王宮事情~夢 現
~夢~
ティアはサンローラに向かう馬車に揺られながら、夢の中にいた。
彼女はいま、いつも日の差すことのない暗い回廊を進んでいる。左手には明るい日差しに満ち溢れたバラ園が広がっている。人前では絶対に見せない頬を伝う涙。何かに憑かれたように逃げるように歩き続ける。
宮殿での催しはここ最近の彼女にとって辛いものが多かった。今日のお茶会もしかり。
13歳の時、婚約が決まってから、彼女の生活の場は王宮に移された。王宮には実家から、気心の知れた侍女を連れていくことは叶わなかった。そこにはまるでティアを値踏みするように、取り繕った笑みを浮かべる上級使用人たちが待ち構えていた。
ティアの王宮入りを歓迎しない者は多い。父侯爵の強引な手腕によって決まった。もちろんティアは第2王子を慕っていた。しかし、15歳になったいま彼女は孤立無援となっていた。お茶会では反対勢力の侯爵、伯爵夫人やその令嬢からの当たりがかなりきつい。王妃はティアがたった一人の婚約者であるのにも関わらず、庇いもせず、誰にも組せず笑顔でいる。その実、美しく賢いティアに人知れず嫉妬していた。
カーライルも第二王子としての立場もあり、公の場では庇えない。それでも王宮に入ったころは後から優しい言葉をかけて慰めてくれたのに、今はそれもない。それどころか最近ではティアが煩わしいようだ。
きっかけはひと月前の舞踏会だ。カーライルはファーストダンスこそティアと踊ってくれたが、その後アナベルと2回も踊り、ダンスが終わると二人はテラスに消えてしまった。さすがにその行動は非常識だと殿下にもの申したが、逆に他の貴族の令嬢だけではなく、令息にまで反感をかってしまった。
殿下は公式非公式に限らず誰とも平等にほぼ同じ時間、話す。しかし、ここ何度かのお茶会でアナベルとよく話しているのを見かけていた。ティアには二人が近づくのではという予感はあった。
アナベルは人の懐に入るのが上手かった。伯爵令嬢にも拘わらず、そのころには王妃殿下の覚えもめでたくなっていた。いつの間にか宮中の催しには必ず顔を出すようになっていた。ストロベリーブロンドの華やかな少女だった。彼女がいるだけでその場が明るくなる。
一方、ティアは人の目を引く珍しい銀髪でアメジスト色の瞳をもち驚くほどの美貌だったが、それが却って彼女を近寄りがたい存在にした。王宮に入って間もなく、気位が高くて扱いにくく、爵位を笠に着て伯爵以下の貴族を見下しいじめるなどと、根も葉もなく心無い噂が広がるようになった。そのため、いつも遠巻きにされていた。
その噂話はティアの未熟さだけに原因があったのではなく。父であるウィンクルム侯爵の政敵からの嫌がらせでもあった。残念ながら彼女の父親は娘を駒としか考えていなかった。だから、彼女を守ろうなどと思いもよらなかった。ティアの楯になってくれるものは何もなかった。
子供の頃も王妃教育を受けるようになってからも、自分の感情を常に抑えコントロールする様に教育されたティアは、喜怒哀楽を表すことを許されなかった。だから、アナベルのような明るい、弾けるような魅力的な笑顔などとは無縁だった。誰よりもナイーヴなはずの彼女は、綺麗なだけで無表情な「人形」と陰で呼ばれ、ますます孤立を深めていった。
ティアは長い回廊を抜けて、やっと図書館についた。ここはカーライルとの大切な思い出の場所だった。ここを教えてくれたのは彼だった。まだその頃はティアを大切にしていてくれた。広くてまるで迷宮のような図書館。まだ、幼さを残す頃、彼に手をひかれ、本棚の間を歩いた。殿下のあとについて梯子に上るとそこには目当ての本があった。古びているが豪華な装丁の繊細な細工が施された稀覯本。
美しい銀髪の妖精と王様の恋物語。ティアにはまだ難しくてわからない文字や表現があったが丁寧に教えてくれた。また時には国の地図や特産物や天体など、ティアの知らない、いろいろな知識の詰まった本を二人で紐解いた。
だから、ティアは悲しいことがあるとここへ来る。あの妖精と王様のお話はどこへ行っただろうか。いつも一人では探し当てることができない。ティアは広い図書館を彷徨った。
ふいに男女の笑い声が聞こえた。いやな予感がした。近づかないほうがいいと思うのにどうしても抑えきれなった。ティアはそおっと覗いた。そこには仲睦まじいカーライルとアナベルがいた。
ティアは逃げるように図書館をでた。味方のいない宮中で縋れるのは、カーライルが時折見せる愛情だけ。だから、彼女は両目を閉じて彼を愛し続ける事にした。
こうして彼女は唯一の安息の場所すら失った。
~現~
カルディア王国の南方マラッカでは兵がヨークス王国のリモージュへ進撃を始めていた。先の小競り合いの段階で第二王子が秘密裏にヨークス入りをし、紛争を回避したばかりだ。だがその後、ヨークス側が仕掛けて来て負傷者がでた。やむなく防戦との報告があったが、実際は違う。王宮にもたらされた諜報兵の報告では、カルディア側が仕掛けたものだった。
首謀者に関しては諸説あり、第三王子を担ぎ上げる勢力か、または軍部とつながりが強い侯爵、果ては新興貴族の勢力が仕掛けた陰謀だと言われている。真偽のほどはいまだ不明だ。
カルディアの貴族は代々魔力が強い者が多く、他国に比べ魔導の研究が進んいる。強力な魔導士部隊と騎士団をはじめとする強い兵力をもっている。が、それらが現在の国税を圧迫しており、民衆の不満も高まってきている。国の状況を鑑み、王国内では、ここで戦争を起こすことは得策ではないとの意見が半数を占めた。
ここへきて、戦争を回避すべく、紛争解決のため第二王子カーライルが再びヨークスへと出張ることになった。




