海の見える教会 攻防
下段にかまえた剣を一気に跳ね上げる。右から撃ち込まれる剣を難なく身を引いて躱す。相手の胴ががら空きだ。あっさりと胴を薙ぐ。
ここにいる連中はごろつきにしては強く、騎士にしては弱い。おそらく第二王子暗殺のために現地で雇われたのだろう。カルディア側かヨークス側か、いずれにしてもイザークが教会の結界を解いたと同時になだれ込んできた。
第二王子は自国の王子ではあるが、彼の今の任務からいって守る義理はない。だが、何しろ相手方が攻撃を仕掛けて来ているので応戦するしかない。
大音響とともに礼拝堂が火を噴いた。
「ちっ」
ヴォルフが舌打ちをする。誰だ?こんなところで建物内で火魔法を使うやつは、イザークであるわけがない。まさか、あの第二王子か?だとしたら愚かすぎる。王子の護衛は何をしているのだ。ヴォルフは手早く刺客を片付けると燃え盛る火の中、礼拝堂に飛び込んだ。
アミュレットは防御壁を展開した。ティアとカーライルは眩い光に包まれた。
なんの衝撃もなく攻撃魔法から守られた。
「ティアラ、私の贈り物、もっていてくれたんだね」
「殿下もお持ちでしょう」
王族は皆、外出時は高価な護身具を身に着けている。
「ティアラ、私と行こう」
「はい?」
ティアはそれどころではなかった。カーライルの護衛が刺客と交戦している。剣と魔法が入り乱れる中、イザークの姿を探した。
「ティアラ!」
おとがいをつままれ、強引に顎を上向かされる。カーライルの深いブルーの瞳に射すくめられる。美しい瞳に魅了される。その瞬間、ティアは何も考えられなくなった。
「何をしている!」
ティアはイザークに二の腕を強く引かれ、カーライルと引き離された。カーライルの方も護衛が彼を連れ出そうとする。
「ええい、離せ。私はティアラを連れて行くのだ」
「殿下、ティアラ嬢を連れ帰ってどうするつもりです?彼女は自国には戻れない」
イザークの言葉にカーライルの顔が怒りにゆがむ、燃える炎が赤々と照らしだし、ティアはそれが恐ろしいと思った。イザークにつかまれていた腕を振りほどくと彼の後ろに隠れた。
ティアのその行動にイザークが目を見張る。そして、後ろに隠れたティアに小声で「火に油だな」とつぶやく。
「イザーク、貴様・・・その女と通じたのか!」
激昂するカーライルに
「何を言っているのです。それは絶対にないのでご安心を」
少し呆れたようにこたえる。
「殿下、戻りましょう。民兵に気付かれます」
そういうと護衛が数人、カーライルを引っ張っていく。カーライルは再度それを振り切る。
「ティアラ、また来る。今一度、私に顔を見せてはくれないだろうか」
とてもやさしい声、ティアのしっているカーライルの声だ。
ティアはその声につられ、顔をだす。するとカーライルはまるでダンスにでも誘うようにティアに手を差しだす。彼女の大好きだった、優しい笑顔。ティアはふらりと彼に向って足を踏み出した。手を取ろうとした瞬間
「馬鹿か、お前は!」
イザークに罵声を浴びせられ、強引に引き戻される。イザークの腕の中にいた。見上げると彼は怒っていた。不思議とカーライルのように怖いと感じなった。
「自分がどれだけ苦しんだのかを思い出せ。なぜすぐに忘れるのだ?馬鹿なのか!」
立て続けに怒られた。ティアはそこで目が覚めたような気がした。カーライルに向かって足を踏み出したのは無意識だった。
その様子を憎々し気に見るカーライル。
「イザーク、貴様、命令だ。今すぐ南方の紛争地帯にいけ!」
叩きつけるように言う。
「殿下!それは如何なものかと」
護衛がいさめようとする。カーライルが彼を射すくめ、圧をかけ黙らせるとイザークに顔を戻す。
「わかったな。これは緊急勅令だ。逆らうことは許さん。さすれば貴様は死罪だ」
カーライルの冷たい声が響く。
「御意に」
イザークが礼をとるとカーライルはマントを翻し、護衛を引き連れて去っていった。ティアは目の前が真っ暗になった。自分のせいでイザークを危険に晒してしまう。
「イザーク様、民兵が来ます。急いでここを離れましょう」
ヴォルフが走り寄ってきた。
「ティア、行くぞ。走れるか?」
ティアはショックのあまり顔色を失っていた。
「イザーク様!ごめんなさい。私・・・」
彼女はガタガタと震えていた。イザークを大変な目に合わせてしまったと。
「これは走るのは無理そうですね」
とヴォルフ。
「しょうがない。運ぶか」
そういうとティアを軽々と抱えた。
「囲まれたようですね」
のんびりとした口調でいうヴォルフ。当然だろう。朽ちかけていたとはいえ、礼拝堂に放火したのだから。もっともやったのはカーライルと彼を追ってきた刺客だが。
「なら、決まりだ。そこの崖からにげるぞ」
イザークはティアを抱えたまま、ヴォルフとともに崖を滑りおりた。それは滑るというより、落ちるに近く、イザークが風魔法で速度を調節しているようだが、ティアはあまりの恐怖に短く悲鳴を上げると、すぐに意識を手放した。




