暇を告げるとそそくさと自室へ戻った。


 今頃になって転んで擦りむいた場所が痛んだ。湯あみをして、着替えると、彼女は泥のような眠りについた。




その後、サンローラでは教会を燃やした犯人が捕まることはなかった。

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